生きるためには働くしかない(2)
火事場の馬鹿力か。
体力、走力ともに最大限に発揮される。
森を走ること10分と少し。
この犬っころ。
二足歩行のためか、思った以上に足は速くない。
しかし、そろそろ体力の限界。
徐々に距離をつめられる。
「さすがに、ゲームみたいには、やり過ごせないか。なら」
ここで運よく手ごろな木の枝を拾い、振り抜く。
握りやすい太さ。長さは80cmといったところ。先は丸く尖ってはいない。
ふとよみがえる。
幼馴染としていた。とあるフルダイブMMORPGの経験。
幼馴染はゲーム制作を目指すほどの影響をうけ、熱心にプレーしていた。
対して、俺は熱心にはプレーしてなかったものの、かれこれ6年ほどは、続けていた。
この犬っころは、そのゲームじゃあ見たことがない。
ゲーム内に入った。なんてベタべたな話ではないらしい。
考えているうちに、じりじりと距離を詰めてくる。
息は切れ、肩が上がる。同時に、右手にも力が入る。
「助けるのは己自身。其れ達する術は、眼前の犬っころ?を倒すこと。さーてさてと、いこうか」
ゲームの際の、習慣。言葉にすることで、気合が入る。
枝を握りなおす。
先手必勝。一転して間間を詰める。
獲物の急な方向転換。狩る側と狩られる側の立場逆転。
本能的に知覚するものの、体がついてこない。
5mほどの距離。体勢を低く、間合いに駆けこみ、右足を踏み込む。
驚きからか、動かない敵。
がら空きの左横っ腹に一閃。しかし、
え/
/だ
は、折れる。
たかが拾い物。武器としてなど扱える代物ではない。
逆転など、単なる錯覚。
依然として、狩る側は自分であると察する。
バランスをも崩れない。
敵は不敵な笑みを浮かべるかのごとく、鋭い牙をのぞかせる。
右腕を振り上げ爪をふる。
牙と引きをとらない爪が振り下ろされる。
折れた枝。
が、これは想定の内だ。
長さを犠牲に得た鋭利な先端。
右にのった体重を左に移し、1歩引く。相手のリーチは短い。
くしくもゲームのようにはいかず、頬を爪がかすめる。
振り下ろし終わったところに、すかさず右足に力をこめ、胸目掛け突進。
刺突。
強度は足りた。
今度は見事に刺さる。
走り抜け残身。距離をとり、息を整える。
枝は刺さったままのため武器は失ったが、十分なダメージ。
とはいかなかったようだ。
流血はあるが、眼光は衰えていない。
「いいとこ突いたと思ったんだけど。さすがに、その辺の木じゃあ無理か。」
手負い相手の逃亡ならと、その時。
「『放つは水の塊 “水弾” 」
右後方から、聞こえた声。後、水の塊が犬こっろと俺の間に落ち弾ける。
腕で顔を覆う。
犬こっろは踵を返し、離れるように森の奥に走っていった。
俺はというと、飛んできた水?の塊に驚き、その場に立ち尽くす。
「ねえ、なにしてんの?怪我はない? 」
先ほどと同じ声。
振り向くと1人の女性が立っていた。日本じゃあ珍しく。目立つ水色の長い髪に瞳。
森には似つかわしい短パン、ノースリーブ。あらわになった四肢はすらりと細く。白い肌。
容姿は端麗。クラスでいう活気のあふれた子って感じの雰囲気だ。
「木の棒なんかでなに遊んでたの? あれは犬じゃないわよ? コボルトって言うの立派なモンスター…って聞いてるの? 」
「すまない。今いろいろと混乱してて」
その女性は近づいて俺の手をとる。
「手…傷だらけね。あなたレベルいくつ? 」
レベル?
「いや、わからない…です」
「もしかして」
「バカなの? 仕方ないから、私がそんなあなたを安全に町まで届けてあげる。」
「ありがとう。」
悪い人には見えない。というか、頼るほかないか。ん?てか今、バカって言われた?
「それじゃあついてきなさいな! あ!私は、シズクよ。よろしく!」
「俺は鈴木明日真…です。よろしく。」