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7. 秘め事

 アイテリアさんに別れを告げて、家へ帰ってきた。

 本当はもっとお話したかったんだけど、邪魔をしたら申し訳ないからね。もうすぐ調査で国外に出るなんて言われたら、いくら遠慮しなくて良いって言われていても遠慮くらいする。十七歳の俺的にもするし、五歳のルーナ的にもする。

 家へ帰れば家庭教師がとっても良い笑顔でお出迎え。……にっこり笑顔で応対したよ?ちょっと冷たい汗が一筋垂れたけど。

 本日の授業は周辺友好国の言葉を二つとハープだ。

 一気に二つの言語、と思われるかもしれんが侮ること無かれ、大陸中の言語を一気に修めているのだよ。チートルーナさんだからこそ出来た暴挙とも言う。最初はさ、隣国の言葉だけだったんだ。でも、ルーナさんの物覚えがよすぎたから。いつの間にか、二つ三つ、三つ四つ、五つ六つ……と増えていき、気がつけば大陸中の言葉を覚えていたよ。……はははは、今時王族だって南西小国家群全ての言語は勉強しないそうだよ。

 一応俺も、高校一年のころ、学校で英語、家で仏語(フランス語)拉丁語(ラテン語)を同時に覚えていたんだし?どうにかなる、よね?

 ハープに関しては何をどう言えばいいのか分からない。演奏聞いたことすらなかったし。この国の令嬢の基礎教養なのかと思ったら、なんかレイアさんが始めたらしいよ。綺麗だからって理由で。

 ……何その理由。ルーナさんも楽しんでるから良いけどさ。

 ぼー、と思索していると、あっという間に先生にドナドナされてしまった。

 いやだ、まだ(精神的に)死にたくないのに……!

「お嬢様、まずはハープからでございます。こちらへ」

 そんな願いも虚しく。

 俺にとっては初めての、家庭教師とのお勉強が始まった。


 ……ハープ、辛かった。

 楽しかったんだけど。楽しかったんだけどね……!

 俺さ、楽器やったこと無いんだよね。

 ルーナさんの記憶がなければどうなっていたことか。前に転生モノの小説を読んだことがあったけど、中には人格がすり替わってしまうタイプのものもあったからね。そうならなくて良かった。俺、ついて行けないし。

 語学に関しては隣国二つだったためか比較的余裕だった。この国とよく似た文法・単語だったのだ。南西小国家群や極西諸国に関してはそうもいかないと思ったけど、南西小国家群に関してはローマ字やひらがなと大体同じ感じだし、極西諸国は拉丁語と似た感じっぽい。

 この位じゃ俺どうにかなるよ。問題は来月から隣の大陸の言語と政治的情勢、地理学が始まるらしいこと。アルテミシア領は隣の大陸との交易も盛んだからな。ついて行ける自信、無いんだが。……ちゃんと勉強しないと。

 いかん、どんどん気が滅入ってきた。

 この時間は、予習復習に充てる時間。つまり、自由時間だ。

 でも、今日の授業は自主学習としてルーナがもうやっているところだったし。予習も……さっき教科書読んだら大丈夫だった。教科書って言うより資料が纏められた冊子なんだけど、俺でも理解できた。

 と、言うことで。

「採集箱……」

あの、アイテリアさんから頂いた採集箱を見てみようと思う。

 材質はなんか木っぽいのに皮が張ってある。形はアタッシュケース……いや、長方形の箱形のトランクケースかな?縦が四十五センチで、横が六十センチ、厚みが四十センチくらい。留め金と持ち手が箱の側面についてるタイプだ。

 色は真っ黒で、それぞれの面に金色の飾りがあつらえてある。金メッキだって、染料じゃなくて。

 所々には透き通った黄色い石がちりばめられており、光を通して影を作っている。本物のトパーズと琥珀だって、ガラス玉じゃなくて。

 一生使える物を、と言われたのだがこういうことだったのか、と驚くほどの豪華さだ。 聞くところによると、このトパーズと琥珀は取り外せるそうで、ある程度魔法を使えるようになったら魔石に加工するといいそうだ。魔力承認の魔法を刻めば自分以外の者が勝手に開けることを防げるし、他にも魔力遮断が完全にはできない素材があるときに追加でかけることができる。成る程、納得である。

 トランクケースの止め金には鍵がついている。この鍵にも仕掛けがあって、鍵穴に対応する鍵がいくつもあり、その鍵によってあけたときの中身が違う――つまり別の空間が開けるということ。鍵を増やせばこの中にいくらでも入れることが出来るというわけ。

 別に預かった金色の鍵を取り出して差し込むと、カチッと鍵が開いた。蓋を押し開けると、中は高級感のある深紅のベルベットっぽい艶やかな布が張られていてふかふか。手触り抜群だ。

 上の蓋の部分には透明な小瓶が四十本ほど並んでいた。

 この小瓶、スポイト的な感じで液体を吸い込むことも出来れば、瓶の口以上の大きさの固形物も入れることができる優れものである。

 また、中に入れた素材が素材同士で反応することもない。かなりの万能物である。

 下の方には上と同じ小瓶が二十本ほど。それと、小箱が二十個ほど並んでいる。

 この小箱は、瓶以上に強い魔法耐性があり、生きたままの状態を封印して保存することも可能な代物だ。ちょっと怖い。

 言われた通り、入っている内容は今までのものと変わらず、使い方も分かる。けれど、込められた魔力が段違いに多い。

 うん、いいものだ。

 早く使ってみたくて、ウズウズする。


 さて、夕飯も終わり少しゆっくりして、今は午後九時。

 ルーナは八時に眠ったことになっている。

 ……はい、実際寝てないです。俺だからじゃなくて、ルーナもときどき寝てなかった。……子供は寝ろ、と切に言いたい。

 けれど、ルーナ的にはこれからがお楽しみの時間(・・・・・・・)だそう。……この素行不良幼女が。

 あ、本人曰く、仮眠をとっていたから何も問題ないそう。それはつまりお昼寝な訳で。普段はお昼寝がないと言うことで。子どもなのにお昼寝のない時間設計はどう考えても可笑しいと思うのは俺だけだろうか?

 まぁ、それはおいておくとして。

 今まで散々ルーナのことをチートといっていたが、実は真のチートはここから始まるといっても良い。


 三歳と半年の時の事だそうだ。精霊が見えるようになって少ししたある日、それに気付いた高位精霊が話しかけてきたそうだ。

「小さいのに儂らのことが見えるのか」

と。それに対し、ルーナは、

「はい、以前はそんざいを感じとれるだけでしたが、なんとか見えるようになりました。おはつにお目にかかります、せいれい様。ヘルメス・アルテミシアが『だいいっし』、ルーナ・アルテミシアともうします。以後、『おみしりおき』を」

と、答えた。……内容を理解しているかどうかは甚だ疑問(言わされている部分が何カ所かある)だが、三歳児にしては上出来だろう。精霊に対してそれでいいのかと言われれば疑問ではあるが。

「ふっ、はははははっ。人の子よ、儂に名を教えると言うことは儂を使役したいというのか?」

腹を抱えて笑い出したその精霊に、きょとんとした様子で佇むルーナ。

 この世界では中級以上の精霊と『契約』する事で精霊に力を貸して貰うことが出来る。これを、精霊を『使役』するという。そして、契約するためには、まず自身の名前を名乗り、精霊に本名『真名』を教えて貰うことが必要なのだ。

 しかし、ルーナさん弱冠三歳。『使役』なんて言葉は知らない。

「『しえき』?わたくしは、せいれい様とお友達になりたいのです」

「は?友達?」

「はい、お友達でございます。おはずかしながら、わたくし、いつも一人きりなんですの。ですから、もしよろしければお友達になっていただきたいのです」

精霊の方の驚きには何も気付かず、ルーナは無邪気な顔で言い切ったそう。そしたら、

「はーはっはっはっはっは!これは愉快じゃわい!儂と契約したいという人の子はおっても、友達になりたいなどという子はいやしなかった!よし、娘――ルーナといったか。良いだろう、友達になってやろう」

たいそう楽しげに笑って、友達になる事を了承したそうな。……後から知ったことだが、彼は高位精霊の中でも特に力の強い大精霊と呼ばれる精霊で、今まで様々な人間から契約を望まれ、戦いを挑まれていたそうだ。もっとも、そんな事ルーナは知るよしもない。だからこそ、

「ほんとうですか!?ありがとうございます!」

尻尾振りつつ喜んだ。……こんな面倒ごとになりそうなこと、知ってたらしなかった!俺だったらしなかったから!

「うーむ、見れば見るほど素晴らしい魔力じゃのう。――ルーナ。儂の名前はシャディベルガ。影を司る精霊だ。シャディーと呼べ」

さっきもいった通り、精霊に名前を教えて貰うことは精霊と契約を結ぶことである。このシャディベルガという名はミドルネームのような物で、実際の名前はこれよりももっと複雑の物だと言うが、本名の一部を呼ぶことを許されるというのはかなり契約と近いもの。ルーナさんは大精霊の力を手に入れたと言っても過言ではないのだ。何度も言うが、ルーナは事の重大性を全くもって理解していないのだが。

「はい、シャディー様。これからよろしくおねがいいたしますね」


 今でも親交の深いシャディーとの出会いだ。この近辺にはいないため、なかなか会えないが、それでも会うたびに仲良くして貰っているし、時々家に遊びに来る。

 このシャディー、大精霊と言うだけあってとても力の強い精霊だった。

 ルーナはそれから暫くして、誰の力も――勿論シャディーの力も――借りずに、たった一人で属性魔法を習得してしまった。アイテリアさんのお話を聞く限り、史上初のことのようだが。

 それ自体は難しいことではなかった。何度も言うが魔法発現に必要なのは魔力とイメージ。魔力の流し方を知っていて強いイメージを持っていれば造作もないことだ。

 何度も何度も魔力を扱う練習を独自に行っていると、シャディーが気付き、自分の知っている魔法を少しずつ教えてくれるようになった。ルーナが楽しいと感じるような魔法を。人が使う物ではない、精霊の魔法を。

 その中の一つに、変幻魔法という物がある。これは、あるものの姿を別の物に変えるという物だ。変身、と言った方が分かりやすいかもしれない。よくある、魔法使いが刃向かった人間を蛙に変えると言う物と同じ物だ。

 ……ふふふ、わざわざシャディーとの思い出話をしたのはこのためさ。この説明をするために、こんな話をしたんだ。

 つまり、今から俺がしようとしていることは、人間以外の別の生き物に変身してこの家から抜け出すって事だ。四歳になる直前からこんな事をしていたルーナさんが、正直信じられん。

 持って行く物は採集箱と教本。採集箱は今まで使っていた物と今日頂いた物の両方を持って行く。前の物も、普通の素材であれば全然事足りる物だからね。

 シャディーが教えてくれた小型化の魔法(かさばったり重い荷物を持ち運ぶときに超便利。同系列で大型化の魔法もあり、こちらは細かい文章を読むときに便利。)をかけ、五歳の幼女(ルーナ)が片手で握れるくらいの大きさにする。それを紐のついた小袋に入れ床に置いて、いよいよ変身する。

 精霊の魔法なので当然呪文詠唱なんて無い。頭に描くのは変身後の姿。そして、右手で魔法発現に必要な、言うなれば公式のような物を空中に描き出す。

 さすがに、無秩序なイメージだけで同じ具現化は叶わないし、ただ魔力を垂れ流すだけでは効率が悪いため、統一の規格のような物が存在する。特別な言語と図で表されているのだが、魔方陣というか、数式というか、文字式というか、俺の知識では位置づけが難しいそれを、精霊は『式』と呼んでいる。だからまあ俺も『式』と呼ぶことに決めた。

 因みに精霊達は人の使う魔法を、精霊から力を借りているため『精霊魔法』と呼んでいる。実際発動方法が違うから、たぶん体系を整理すると全く別の物だから。どっちも魔法だけど。

 もはや慣れ親しんだ式は、簡単に描ける。終わりを示す言葉を書ききれば、式が淡く光り、俺の体も光り出す。

 その光りが収まると、途端に視線が低くなっていた。そして、四つん這いである。

 ちょこちょこと歩いて姿見の前へ。そこに移っていたのは、金色の瞳をしたやや長めの毛の黒猫であった。ふふふ、完璧だ。

 猫姿を堪能したところで、最初に変身したところに戻った。置いておいた袋の紐を首にかける。かけるって言うか、輪になるようにおいていた物に首を突っ込んだって言うか。首に負荷がかからないようにしてあるから何とかなる。

 ここで猫化して上がった身体能力の出番だ。まずは机の上に飛び上がり、それから力を込めて本棚の上に跳躍。更に壁際の魔導灯に向けて飛び上がれば、部屋の窓の一番上にある空気入れ替え用でこの時期はいつも開いている窓から外に出ることが出来る。冬場も喚起のために時々開いているし、そう言う日を選んでルーナは出掛けていた。かなり高いところにある窓だけど、普通の窓を開けたらさすがに感づかれそうだし。猫になると安全だったりする。

 窓から飛び降りるときは、くるくる回転して衝撃を吸収する。本当の猫みたいに動くのは最初は難しかったようだけどもう身体が覚えている。同じようにしてバルコニーから木へ飛び移ったりしながら屋敷の敷地の外に出た。


 猫の姿のまま軽快に道を走ること三十分。屋敷から少し離れたところにある森へとやってきた。

 この森は屋敷から近い割に状態の良い素材がたくさんあるお気に入りのスポットだ。贅沢を言えば昼間行った研究所のある森くらいの所に行きたいけど、さすがにそれは無理だから仕方がない。

 五歳児だから、体力は多い訳じゃない。五歳児にしてはあるほうだが、十分多いとは言えないし、仮眠をとっているとはいえすぐ眠くなるし、一時までには屋敷に帰って寝ないと朝いつもの時間には起きれない。

 よってここが諸々の理由から考えられる最高の場所なのだ。最も、ここだと以前から使っている方で十分な素材しかとれないけど。

 ま、俺的には初採取だし?

 今まであったのは辛いことだけだし、転生したからこその楽しいことしたいし?

 集中して薬草採取しますか。


 と言っても、この辺りの素材は大体ルーナが採取してるんだよね。森の奥にはあまり立ち入ってないけど、魔獣とか魔物がいるからな。どうしたものか。

 というか、どんな素材がないんだ?

 どの辺の素材があるといいのか。採集箱の中身を思い浮かべて……水辺の素材が殆どないと気づいた。あー、ルーナさんカナヅチだから。川や沢や沼には近付かなかったからな。俺泳げるしそっちいってみよう。

 獣道を猫のままとことこ歩く。もし人がいた時に見られると厄介だ。この色見は、少しでも明るいと分かってしまうし目立つから。猫だと普遍的なカラーリングなんだけど、悲しいかなこの世界の人間は、アイテリアさんのようなどこのDQNですか、と聞きたくなるような髪色、瞳色がデフォルトらしい。有り得ない。遺伝子さんと色素さんを問い詰めたい。

 森の中を歩いていると、時々俺の目にはハッとするほど眩く輝いている花や実や葉がある。普通見えないんだけど。そう言った物は魔法薬の素材として優秀なので、余り量を採取していない物なら採取していく。首にかけていた紐を外し、袋の中から白い採集箱を取り出す。鍵も取り出して、ちょっとだけ浮かせる。風属性魔法の初級魔法だ。今まではちゃんと魔法を解いていたようだけど、十七歳にもなれば横着も当たり前にするだろう。そう、単に人化するのがめんどくさいだけ。

 因みに、ルーナが適正があるのは風属性の他に水属性と光属性。基本的には一人につき適正属性は一つだから、かなり高い能力であると言える。願望を言えば火属性とか闇属性とかって憧れていたんだけど。治癒魔法に適正のある人は大体光属性か水属性に適正があるらしいから、当然と言えば当然だけど。まあ、いいか。攻撃には向かない属性だけど、力技(魔力量のゴリ押し)でどうにかなるから。

 で、風魔法を上手く操って鍵を開けると、これまた風魔法で小瓶を取り出す。

 今回はトリノ草と言う薬草だ。魔法薬の基礎素材として殆どの魔法薬に用いられる。いくらあっても困らない薬草なので、いいものを見つけたら採取しておきたい物だ。いいもの、って言うのがこの薬草に限っては難しくて、魔力を余り溜め込まない質だから探すのが大変なのである。こういうとき、ルーナのチート能力は楽でいい。

 根本に近いところを水の魔法を鋭く放つことで切り取る。なんとなく癖で水に濡らしながら斜めに切ることを心がけてしまう。意味ないのに。習慣って怖い。

 切り取った物を瓶の口に当てると、するすると吸い込んでいく。……小さいサイズのままでも本来の性能発揮ありがとうございます。初めてだったから心配だったがやっぱり採集箱は偉大だった。

 そうやって少しずつ採取をしながら森の中程にある湖に辿り着いた。

 今夜はどうやら半月のようで、辺りを仄暗く照らしている。大気汚染も進んでいない場所だからか、星空も綺麗でまさに一面の星空と言うに相応しい空だ。それらが暗い蒼の湖に反射してかなり幻想的だ。

 湖の上にはたくさんの精霊や妖精がふわふわと浮遊していて、俺にはあちこちに光りの珠が浮いているように見える。なんつーか……もの凄くファンタジーな世界が広がっていた。

 近寄ってみると、湖の表面には浮き草が少しある程度。でもこの浮き草も、精霊や妖精の魔力を帯びていてかなり眩く光っている。これはカノメ草か。普段の状態だと薬効が低くて間尺に合わないが、塗り薬にするとあせもに良く効くようだ。……おっ、じゃあこれかなり状態いいんじゃね?採取採取!

 カノメ草だけを見分けて集めていると、背後に気配を感じた。

 振り返ってみれば、そこには人影があった。……が、魔力の集まり方が尋常ではない。近いところにたっているはずなのによく見えないのは目をそらしたくなるほどにキラキラと輝いているからだ。

「貴女は……何者?」

見ればその姿は背の高い女性のようであった。長い銀髪に整った顔立ち。瞳も銀色でまとう衣装は黒色の露出の高い物。思わず目が釘付けになってしまうような美女だった。そして……彼女は人間ではない。恐らく精霊だが、貫禄、覇気、魔力、その全てにおいて並一通りの精霊ではなかった。

 ――大精霊。

 きっと彼女はそう呼ばれる存在だ。

 突然現れた大物に、思わず惚けていたが、

「ねえ、聞いているの?」

苛立った様子で問われ、動きが戻った。

「は……い。申し訳ありません、大精霊様。それは、その……どういった意味でしょうか」

「……!(わたし)のことを、知っているの?」

心底驚いたようなその言葉に、予想が間違えていなかったことを知る。

「いいえ。ですが、貴方様の持つ魔力や覇気が、ただの高位精霊とは思えなかったのです」

「そう。私は月を司る大精霊よ。……貴女はどういう存在なの?名を名乗りなさい」

自分が猫の姿であることをすっかり忘れていた。急いで式を解く。

 しかし、名のりの強要とは厄介な。穏当にしたいから刃向かうべきじゃないし、ちゃんと言うか。

(わたくし)はルーナ・アルテミシアと申すものです。年は五歳、三歳の時より、影を司る大精霊であられるシャディベルガ様と親しくして頂いております。先程の式も、彼の方よりお教え頂いた物でございます」

教えられている礼の中で、最も敬意を払うときのものをする。

「……!そう、彼にね…………ねぇ、貴女、治癒魔術が使えるでしょ?」

シャディーの名前を出すと驚き暫しの間逡巡した。が、すぐに何かを思いついたように言葉を発する彼女。

「はい、使えます」

何だか嫌な予感がして、おっかなびっくり答えると、彼女は大きく頷き、そして――。

「丁度良かった。ちょっとこっちに来て頂戴!」

「は?ちょ、え?うわあああ!!」

強引に、俺をふわっと浮遊させ、自分の背中に乗せると、森の深部へ向けて凄い勢いで移動し始めたのだった。

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