18. 話し合い
グルル、と唸る声が聞こえる以外、誰も――ヘルメスさんも、王様も、王子様も――何も言わない、否、何も言えない。
絶対王者の風格が、言葉を漏らすことを許さない。圧倒的な魔力は普通の人間なら吹き飛んでしまいそう。脂汗が滲むというのはまさにこういうことを指すのだろう。それだけの格差がある。
以前遭遇した小型の飛竜は邪竜。目の前にいるのは魔法生物としての格が遥かに高い聖龍。その差は歴然で、比べるまでもない。家猫とライオンくらいの差はあるだろう。俺の目で見ると眩すぎて、直視することが出来なかった。……が、今は出来る。どうやら能力のコントロールを覚えたようで、一般的な人間の視界と今までの視界とを切り替えてみることが出来る。差し迫って必要だったからかな?もう少し早く覚えたかったけど。
輪郭がとらえるようになって改めて観察すると、聖龍ってやばい。
この個体は体色が黒一色だが、光属性である。それはさっきから視ていた魔力で知っている。相性よさそうでそこはラッキーだと素直に思う。まぁ、見た目通り闇属性でも面白いと思うけど。
『龍』って言っても所謂東洋の龍みたいな細長い胴体ではなく、造形は完全に西洋のドラゴンそのものだ。全身鱗に覆われた爬虫類的な何かだけど、鱗一枚一枚が鋭く尖っているし、金属のような硬質な光沢を放っている。多少なりとも厨二病拗らせている身としては、惚れ惚れするようなフォルムだ。いきなり王道ファンタジーが湧いてきた感じがする。
あと体長がね。存在感だけじゃなくてデカい。たぶん、大きさの調整はしているんだろうけれど、床に腹ばいに伏せていてなお天井までぎっちりと詰まっている。
見つめていると視線がぶつかった。――俺と同じ、金色の瞳。透き通った宝石のようなそれには強い力と意思が色濃く見える。何だか意味ありげに思えて逸らさずに見つめ返す。気難しい頑固爺を思わせる視線で、こっちを試すような雰囲気だ。簡単には力を貸してくれなそうなところが気に入った。おんぶに抱っことか性に合わないから。甘えやすい環境では余計に困難なことを言われそうで怖い。
自分以外の何かに力を借りるのは消耗する(シャディ―情報)らしくて、守護召喚でもそこは変わらないみたいだから怖くて迂闊に使いたくない。死にかけたから。三途の川の河原で奪衣婆のばーちゃんに『金がないだって?そいじゃさっさと帰んな』って言われた感じだから。次やったら、絶対死ぬから。
……あー、いかん、何だかだんだんテンパってきた。本当に予想外。
いやだって精々高位精霊くらいのもんだと思っていたんだ。まさかこんな、ガチもんの神獣というか、格調高い奴が素行不良幼女のもとに現れるとは思わないじゃないか。
もう冷や汗だらだら。
オーラがパンピーの想像の範疇超えてやがる。思考回路ショートしそう。予想外の事態に弱いと言われる世代だが何か。
ちらっと後方に視線を向けると、カチンコチンに固まった大人たちと王子様。王様がなんてこった、と言わんばかりの表情をしていることが窺える。ほかの皆々様も、一様に幽霊でも見たかのような表情をしている。
……あ、これやばい。これはやばい。きっととっても不味い展開ってやつですね、分かりますハイ。
俺の良く当たる勘が、いや、全身の神経が、面倒ごとの訪れを告げている。
……え、今更だって?
確かに今更感は漂うが、これ以上は御免なんだ。もう止めてくれ。他の人にどう弁解しろと?これから先の状況とか想像するとマジ泣きそう。
……え、どうにもできないだろう?
そんな無慈悲なこと、今はまだ言わないでほしい。
数分にも、数時間にも感じるような、高いプレッシャーのかかった時間が過ぎて暫くすると、龍は先程の黒獅子と同様に消えていった。その際の残滓はやはり俺の体内に吸い込まれていく。来るときに搾り取られた魔力が帰っていくときに戻ってくる感じだろうか。何かこれもともと俺のものだった面影はある。変質しているが。……さすがにこれだけじゃ苦しむ羽目にはならないだろう。いや、そうでなければ困る。
すべての光が俺の中に収まりきったところで、体に異変が。いや、異変というか、あの時と同じというか。
身体が……熱い。芯から指先まで、カッと熱くなる。骨や脳の髄まで溶かすように熱く、次第にジーンとした痛みが生まれていく。鈍い痛みが体中に広がり、鋭く突き抜けて…………収まったとき、どっと疲れが押し寄せてきた。
落ち着いてよく全身の調子を感じ取ると、魔力に強くなっていることに気が付いた。指先から魔力を出してみると、今までよりも身体が熱を持たないし、それに神経を尖らせて操作することが苦にならない。あと、ガッツリ魔力を出し入れされたが、疲労感が軽い。
王子様は様子を見る限り何ともなかったのだと思う。なぜ俺が、という疑問は、追々あの龍を呼び出してみればわかるんじゃないだろうか。たぶん今ならそう難しくなく呼び出せる筈。力を貸してくれなくてもお話くらいはできるさ、たぶん。
自分で納得できたところで、礼を解いて立ち上がる。体力のない五歳児なので、ずっとあの体勢だと小鹿ちゃん宜しく足がプルプルしてきそうだ。そんなみっともない姿、見せるわけにはいかない。
くるりと後ろへ振り返り、一団が待つ場所へと歩み寄る。固まっていた大人たちもそれによって漸く動き出す。
騎士団長と神官長、魔術師団長の大人三人は動けるようにこそなったがまだまだ茫然自失状態。一応俺を目で追っているが、突き刺さる視線は『恐怖』『困惑』『憔悴』『不信感』といったところ。……五歳の幼女、というより他人に向ける視線じゃないんだが。これは文句言ってもいいんじゃないかと思う。もっとも、貴族社会の体面と今後の付き合いを考えると泣いても言えないのだが。
さすがにヘルメスさんと王様は困惑しきってはいるけど不快なほどではない。それに柔らかい視線だし。王様と父親の包容力パネェ。
「お疲れさま、ルーナ。大丈夫か?」
「珍しいものを見せてもらった。ありがとうな」
目線を合わせ、頭を撫でてくれる王様……そんなにダダ漏れだったんだろうか、俺の不満。一国の王に慰めてもらえるとは結構レアな経験をさせてもらったものだ。多少なりとも気分が高揚する。がめついと言おうか、現金だと言おうか。
「有難うございます。私のことなどより、皆様お体の調子はいかがでしょうか。かなりの余波がそちらにも流れたと存じますが」
「気にすることはない。ルーナ嬢が大丈夫であるというのに、大の大人が伸びていては示しがつかん。それほど軟弱なものはこの場にはおらんよ」
王様の言葉に神官長さんをはじめ三人の大人が勢いよく背筋を正す。我に返ったようで何よりだ。
「それで、この後はどうなるんだ?」
「はい、陛下。ソール殿下とルーナ嬢の検査はこれにて終了です。ご協力、誠に有難う御座いました」
神官長さんが告げた言葉に王様は頷く。
「そうだな。今回はそれでよいだろう。あと、ヘルメスとルーナ嬢をアルテミシア領まで送ってやれ」
「はい」
「では、参ろうか」
そういって王様が王子様と魔導士団長、騎士団長をつれて退出する。最初に会ったときと同様の礼をしながら見送った。その姿が見えなくなったとき、俺は思わず長く息をついた。すると、ヘルメスさんが一言。
「よく頑張ったな、ルーナ。もう少しだ、頑張りなさい」
背筋がツッと伸びた。レイアさんがいたら怒られていただろう。一番気を張らなければいけない相手が帰ったからと言って気を抜きすぎだ。予想外の連続過ぎて疲れたって言い訳は百パーセント通らない。甘ったれることは許されないのである。
「それではこちらへ。ポールに案内させましょう」
因みにポールさんとは王都の神殿に来てから儀式場までを案内してくれた、白っぽい布(神官服)を着た強面筋肉さんだ。
呼ばれたポールさんがすぐに来て(次の間みたいなところに控えていたらしい)、その後ろ姿をちょこまかと追いかけていたら、再びヘルメスさんが抱き上げてくれた。……いや、有り難いんですけどね。疲れてヘトヘトだし。
最初にいた魔法陣のある部屋にたどり着いた。来たのは一日前だというのに、もう何年もたったような心地がして来るのだから不思議なものである。
ポールさんは知っているだろうに検査の結果には口を挟まないで、ただ一言『困ったことやどうしようもないことがあったなら来なさい』と言ってくれた。(神官として見なければ普通に)かっこいいし、優しい。顔立ちはムサイおやっさんだけど、さすが聖職者なだけあって心が広い。
で、魔法陣の上に乗って転移して、帰ってきたのがアルテミシア領の神殿。ただし皆が皆俺のことを若干引いた目で見つめている。ワー、ジョウホウハヤイデスネ。それとも、こっちでやった検査だけでもキチガイ染みていたのだろうか。……どちらにせよ、この視線はさすがに傷つく。
居た堪れない気持ちになりながらも神殿内を通り抜け、馬車に乗ってガタガタ道を十分ほど進むと屋敷へ到着。エントランス(玄関という言葉には違和感があるほど豪華)に入るとニッコリ笑顔で若干顔色の悪いレイアさんがお出迎え。
「おかえりなさいませ、ヘルメス様。お疲れさま、ルーナ」
「ただいま」
「ただ今戻りました。――お母さま、お体の調子はいかがでしょうか」
ついつい気になってしまった。いつもは分からないのに、無理していることがまるわかりなのだ。余程調子が悪いのかと疑ってしまう。
「……いいえ、ルーナ。大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
一瞬何かに驚いたらしい間があったが、すぐに優しく――普通に優しく微笑んだ。ナチュラルな柔らかい笑顔なんて、見たことなかった。レアだ、めちゃくちゃレアだ。
ヘルメスさんとレイアさんは顔を見合わせると、まっすぐに視線を交わしながら一つ頷きあう。それからヘルメスさんは無言で俺の頭をなでると、一言、仕事に行ってくるといって家を出て行った。
レイアさんは小さく何かを呟いた。すると何かが――俺の知らない何者かが、屋敷からそっと散っていった。……あれ、テンプレ的には公爵家の暗部だったりするのかな?
それから家令を呼び出すと何かを指示して、俺に向き直った。
「ルーナ、これから暫くの間忙しくなりますよ」
「どういうことでしょうか」
しかしレイアさんは質問には答えてくれない。
「ルーナはこの屋敷が公爵家の本宅ではないことを知っていますか?」
「はい。この屋敷はあくまで別邸であり、一般的にアルテミシア城と呼ばれる私邸は領都タンティオノスにあったかと存じております。お母さまが私をお産みになった時に居を移されたのですよね」
「ええ、城は本当に小さな子供には危なかったのですよ。特にアルテミシア城は特殊な罠も多く用意されていますから、貴女のようなお転婆娘は一日もたたずに命を落としてしまいかねません。ですが、状況が変わりました」
何か一瞬、気になる言葉というか認識があったような。だがそれより、何がどうした?
「はい?」
「この屋敷ではなく、城に暮らすことになります。お引越し、と言ったところですね。一週間以内には城に移動したいところですわ」
ふふふ、と笑ったレイアさん。
マジで?何で?っていうか、移動して大丈夫なの?レイアさんもイヴァン君も。
「私とイヴァンのことなら心配いりませんわ。少々特殊な移動手段を使いますから。ルーナにも手を貸りることになりますが」
「私にできることであれば、何なりと」
「頼みますね。少々魔力を消費してもらうだけですから大丈夫でしょう」
「はい」
それなら朝飯前。ほぼ人外認定を受けた俺なら余裕、余裕。
「それから、ヘルメス様も暫くの間忙しくなるでしょう。恐らく王都に滞在することになるので屋敷へは帰ってきません」
「はい」
「城へと移り、ヘルメス様が落ち着いて本邸に戻ってきた際にあなたに話があります」
「それは……私の容姿や守護獣のことでしょうか」
「ええ。今回の急な城への移動も、実はそれに関係しているのですよ。……詳しいことはその時に話しましょう」
「はい」
……あー、これは想像以上にやばい感じか。本当にやらかしたようだな。大丈夫なんだろうか?
それからレイアさんと分かれて準備を進めていった。まあ、基本はメイドさんたちがやってくれるんだけど。でもほら、見られるとまずいやつとかあるじゃないですか。採集箱とか、メルトとか、まぁ色々。
因みにメルトは俺がどうやら聖龍種を守護獣として得たらしいと言ったら、ガックリと膝をついた。うん、まあ自分より高位の存在が守護するってわかったら出鼻くじかれた感はある。わからんでもない。
――そんなこんなあったが無事に引っ越しは完了し、ヘルメスさんも落ち着いてお話をすることになった。
城――新しい家――にあるヘルメスさんの書斎。落ち着いた雰囲気のその場所は、円形の部屋で一面を書棚に囲まれている。その中央の部分に黒皮の大きなソファーが向かい合わせに二つと大きな机が置かれている。その上座にヘルメスさんとレイアさん、レイアさんの胸の中にイヴァン君が抱かれ、下座に俺が一人で座っている。イヴァン君を抱いているレイアさんにはそれでいいのかと思うのだが、本人は先ほど俺の視線を感じてか、体力が落ちると困るのですよ、と言っていた。筋トレに息子を使うのか、とか、寿退職したんじゃなかったのか、とか言いたいことは多々あるのだが聞くわけにもいかないので割愛である。
メイドさんが持ってきてくれたハーブティーを一口。アイテリアさん特製のリラックスブレンドだ。
緊張がほぐれたところを見計らって、ヘルメスさんが口を開く。
「それでは話そうか。……とは言ってもまず何から話せばよいのやら。――そうだな。ルーナは自分自身の容姿や能力のことについてどの程度把握している?それを聞いて補足していったほうが早いだろう」
ヘルメスさんの問いかけに数秒間考え込んだ。かなり限られたことしか知らないんだけど。
「……容姿に関しましては黒い髪、金色の瞳が王家の象徴であるということ、それが建国の王の容姿に由縁があるということしか存じ上げておりません。能力に関しましては、私の持つ魔力が量も質も人並みではないこと、守護獣が聖龍であるということは珍しいということしか存じ上げておりません」
聖龍の件に関しては珍しい、というよりもシャディ―が候補にも挙げなかったから、ないと思い込んでいただけだが。俺の異様な魔力を知っていながら候補にあげないということは、あり得ないと思っていたからだろうから。
「それでは補足していこうか。まず、三属性持ちということは珍しいことだが全くないわけではない。そこは安心していい。だが、人並み外れた魔力量と魔力練度に関しては、記録に残っている限りで最高の記録だ。仮に本気で試みたら、大陸一つ更地にできるだろう。勿論、現時点でのお前の力で、だ」
「……制御だけは早急に完璧に出来るようにします」
「ぜひ頼むよ」
「出来ないようでしたら私自ら手ほどきをしますからね。全力で努力しなさい」
「はい」
懇願されたり、プレッシャーをかけられたり。……そんなに酷いことになっているとは思っていなかった。予想以上。自分でもわかる、これは酷い。
「容姿の由縁もほぼその通りだが、建国の王、というより、その一族の容姿の特徴なのだ。その一族以外の人間が黒髪と金色の瞳を持つことはありえない」
「王家は直系の子孫であるはずですが、一族間でのみ交わり続ければ血が濃くなりすぎてしまうし、外交関係では断ると国際問題に発展する政略結婚というものもあり、どうしても血が薄まってしまいました。ここ八百年ほど黒髪と金色の瞳を持つ王族は生まれていないのです」
「今現在、黒髪と金色の瞳を持つのはお前一人だ」
あー、それってつまり、なんかやらかしてもシラを切れないし、街に出ていてもすぐに誰なのかわかるし、誘拐されるのに間違えられることもない、ということか。そりゃ過保護すぎるのも納得だ。
「……成程。つまり、容姿からすぐに素性が特定されてしまうということですね」
「ええ、その通りです。ですが、それだけではないのですよ」
「…………まだ、何か私が過保護に扱われていた事情があるのですか」
「実はな、その建国の王の一族というのがかなり特殊な血族でね」
「特殊、ですか」
「ああ、これはお前の守護獣にも関わることだが、彼らは『龍守』と呼ばれる一族だ。ルーナは建国記を読んでいるな?」
建国記は文字通りハルメイア王国の建国までの過程が記されている書物で、基礎教養で一番初めに習ったものだ。
「はい」
「だが、建国時の動乱は建国記に書かれていることがすべてではない」
「歴史書とは総じてそういうものであると聞いております」
書かれた国にとって都合が悪い情報は書かれないし、戦争に纏わる記録では書かれたのが戦勝国か敗戦国かでもかなり違う内容になる。建国に纏わる話は民衆の人気を集めるために誇張して書かれることもある。
そんなのは俺にとって当たり前のことだ。日本でもそれがもとで戦後ウン十年経っても国際問題になっていた。むしろ、『建国記』は割と悪いことも書いてあるほうだと思う。
「そうか。ならいい。建国の王は黒龍にお乗りになり戦場を駆けられたと伝えられている。しかし建国の王とて一人では万の軍勢を相手に取ることはできない。彼の王の一族の者が加勢をして初めて得られた勝利であったのだ。一族の者は皆龍を御していた。聖龍を守護龍として持つことができて初めて一族の一員と、一人前だと認められる一族、それが『龍守』だ。聖龍を崇拝し、聖龍の住む『龍域』と呼ばれる場所に里を構え、聖龍と共に生きていたそうだ」
「そのような一族があるのですね」
驚きだ。だって、聖龍の召喚ってバカみたいに魔力使ったぞ?俺の魔力総量の九分の一くらい。それができる力を持つ奴がポンポンいるって……怖いわ。
「ああ。彼らは現在のハルメイア国内のどこかに住んでいたが、その場に戦火が迫ったため、自らの暮らす龍の住処を守るために戦争に加わった。龍は最高位の神獣だ。万の人間の軍勢を打倒し、戦争に勝利した。しかし、いかに龍に乗り戦闘力が高かったといっても所詮は人間。三十数人が戦いに参加したが、残ったのはわずか五人だったという。戦闘に参加していなかった幼子や老人を合わせても、四十名程度しか生き残らなかったそうだ。戦争に参加できなかった者たちは皆、彼らだけでは生活できない者たちであった。働き手であった五人の生き残った者は国を建てる都合上里に帰ることができず、已むを得ず一族の全ての者が里を捨て、王族として王都周辺に住むことにした。それが理由でハルメイア王国王族以外には直系の子孫は存在していないとされる。ただ――」
ヘルメスさんは俺をじっと見つめる。射貫くような視線に身が竦む。
「現王家は血筋をたどれば『龍守』に辿り着くが、『龍守』の一族ではない。現状、『龍守』は亡んだ一族だと考えられていた」
「文献では千五百年ほど昔のことですね。以来、『龍守』の資格を持つものは存在してきませんでした」
あぁー、なんか文脈からしてやばそうなんだけど。
「資格とは即ち、聖龍と守護契約を結ぶこと。それができなかったものは一族を追放されてしまう。血が遠すぎては現れないが、基本的に直系でも傍系でも現れることがある。だが傍系でも他国に出てしまえば一族を名乗る資格を剥奪されてしまうが。国内に存在する傍系と認められる家はわがアルテミシア公爵家のほかに四家のみだ。その中でこの家は一番血筋が近い。だが唯一の直系である王家ですら『龍守』の一族を名乗る資格である、『聖龍を守護獣として契約すること』をここ千五百年ほど成し得ていないのだ」
「それをルーナ、貴女は傍系の娘であるのに成し遂げてしまいました。さらには一族の象徴である容姿すら持っています。賢い貴女であれば、これがどういうことを示しているのかわかるでしょう?」
……………………。
「お母さま、お父様、申し訳ありません、少々頭が痛いです……。私が存在するだけで孕む危機があるということですね」
レイアさんは頷き、ヘルメスさんが続きを促す。
「思いつく限りでは四つほどでしょうか。一つに、他家がどの様であるかは私の与り知らぬ話しでありますが、可能性として、国家転覆を企む者がいた際旗頭にされる可能性があるということです。アルテミシア公爵家はかなり力のある家なので、そのような不届き者の魔の手には晒されないことと思いますが、可能性はゼロではないものと思います」
「残念ながらね、そういう身の程をわきまえない輩も多くいるよ。建国から三千年の年月が経ち、強者であることを疑わなくなってきた。そのあたりは今後授業で習うだろう。では、次」
「はい。二つ目に私の容姿や能力に関しては先祖返りのようなものだと思われます。更に高い魔力もありますし、非人道的な人体実験の検体として使用される可能性もあります。魔法を封じられれば女子である私はいくら鍛えようとも抗うことはできないでしょう。あっけなく誘拐されてしまうことが予想されます。もっとも、これもひとつ目に挙げた問題点と同様の理由で回避できるとは思いますが。三つ目に、他国が火力として求めて誘拐される可能性もあります。これが一番あり得るかもしれません」
「よく頑張っていますね、ルーナ。概ね合っているでしょう」
軽く会釈してその言葉に応えると、勇気をふり絞って続きを言う。
「四つ目に、一つ目と似ていますが王位を狙っているなどとあらぬ汚名を着せられ処罰・処刑される可能性ですね。これはアルテミシア公爵家が力を持っていることが逆に問題になります。アルテミシア公爵家には現アルテミシア公爵のもとに王女殿下であられたアイテリアお祖母様が降嫁なさっています。力をそぎたいと思うような家も多々あるでしょう。ここ最近はきな臭い話も聞きますし」
やりきった。いきなり抜き打ちテストみたいなことになったからビビったけど、何とかなったと思う。この辺は俺のテンプレネット小説を読んだ経験が勝利を収めた。無駄なことなど何もない、オタク認定されていた過去も無駄ではなかったのだ。ちょっと感動。
「そうだね。細かいことはまだあるだろうが、特に厄介なものはそんなところだろう。それではもう一つ質問だ、ルーナ。この状況で最も安全な方策は何だと思う?」
面白がったような調子で聞いてくるヘルメスさん。レイアさんも真面目な顔だがどことなく楽しげだ。あーうん、俺もなんか楽しいわ、こういう会話。
答えは本当に簡単。少し考えれば分かるもの。というか、実際示されたことがあること。
「……王族の、いえ、王太子の妃になることです」
それを言うと二人とも真剣な顔で頷いた。
「その通りだ、ルーナ。実際、陛下や宰相――お前のお祖父様とも相談した。我が国の王太子の決め方は知っているな?」
「はい」
うちの国の王太子の決め方はたぶん少し特殊だ。
まず、王子でも王女でも継承権は与えられるが、そこに年齢や正室腹か側室腹かによる序列は存在しないということ。それでも第一子が成人するまでには決められるため、年の離れた王子や王女には実質継承権が存在しないのだが。魔力資質や学院の成績などで総合的に判断されるため、一概に言い切れないのである。因みにどれだけ優秀であろうと、そしてどれだけ年齢が近かろうと王の兄弟姉妹には余程のことがないと王位継承権は消失したままになる。
そんな、王太子がまだ決まっていない状況なのだが。
「お前は王太子妃になることが決まった」
ヘルメスさんはそんな言葉を告げた。
まー、パワーバランス的に、王太子様にでも引き取ってもらわないと困るからね。王族側としても先祖返り(たぶん)の俺の血が混ざることは望ましいんじゃないだろうか。ちょっと現代人的には眉を顰めたくなる血の近さだけど。
だからこんな例外的な、王太子もいないのに王太子妃が決まるっていう事態が許されたんだろう。双方に利があったから。
「承知いたしました。今後一層精進いたします」
……とかなんとか冷静を装っているが、今ものすごく混乱したり、腹立たしい思いを抱えていたりするわけで。
取りあえず、神様。
約束が違いますよね?平平凡凡な幸せ生活、どこに行きやがったんですか?
安心して生きられるのが王妃としてだけ、とか何なんですか?
王妃は自由に楽しく生きることができる位ですか、そうですか。
――よし、分かった、次会った時に覚えてろ、全力で一発ぶん殴らせろや。
まず、一つ目に。
更新遅れてすいません。
私用でゴタゴタしていまして……本当にすいませんでした。
そして二つ目に。
これにて一章終了です。お付き合いいただきまして有難うございました。
その影響でこの話だけかなり長いです。よく見たら九千九百三十八文字でした。環境が違くて調子に乗りました。
さて、次は第二章です。
話は飛びましてルーナさんが八歳になったあたりからスタートです。
一章は魔力チート発覚と説明の回だったのですが、次こそ、ルーナさんに災難が襲い掛かるよう頑張ります(笑)。
そして三つ目に。
すいません、今回更新が遅れたことからも分かってしまうと思いますが、ストックが尽きています。
このまま二章を始めると早々に音を上げることが予想されます。なので、九月まで更新を停止させていただきます。
これだけ更新が遅れた上でなので申し訳ないですし、私自身サボり癖が付きそうで嫌なのですが、二章はスムーズに終らせることができるように頑張ります。
更新を再開したら再び読んでいただけると幸いです。




