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3. 現状確認

 俺――櫻川月夜は本当にただの男子高校生だった。


 少しだけ、その話をしよう。


 父親は県職員、母親は近所のスーパーのパートで、両親と小学六年生の弟と小学一年生の妹の五人家族という、どこにでもある一般家庭で育った、珍しいところなど何もない人間だ。

 公立中学校からそこそこの県立高校に入り、サッカー部に入部し一年の秋にレギュラーになって、百五十人の学年で十位前後というそこそこの成績だった。要するに中の上。別段運動にも学業にも力を入れている学校ではないから、そんなものだ。


 平凡が平穏を呼ぶと考えていますが何か?過ぎる力は我が身を滅ぼすとはよく言ったものだと思う。


 因みに彼女いない歴=年齢だ。全くモテなかった。原因は分かっていたんだけどね。

 顔が壊滅的とか、ドングリ体型だったわけではなくて、俺の内面的な問題だ。大した問題ではないと思うのだが、どうも感性がずれているらしい。露見してからというもの、あからさまにからかわれるようになった。


 実は俺、シスコンでブラコンで結構コアなオタクにもついて行けたりする。


 シスコンブラコンは否定はしない。だって、弟も妹もとっても、とっっっっっても、超絶可愛い。いやマジ天使。

 五歳年下の弟と十歳年下の妹で、かなり年が離れているせいで、ある程度世話を覚えると主に俺が面倒を見ていたりしたのだからしょうがない。うん、……っはっ、まさかこれが俺の『特殊性癖世界への適正』の原因!?そんなのって無いよな。……無い、よな?

 いや、おかんはパートがお好きなの。天職なんだと。本人曰く、『パートの真髄、それは愛!』らしいけど、あの人頭大丈夫?俺的には、幼い天使たちをおいて出掛けられるなんて、マイマザーながら信じられないのだが。

 おとんはおとんで、育休もとらず仕事に追われ、二人がそれぞれ二歳の時に『ぱぱってだぁれ?』と言われやがった。まぁ母さんにも、三回の出産全てに立ち会えなかったことをねちっこく言われているが。出張だったらしい。

 兎に角父さんは、子どもに関して家族全員から白い目で見られている。

 ぷふ、マジうける。安心しろよ、マイファザー。ちゃんと代わりに、俺が愛情を注いでいるから。

 ガチで、妹とか父性の目で見てしまってたりする。小六の時、母に『あんたお父さん以上にお父さんしてるね』と言われ父共々落ち込んだのは記憶に新しい。事実だが、それを受け入れるためには或る一定の精神的余裕と諦観が必要なのだよ。

 ふっ、今はもう吹っ切ったがな。

 俺の目が黒いうちは嫁にはやらん!……って、ダメだ、もう俺死んでるわ。


 ま、それは別として、だ。


 俺は断固として、オタクと断言できるほどオタクではないと主張する。そりゃ確かに現代っ子らしくゲームをし、漫画を読み、放送時間に拘らずアニメを見、ラノベを読み漁ってきた。それは普通の人よりは多かったと言えよう。そこは認める。

 だがしかし、異常なまでかと言われれば否と答えるよりほかない。別に俺、キャラグッズも何も持ってないし。特定の作品に執着しないし。つか、元々記憶力がいいから他の人より細かい部分を覚えていられるだけだぜ?それでオタクって言われれば、ガチ勢泣くよ?かけてる金も労力も全然違うよ?些かオタッキーではあるけど、普通の人間だよ?予定調和だから。何も問題ないから。取るに足らないレベルの、本職からすれば(にわか)に過ぎない普通の人間だから。


 普 通 の 人 間 だ か ら。


 何故ここまで普通の人間を押すのかというと、あの馬鹿ドM――斉藤にお仲間(アニオタ)認定されたからだ。――ああ、斉藤は末期の厨二病患者であると共に極度の二次元中毒者なんだ。二次元の女の子大好きで、嫁が十人くらいいる危なすぎる人間だ。

 そんな斉藤がうっかり、好みの幼女向けのアニメの映画に行きたい、と零したのに、

「ああ、俺行ったよ?」

と返してしまったのだ、軽率にも。

 その結果、斉藤や側にいたクラスメートからオタク――それも、重度のアニオタ認定がなされてしまった。

 非情に不本意。

 何度も言うが、断じて俺はキモオタではない。

 確かに幼女向けのテレビアニメも絵本も漫画も完璧に網羅しているが、それは兄故の愛だ。俺の趣味って訳じゃない。レベルの高いキモオタとは違うんだ!

 いや、確かに魔法っぽい何かを操る戦う美少女は四十人超えたけど初代から現在まで一人残らず暗記しているけど。ついでにパートナー的な妖精的な何かも全員知っているけど。妹がオールスターズ見たいって言うから下調べに全シリーズ見たけど。変身の口上から、必殺技の名前まで、何から何まで全部覚えてるけど。アイドルものも、キャラクター名とその子が着ている衣装の名前とか全部覚えてる。

 余談だが、斉藤と違って、俺は幼女対象以外の美少女が出てくる物は見ていない。興味ないし。あいつの話しについて行けないし。ハピエンとは限らないからというのもある。

 幼女向けの方がいいよ。うん、平和だし。純粋に誰かのためを思って行動して、周りと競って努力したり。おにーさん応援したくなっちゃうから。箱根駅伝における沿道に立ってる観客的な感情で。援交少女を買う糞親父的意味じゃないから念のため。それになにより、『セクシー』設定の子がぺったん()だしね。健全だなって思うんだ。中には美少女物全部見ている子もいるらしくて、妹が見たいとか言ってることもあるけど、許可していない。子どもの教育に悪いから。

 他にも幼女向けや、それ以外の幼児向けも全部覚えているよ。いいんだ、弟も一緒になってみてたりするからこれでいいんだ。あ-と、どっちかってーと弟の方が問題か。十二歳の少年が幼女向け……しかもあいつ楽しんでたからな。妹が風邪で寝込んでても一人で見てたような。……うん、気にしない。俺のシスコンが危ない人間を一人産んだ気がするけど気にしない。あれだよね、兄弟妹の団欒は必要だよね?

 あー、弟も妹もどうしているかな―。元気に生きたんだろうか。

 弟の事が気になる。中学の入学式、出てやりたかった。成人式は紋付き袴だろ?ぜってーかっこよかったよなぁ、俺より顔よかったし。あえてのスーツもいいな。可愛い奥さん連れてきたらいびり倒してやりたかった。……あれ?思考が親父になってる?

 妹の七歳の七五三が見たかった。中学の制服が見たかった。高校の制服が見たかった。振り袖が見たかった。リクルートスーツが見たかった。ウエディングドレスが見たかった。甥か姪が見たかった。……あれ?俺危ない人?アウトなレベルのシスコン入ってる?

 閑話休題。

 俺の扱いってどうなってるんだろう。転生モノによくあるところだと事故死、とか?

 ぶっちゃけ?ある意味事故死だよね。


 じこ-し【事故死】

 (病気に寄ってではなく)事故で死ぬこと


 じ-こ【事故】

 ①思いがけず起こった悪い出来ごと。また、支障。「―にあう」「交通―」「―死」

 ②事柄の理由。事のゆえ。

 ――岩波書店『広辞苑 第六版』より


 ほら、辞書的にも間違ってない!

 うわあ、俺正式に事故死だ!わーい、テンプレ!ビバ王道!……全然嬉しくない。

 冗談はさておき、死因が分からん、死因が。死んだ経緯とかじゃなくて、病院(?)とかそう言う専門家(?)の見識としてどうなってるのか知りたい。肉体消滅って訳にもいかないよね?そんな不審死認められないよね……?俺の生きていたあの日本はそんな眉唾物な怪しいことが許されるほど甘くなかったはずだ。

 ……ん?死んだんだったら死んだでいいじゃないか?

 一々煩い?

 女々しい?

 ……そうかもしれないが。

 そうかもしれないがっ。

 俺の死後の他人の評価がかかってるから!死してなお変人&奇人認定とか、そんなの嫌だ。

 俺は別にいいけど俺の家族がどう見られるか。ほら、もしかしたら将来、弟や妹が就職したり結婚したりするときに、もし相手方が『身内が不審死している人間は願い下げ』ってスタンスだったら困るだろ?

 お兄ちゃんは可愛い可愛い天使(あの子)達の足を引っ張りたくないのだよ。

 だからさ、重要なところなのだよ。俺はあの子達に恨まれたくもないし。


 あと、本当に重要なのはここからだけど。

 櫻川月夜としての俺の人生は終わってるわけなのですよ。あくまで『としての』だけど。

 だからこうして今更(月夜)について語っても意味ないんだけど。

 俺としても混乱しているのは確かで。気がついたら死んでて、気がついたら神様に拾われてて、気がついたら……、なんて、何の冗談かと思っていたり。事情がなかなかぶっ飛んでるお陰で、自分でもなかなか信じられなかったり。

 信じられないって言うよりは理解出来ないって言う方が正しいか。

 何言ってるかは分かるけど、それを実感として脳で捉えられていないというか。

 文系の俺的には、あの時と感覚と似ている。数Ⅱで複素数を習い始めたときのあれ。虚数の概念の、あの、『言いたいことは分かるし何を示しているのかも分かるけど、実感として二乗して負になる数って何?』っていう感じ。結局細かいことを考えないようにして、自分の疑問に蓋をしたんだった。

 『結果として死んだって言うのは分かったけど、なんで死んだの?どうやって転生したの?異世界って何?』って感じか。まあ、厨二的に嬉しい事態なんだろうけど、現実であったら誰だって混乱すると思う。

 ――厨二心が足りない?

 だって俺、何回も言うけど、それほど厨二ってわけでもないし。

 あれが神様だったとしたら信仰心なんて棄ててやるって方々ばっかだたし。うんまあ、元々無神論者だったんだけども。宗教は麻薬だと思ってましたが何か?


 実際神様に遭って思ったのは、神話ってのが案外本物に近いのかなって事くらいか。

 唯一の男の神様は、威厳・風格・覇気・貫禄、その全てが崇め奉りたくなるものだったけど、女神様は最悪。最後に思った通り、その声を考えるだけで背筋がゾクリとする。

 多神教の神様は人間くさくて好きになれなかったけど、やっぱりあれを見ると一神教の方がまだ信じる気になれる。

 最初の俺を拒絶した世界の女神。神様って思えないほど腐れ外道だったし。

 正直あれはないと思う。

 俺、超不憫。自分で言っちゃうくらい不憫。

 大体、俺の扱いがあからさまに酷い。

 人の側で召喚しておいて、巻き込まれた俺への配慮は無しとか、神様マジで人でなし!……あ、神様は人じゃないですか。……どっかの神様も言っていた?さいですか。

 他の神様にすら言われてたよね、『ろくでなし』って、あの神様。鉄拳制裁を希望する。俺の積年の恨みを……あの一瞬だけか。とにかく晴らして欲しい。あの、『自分には力があるんだから何をしても許される』って信じてる、狂気的なまでの愉快犯は、諸悪の根源にこそなれ周りの役には立たないだろう。

 ほら、俺を拾った神様も相当な苦労をしていた風に見えたし。きっと今まで様々な尻ぬぐいをしてきたんだろうな。

 つか神様さ、何で元の世界に戻してくれなかったんだろう。死んだらダメなの?空間ねじ曲げてるっぽいし、神様なら何だって出来んじゃないのか?元の世界に送還とかしてくれたっていいじゃないか。ケチ。

 俺の人生を返せと声を大にしていいたい。


 『なんてこと無い毎日が特別になる』とは、何で聞いた言葉か。まあ、大方アニメか漫画だろう。よくある言葉なので詳しくは覚えていないが、なんとなく思い出してしまう。

 俺自身がこの言葉を実感するのは、もう数十年あとのことだと思っていたが、いやはやこんなにも早く実感することになるとは。人生とは分からないものである。うん、享年十七歳とか、誰が想像できるだろうよ。

 しかも、死因!

 貧乏くじひきまくってるから!

 巻き込まれて死ぬって不幸だよね。善行が足りなかったんだろうか。しかし齢十七にしてどれほどの善行を詰めというのか。人助けばっかの悟りを開いたような男子高校生……薄ら寒いものを感じるんだけど?


 結局あれかね。

 思うようにはならないのが人生と。そう纏めればいいんでしょうかね。

 信じていないものは救われない、と。

 そんなところっすかね。

 はい、ちゃんちゃん。



 自己完結したところで、そろそろ前を見てみようか。

 神様の言った通り、俺は転生をしたようだ。記憶は残っているから、楽でいいな。

 うん、俺今幼女。妹より幼い女児。ホントにTS転生だ。


 ルーナ・アルテミシア。あと二ヶ月ほどで五歳になる四歳の女の子。

 所謂鴉の濡れ羽色の艶やかな黒髪は腰までさらっと伸びたストレート。猫のように少しつり上がった瞳は大きくて、琥珀色というよりはトパーズ色をしている。ややぽってりとした紅色の唇は年不相応の色気を醸し、薔薇色に上気した頬はちょっとだけ子どもっぽい。鼻筋はスッと通り、全体的に勝ち気な印象を与える顔立ちだ。

 どう頑張っても可愛いとは言えない、けれども十年後には凄い美人が完成しそうな顔。前世はどこにもいるような平凡モブ顔だったからかなり新鮮である。記憶の中のフリフリフワフワメルヘンドレスとは全く合わないが。

 それで、俺――このルーナって言うのが、どうもまた厄介極まりない存在みたいだ。


 まず、この世界は科学技術の世界ではなくて――神様が言っていた通り、異世界転生モノにはよくある感じの、剣と魔法の世界のようだ。

 断定じゃないのは、ルーナがまだ幼くてこの世界に関する知識が不十分だから。それっぽい会話は聞いても実際には見たことがないからである。

 で、ルーナの身分って言うのが、どうも、公爵家の長女らしい。

 当然のごとく学ばされていたこの世界の知識を纏めると、ルーナの家があるのがハルメイア王国って言う王政の大国だ。

 このハルメイア王国、今年で建国から二千九百八十八年が経つという御長寿国だ。この世界の暦は太陽暦で、それをハルメイア歴と呼ぶ。日本語該当一月は……とか細かい話はパスして、つまり世界の中心はハルメイア王国と言っても過言ではないと言いたかった。

 王制国家のこの国では、王族の臣下として貴族が存在する。国王から領地を賜り、その地の政を行ったり有事の時に国のために戦う、よくあるあれだ。

 身分が高い方から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となる。更にこの下に一代限りの功績をたたえた領地を持たない貴族位があったりするけど、混乱するからパス。基本はこれでどうにかなる。

 王国の国土は、大体ユーラシア大陸の半分程度。そう、夢の大王国だ。 

 ルーナの家――アルテミシア家は貴族の中で最上位に位置する公爵家。なんでもばあ様が王妹殿下で、降嫁されたらしい。じい様もじい様で、家柄もあったんだろうけど、独力で宰相位に就いた実力者なんだと。その力はパパンにも引き継がれており、宰相補佐として次期宰相位を確実にしている。

 簡潔に言えば、王族に次ぐ王国第二位の力をアルテミシア公爵家は持っている。それこそ、俺のじい様やパパンが黒と言ったら白でも黒くなるくらい。

 そんな家の娘って……。神様が幸せな暮らしを約束してくれてたけど、これ、幸せか……?

 かなりめんどくさい気がするのは俺だけ?

 俺の血には王家の血が流れているけど、王位継承権は持ってない。パパンは持っているけど。王宮に関わらなくて一番権力が強いから、人生イージーっちゃイージーなのか?

 でも俺、なんか王家の血が強いらしいんだけど?それ、かなりめんどくさくないか?黒い髪に金色の瞳は建国の始祖の象徴で王家の証らしいんだけど。……ヤバそうなのは気のせいかな?


 取り敢えずルーナに与えられていた知識はこんなもんだし、後は実際に情報を集めないと分からない。

 因みに、ルーナとしての自我は、きちんと存在する。存在は均衡だから、少しばかり時間はかかるだろうが、恐らく融合して『櫻川月夜』ではなく、『ルーナ・アルテミシア』でもなく、『櫻川月夜』であり『ルーナ・アルテミシア』でもある人格が出来上がることだろう。

 今俺にできるのは『ルーナ・アルテミシア』としての良識に囚われてしまったら出来ないことをすることだと思う。


 というわけで、状況確認の記憶整理も終わったし、そろそろ目を覚まそうか?

本日の更新はこれで最後となります。

次話からは月曜日更新となります。

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