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春の雨に濡れて  作者: 登夢
18/21

18.同窓会

【10月10日(土)】

今日は金沢に1人で帰省した。大学を卒業して10年経ったのを機会に同窓会開催の案内が来た。美香ちゃんが受験勉強中で、一人で勉強させたいこともあり、1泊2日で帰省して出席することにした。東京は朝早い「かがやき」で出発した。


今回の出席の目的は、真奈美が幸せに暮らしているかの情報を得るためでもあった。彼女は山形の出身の同級生で4年生の研究室が同じ薬理学教室であった。卒業が迫った1月に僕は彼女を好きになってしまった。同級生の西方君と付き合っていたが別れたとの話を同じ教室の女の子から聞いていた。今思うとこちらが一方的に好きになって、告白して付き合い始めたというのが本当のところで、彼女から好きだとは言われていなかったかもしれない。付き合っていたことは教室の皆には分からないようにしていたが、知られていたかもしれない。


卒業式の次の日の夜、お別れの食事にいったが、何を話したのか覚えていない。ただ、春の冷たい雨の中を相合傘で彼女のアパートまで送っていったことは憶えている。別れ際、僕は何もできなかった。彼女を抱きしめることもキスをすることも。拒絶されることを恐れていたのかもしれない。ただ、「電話するね」とだけ言ったことを覚えている。


それから、僕は研修先の上田へ、彼女は実家のある山形へ帰って病院の薬局に就職した。毎日、研修が終わった夜遅くに電話した。何を話していたのかよく覚えていない。ただ、いつも僕の方から電話していた。彼女からかかってきたことは一度もなかった。


研修が終わるころ彼女から手紙が届いた。両親が地元での結婚を希望しているので僕と別れたいとの内容であった。彼女は2人娘の長女と聞いていた。驚いて電話した。彼女はただ、結婚できないから別れたいとだけ言った。そしてもう電話しないでともいった。それからやけ酒をあおって泥酔してゲロを吐くほど飲んだのを覚えている。


それから2~3年経って、彼女が元彼の西方君と結婚したと風の便りで知った。僕との交際と別れが契機になったのかもしれない。いきさつは分からないが、驚いたし、やはり彼女は西方君が好きだったのかとも思った。彼女は西方君とはじめに分かれた理由を僕に話さなかったし、僕も聞かなかった。


新幹線は便利で速い。11時頃には実家に到着した。到着するとすぐに家の掃除と庭の手入れを始める。同窓会が始まる6時30分までには時間がある。彼女は来ているだろうか?


5時30分にバスに乗って駅前のホテルの会場に向かう。早めに会場に着いていたいが、ラッシュアワーで道が混んでいる。6時過ぎに会場に到着した。受付を済ませる。しばらくすると彼女が西方君と現れた。僕はすぐに彼女に気がついた。あの時と変わっていない。彼女も僕が出席していることに気が付いたが、目を合わせようとしない。声をかけようと迷ったが思いとどまった。そうこうしているうちに、宴会場へ入ったが、彼女とは全く別の離れたテーブルに座ることになった。これでお互いに目を合わせることがない。


宴会が始まって各人の簡単な卒業後の自己紹介をすることになった。彼女は西方君と結婚して2人の子供がいて、今は山梨に住んでいるとのことであった。子供は山梨の夫の実家で預かってもらっているという。幸せそうな挨拶だった。自分が幸せなのを皆に知ってもらいたいから、2人で出席したのが何よりの証拠だ。自分の番になったので、6月に結婚したことを報告した。ただ、女子高生と結婚したとは言わなかったが。彼女を含めて皆、拍手してくれた。これで僕も結婚して幸せになっていることが彼女に伝わったと思う。


宴会中に西方君が酒を注いで皆のところを回って、僕のところへもやってきた。彼の素振りから直感的に彼女は僕とのことを話していないと分かった。彼女の僕に対する誠実さが分かったので、出席してよかったと思った。


2次会で場所を移動したが、この時も彼女は僕の席から遠く離れたところに座った。僕は時々彼女を見ていたが彼女はやはりこちらを見ようとしなかった。同じ研究室で出席したのは僕と彼女だけで、ほかのメンバーが居れば集まるところだったが、それをせずに済んだ。最後まで彼女とは一言も口を利かず、目も合わせずに同窓会は終了した。


急いで会場を離れ、駅のタクシー乗り場へ。もう11時を過ぎているが、駅前には人が多い。新幹線ができる前はこんな時刻は閑散としていたが、歩きづらいほどの人がいる。タクシー待ちの人はいないのですぐに乗車できた。


彼女はなぜ目を合わせようとしなかったのだろう。話しかけてほしくないとの意思表示は明らかであった。引け目を感じていたからか?こちらから声をかけなかったことを彼女はどう思ったことだろう。思いやりと受け取ったのか、まだ怒っていると受け取ったか?僕もなぜ声をかけなかったのか自分の思いが良く分からない。彼女が一人で出席していたなら声をかけたかもしれない。2人で出席していたので、遠慮したのかも、嫉妬したのかもしれない。


これでもう以後は同窓会には出席しないつもりだ。彼女とは一言も口を利かなかったが、彼女の僕に対する誠実さが確認でき、お互いにあのときの付き合いを覚えていて意識していることを確認できたから、そしてお互いに幸せに暮らしていることが確認できたのだから、これでお互いの思い出に区切りがついたと思う。そして誰にも話さずに胸の奥にしまっておくことができる。


タクシーで家に着くと、疲れと酔いもあってか、ほろ苦い思い出に浸ることなくすぐに眠りについた。


【10月11日(日)】

翌日の昼過ぎに、駅で美香ちゃんが気に入っている大好きな「圓八のあんころ」と駅弁を2つずつ買って、新幹線に乗車。メールでもこのことを連絡。これで美香ちゃんが夕飯の準備をしなくて済む。


最近見つけて気に入った昔の曲『さよならをするために』のフレーズを思い出す『過ぎた日の微笑みをみんな君にあげる。・・・あの日知らない人が今はそばに眠る。・・・胸に残る思い出とさよならをするために』どんなシチュエーションの曲か分からないが、今の僕にぴったりのフレーズ。


家に着くと、美香ちゃんがとんでくる。

「おかえりなさい」

「勉強はかどった?」

「まずまず。でもそばにいないと今頃なにしているのかと返って気になって。同窓会どうだった。昔の彼女に会えた?」

「皆、元気でやっているみたい。自分も結婚を報告しておいた。でも結婚相手が女子高生だとはとても言えなかった」

「本当のところを報告すべきだったと思うけど」

「そうだ、うらやましがられるように報告すべきだった。でも同窓会にでてよかった。これで学生時代の思い出とさよならできそうだから」

「どんな思い出?」

「ほろ苦い思い出だけど、もう忘れた。それよりも美香ちゃんを抱きたい」

「うれしい」


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