1. プロローグ
お部屋のまどからそとをながめると、くも一つない青いお空の中を、ハトさんやスズメさんが飛んでいます。いけません、一人きりだというのに思わずわらってしまいました。
今日もいい天気なのです。
だから気分がとてもいいんですの。
『おやしき』のみなさんには、危ないから一人でそとに出てはいけません、といわていますが、このわたくしが危ないことをするとでも思っているのでしょうか。だとしたらとても『しんがい』ですわ。危険なことをするはずがありませんのに。いつまでも小さな子どものようにいわれて、いい気がするわけがありませんもの、わたくしの『ふんがい』も分かっていただけるのではないでしょうか。
わたくし、もう五才になりましたのに。
そとへ出かけましょう。『おやしき』のみなさんにも、『いいこ』とみとめられているのですから、きっと、ゆるされるはずです。
ですが、お部屋のとびらからそとへ出ようとすると、止められてしまいましたわ。
「お嬢様、お部屋の中にお戻りください。まだ小さなお嬢様には、危険ですから」
ことあるごとに『ちいさい』といわれてしまいますが、失礼ですわ!
『しりょう』で読んだところ、年ごろとしては平きん以上の身長があると『じふ』しています。
たしかに、ほかに子どものいない『かんきょう』なものですから、小さいといわれてしまうのも、仕方がないことなのかも知れません。
ですが、それでもおそとに出してもらえないというのは、おかしいと思いますの。おとぎ話や物語、『でんしょう』の中の女の子たちも、おそとに出ていましたわ。おひめ様だって、そうでしたもの。わたくしだって、出たっていいと思いますの。
それに、わたくしはみなさんから完璧、といわれているのですもの!!……少なくとも、そんなに危ないことをする子どもというわけではありませんわ。
まったく、なぜおそとに出られないのでしょう。
こんなにも、お空はきれいだというのに。
お昼のお日様のあたたかな日射しをあびて、さわやかな風を体にうけたいです。
まったくもって、もったいないことだと思いません?
そうして、わたくしは考えましたの。それで、気付きましたの。
ああ!そうですわ!バルコニーでいいですわ!
ダメだっていわれていますが、そんなのおかしいですもの。『おやしき』の中と何がちがうというのでしょう。危ない理由がわかりません。
バルコニーにでるときれいなちょうちょさんがいました。わたくしの目の前をゆるゆる、ふわふわ、と、飛んでいます。
「ふぁああ……!」
ふわふわふわふわ、ちょうちょさん。おそとに出ることをゆるされないわたくしには、中々見ることができないものです。
ゆらゆらと風にのって、わたくしからはなれるように飛んでいきます。
まって、まってください!もっともっと、見ていたいのです。
……はい、そのときわたくしは、たしかに『こうふん』していました。『しゅくじょ』としても、公爵家のむすめとしても、ふさわしくありませんでした。
「ちょうちょさん。まって!」
はしたないことに走っておいかけて、あろうことかドレスのすそをふんでしまいました。
そのときわたくしは、バルコニーのかなり先のほうまで走ってきていました。前をまったく見ていなかったのです。手すりはもうすぐそこにありました。
いいえ、すぐそこどころではありません。ほんの鼻先、手のひら一つ分ていどのところにまで、せまっていたのです。
もし何もなくても、手すりにぶつかってしまってただ事ではすまなかったことでしょう。
「きゃああああ!!」
ですが、目の前にはなにもありません。足下にもなにもありません。
手すりのあいだが広くて、わたくしはとおれてしまいました。そう、いともたやすくすり抜けられてしまったのです。
そして、手すりのあいだをとおるあいだにつまづき転んだわたくしは。
簡単にいいましょう、バルコニーから落ちました。
床はありませんでした。すねやひざすらぶつけることなく、投げ出されて体がちゅうにうきます。
地面がどんどん近づいてきて……こわくなったわたくしはギュッと目をつぶりました。とっさのことで、おそろしくて、そのときは頭の中が真っ白にそまって、まったく体がうごかなかったのです。
「ルーナお嬢様!?」
ずどん、という重いしょうげきが体全たいをつきぬけました。おくれて、ぜんしんに痛みが広がります。
体がどこにもひっかかることなく落ちたので、かおからすねにいたるまで、同じ時に地面にぶつかりました。おかげで、頭だけを『きょうだ』することがありませんでした。それでも十分、ぐらぐらと頭のしんからゆれる感かくが、ぜんしんに広がります。
ない力をふりしぼって、かおを上げてみました。うっすらとけしきが見えたかに思えました。しかし、割れるように痛むひたいから、あついものが一筋流れてきて、目の前が赤くそまって、すぐに目をとじてしまいました。
同じく、感かくが感じられないほど痛む鼻から、流れてきたものが口に入って、てつの味が広がりました。鼻血を出しているのに気付いたのはそのときでした。おそらく、ひたいも割れているのでしょう。
ですが、かろうじて意しきがもったのはここまででした。
そのあと、わたくしの目の前は真っ暗になりました。
「誰か、魔術師を――!」
「お嬢様がバルコニーから落下なさったと旦那様に連絡してくれ!」
「ルーナ!」
「奥様、お下がりください」
「私も魔術師の端くれです!少しなら治癒魔術も使えます!応急手当を」
「いけません!御体に障ります!」
「ですが……!我が娘の命の危機に、どうして黙ってみていられましょうか!母親として、出来ることを少しでもしてあげたいのです。この手を離しなさい!早く!」
「臨月なのですから、どうか御休みになってください。……無礼をお許しください。ですが、もう一人の子どもの命を危険にさらすおつもりですか。母親と言うことをおっしゃるのでしたら、なおさら魔法を使ってはなりません。ましてや適正がない治癒魔術など言語道断です。今、魔術師が……」
「只今参りました。お嬢様は。……!?奥様、安静になさってくださいと伝えたはずです。今すぐお部屋にお戻りになってください」
「さ、奥様、参りましょう」
「ここはお任せください」
「……分かりました。」
うすぼんやりと言葉が耳に入ってきました。しかし、頭がそれを、言葉として『にんしき』しません。
わたくしはなにをいってるのかわからないまま、暗いところに落ちていきました。
暗くなった『しかい』にはなにもありませんでした。
でも、ときどきなにかが見える気がするんです。
「―――――!」
なにかが聞こえる気がするんです。
それは、なんだかとてもあたたかくて落ちつきました。
まだ小さかったころにあった、おかあ様にぎゅってしてもらっているときや、おとう様におひざの上にのせてもらっているときと似た感じです。
それはちょっとずつはっきりとしていきます。
見たことのない、黒いかみの毛と、こげ茶色の目をした若い男の人がいました。
その人のとなりには、こげ茶色のかみの毛と、こげ茶色の目をした見たことのない男の人がいます。とても仲がよさげな二人は、たのしそうにわらっています。
「――――――」
そのそばには二人とよく似た『しきさい』の人が、たくさんいます。いっぱい、いっぱい、人があつまって、二人は真ん中でわらっていました。
そのときです。
さいしょに見えた男の人が、べつべつの人に両方のかたをたたかれました。ふりかえった男の人のかおを見て二人の人は愛おしそうにわらいました。
「―――――兄ちゃん」
「―――――月にぃ」
そうよばれた男の人は、かたをたたいた二人を見つめました。
同じ色あいの、黒いかみに、こげ茶色の目。
三人は似ていて、同じ感じがしました。わかりにくいですが、一人は男の子のようです。もう一人は女の子のようです。
男の子のほうは、子どもっぽさが少しのこるくらいの少年で、女の子のほうは、わたくしよりも、少し大きいくらいです。
……あら?おかしいですわ。
なぜ、わたくしは、さいしょの人はすぐに男の人だとわかって、この人たちはわからなかったのでしょう。
なんだか背筋がぞわっとなって、頭が痛くなってきました。
走ってにげたいけれど、体がうごきません。とてもこわいです。けれどどうすることもできなくて、その人たちをじっと見つめます。
見れば見るほどなんだかどこかで見た人たちの気がします。――そう思えば、わたくしはこの人たちを知っていると気付きました。自信をもっていいきれます。
あれほどわからなかったのに、なぜ――?
頭はどんどん痛くなります。それといっしょに、息をするのがつらく感じます。どくんどくん、体中が音をたてているようです。
そのとき、さいしょの男の人はなにかをいおうとしました。
「―――――」
聞きとれません。でも、しぜんとわたくしの口はうごきます。その男の人と同じときに、です。
「「―――――怜夜、花音」」
それを聞いたその人たちは、わらって男の人――いえ、わたくしにむかっていいました。
「月にぃ、はやく」
「兄ちゃん、さっさと思い出せよ、まったく」
わたくしは思い出しました。
わたくし――否、俺の名前は櫻川月夜であり、現代日本の普通の男子高校生であったと言うことを。
そして、余りにも馬鹿馬鹿しくて(笑いの)涙なしには語れない理由で死んで異世界に転生していることを。
本日を除いて毎週月曜に一日一話更新していくつもりです。
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