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編入生

 「理恵、おはよう!」

 「おはよう、よっちゃん」

 クラスメイトのよっちゃんと、朝のあいさつを交わしながら、わたしは自分の席に着席する。とつぜんの学校の男女分けに、最初とまどっていたわたしは、校舎に入って10分でこの状況に馴染んでしまった。

 校舎も変わりクラスも変わると聞いていたんだけど、結局のところ校舎の中は以前のまま。クラス分けといっても4つあったクラスが2クラスに変わっただけで、クラスメイトの顔ぶれも一昨日のまま、おとなりのクラスの女子が男子に入れ替わる形でクラスメイトになっただけの話だった。

 「男子がいないと、静かでいいよね」

 「ほんと、ほんと、あいつらガキだもんね。本当いなくなってせいせいするよね」

 クラスメイトたちは、校舎分けの事を話題に、男子の悪口で盛り上がっている。

 「でもさ、有栖川くんは別にいなくならなくてもよかったかな」

 「あっ、たしかに」

 「有栖川くんはいてもよかったかも」

 女子の話は、いつのまにか男子の悪口から将太の事へと話題が移っていた。

 将太は、自分では気付いてないけどかなりモテる。可愛らしい顔立ちに、優しい性格。勉強も出来るし、運動神経もそれなりにいいときている。それでもバレンタインで、今まで将太にチョコレートを渡す女子が私しかいなかったのは、それとなく私が周囲に、将太との関係を恋人同士のように思わせているからだ。

 「ねぇ、理恵は有栖川くんと離ればなれになって、寂しくはないの?」

 「将太と……う~ん、まぁ、行き帰りは今まで通りだし、家も隣りだしね」

 わたしは朝、将太が校舎のところでかけてくれた言葉を思い出しながら、よっちゃんにそう答えた。

 「理恵、なにかいい事でもあったの?」

 朝の事を思い出して、どうやらわたしの顔はにやついていたらしい。

 「えっ、顔に出てた?」

 「思いっきりね」

 『ごちそうさま』よっちゃんは、そう言い残すと他のクラスメイトの所へ行ってしまう。

 

 やがて、予鈴が鳴り朝のホームルームが始まる。

 教室の戸が横に開かれて、担任の先生が入ってくるのかと思ったら、入ってきたのは教頭先生だった。

 「今日の、ホームルームは……何と言いますか、ふ~」

 教頭先生は、目頭を押さえる様な仕草をみせると、大きなため息をひとつ吐いた。

 なんで、教頭先生が?校舎の事といい、なんか学校がとにかくおかしな事になっているみたいだ。

 それは、わたしだけが思っているわけじゃないみたいで、クラスメイトもひそひそと小声で何かささやきあっている。

 「みなさん、お静かに……今日は新しい担任の先生の紹介と……あとは、このクラスに編入生が今日から入る事になります」

 編入?転入じゃなくて?わたしは教頭先生の言葉に引っ掛かるものを感じて首を傾げてしまう。

 「では、入ってください。新担任の中村先生と、編入生の有栖川《《さん》》です」 

 教室の戸が開かれてふたりの人間が教室に入ってきた。担任の先生の姿を見た瞬間、クラス中から黄色い歓声が巻き起こった。

 「みなさん、お静かに……静かになさい!今は授業中ですよ」

 教頭先生の一喝で、一瞬クラスは静かになる。

 「わたしが、今日からこのクラスの担任を務める中村 陣といいます。みなさん、これから一年よろしくお願いします」

 中村 陣さん――超有名人でこの人を知らない人は、今の日本ではいないだろうアイドル的存在。ミクミク団における謎の幹部として、専用の公式ホームページも持つ。わたしも大ファンで、本当ならみんなと一緒に騒ぐ所なんだけど、わたしの目は中村さんにではなく、もうひとりの方に目が釘付けになってしまう。

 教頭先生は有栖川さんって確かに、編入生の事を呼んでた。中村さんと並んで立っている女の子をわたしはジッと見つめる。すごく可愛らしい女の子だった。将太?わたしは一瞬そう思ったけど、将太は女の子っぽい顔立ちをしているとは言っても、男の子でとなりの校舎で授業中のはずだ。それになにより、制服が女子用の物を、学校側が将太に着せるとも思えなかった。

 「では、次に今日からこのクラスに編入する生徒を紹介します」

 『有栖川さん、クラスのみんなに自己紹介を』教頭先生に促されて、中村先生の陰に隠れるようにして立っていた女の子が、中村さんに背中を押されて一歩前に出てくる。

 「えっと、その、あの……」

 女の子は、下を向いたまま中々自分の名前を名乗ろうとしない。

 「有栖川さん、もう一時間目が始まります。急いでください」

 教頭先生に促されて、女の子はスカートの裾をキュッと掴むと、意を決した様に顔をあげた。

 「ぼっぼく、今日からこのクラスに編入する事になった有栖川 将太っていいます!」 

 女の子が名乗った瞬間、中村さんの登場以上の歓声がクラス中からあがった。


 ◇◆◆◇


 「ねぇ……理恵、有栖川くん貸して」

 有栖川くん、将太くん、理恵ちゃんのクラスに編入させられた僕は、今日一日中、こんな調子で休憩時間のたびに、女の子たちに周囲を囲まれる事になってしまった。

 「うん、いいけど……乱暴には扱わないでね」

 勝手に貸し借りの対象にされてしまっている僕の腕を、理恵ちゃんから許可をとった女子が手に取ってくる。

 「あぁ、ずるい!わたしも!」

 女の子たちから、軽蔑のまなざしを受けたり、気持ち悪がられたりすることがなかったのは良かったんだけど、これはこれでかなり疲れるものがある。

 「理恵ちゃん……」

 僕は、理恵ちゃんに助けを求めようとするけど、理恵ちゃんはなんだか機嫌が悪いらしく、僕が話しかけようとしたらそっぽを向いて無視されてしまった。

 

 結局、僕はお昼休みまで理恵ちゃんと仲直り出来ないまま、午前中を過ごしてしまった。

 「将太、今日わたしね、飲み物を家に忘れてきたの。だから、一緒に一階の購買部へ買いに行かない」

 「うん、理恵ちゃん一緒に行こう」

 理恵ちゃんの方から、こうして何かをしようと言ってくるとは思わなかったから、僕は内心すごくうれしくて即答で返事を返してしまう。

 『購買部から戻ったら、有栖川くんもお昼一緒しよう』女の子たちからのお昼のお誘いに、僕はあいまいな返事だけ返しておいて、理恵ちゃんと一緒にそそくさと教室を出てしまう。

 「将太、モテモテだね」

 「珍しいんだよ、女装しているしさ」

 『ふ~ん』と返事を返してくる理恵ちゃんの反応は、なんだか素っ気ない。

 お昼時の校内の廊下には、僕たち以外にもたくさんの生徒たちが出てきている。もう、僕の噂は校内全部に広がっているみたいで、周りの隠すつもりがない視線に落ち着かない気分になってしまう。

 「わたし、将太が来てくれて本当にうれしかった」

 理恵ちゃんは、とつぜんそんな事を言い出す。

 「でも、将太がクラスの女の子にちやほやされているのを見てると、なんだか、こう無性に腹がたっちゃって……」

 「理恵ちゃん?」

 「わたしって我がままなのかな?」

 僕はなんて答えてあげたらいいか分からなかった。結局、僕と理恵ちゃんはその後、一階購買部前に到着するまで会話をする事なく、歩き続けた。

 「うわぁ……すごく、混んでるよ」

 理恵ちゃんは、購買部前に到着するとゲンナリした表情でそうつぶやく。

 お昼時の購買部。家でお弁当を作らず買って済ませようとする女の子たちで、購買部前は人だかりの山が出来ていた。あちこちから飛び交う注文の声に、てきぱきと対応しているのは、おばさんひとり。かっぷくのいい体格をした人の良さそうなおばさんは、テキパキとした動きで生徒の注文をさばいているんだけど……

 「ねぇ、将太、あのおばさんの額見た?」

 「うん、理恵ちゃんも気づいてたんだ」

 「たぶん、みんな気が付いてるよ」

 愛想良く笑いながら仕事をしているおばさんの額から一本の角が生えていた。どんなに、おばさんが自然に振舞ったとしても、ごまかしようもないほどにはっきりくっきりと、額から一本突き出ている。これって絶対間違いなく、ミクミク団の怪人だよね――僕はそう思うのと同時に、周囲を慌てて見渡してまわる。

 『将太、どうしたの?』理恵ちゃんが心配そうに、僕の顔を覗き込んでくる。

 もしも、もしも……あの、おばさんがミクミク団の怪人であった場合、どこからか突然ミミィが出てくるはずなんだ。僕は少しでもその姿を見かけたら全力で逃げるつもりでいた。だって、おばさんは、購買部で食べ物を生徒に販売しているだけなんだ。それに、僕のとなりには理恵ちゃんがいる。僕がアリスだって事が、理恵ちゃんにバレてしまう危険性もあった。

 「将太君、何をキョロキョロしているんだよ」

 とつぜん、どこからかミミィの声が聞こえてくる。僕は全力でその場を離れようとするんだけど、その足をガシっとなにかに掴まれてしまった。

 「いまの将太君は、まるで不審者みたいだぞ」

 地面からぬっと突き出てきた両手が、僕の両足を掴んでいた。ゆっくりと地面から顔が湧き出すように出現してきた。ミミィだった。

 「きゃっ」

 理恵ちゃんは、驚いてスカートの前を手で隠しながら僕から少し距離を離す。

 「ミミィ!どこから出てきてるんだよ!」

 こんなの、一種のホラーだよ。僕は地面から全身が生えつつあるミミィの姿を見て、そんな事を思ってしまう。

 「だって将太君『購買部のおばさんは、ただ食べ物を販売しているだけじゃないか』とか言って、わたしから逃げだしそうな感じがしたんだもの」

 「だからって、地面から生えてこないでよ!」

 僕からの抗議に、ミミィは舌をチロっと出して笑っておどけてみせる。

 「じゃあ!将太君さっそくいくよ!」

 「じゃあ……じゃないよ!ミミィ、僕は絶対変身なんてしないからね!」

 「問答無用!いくよ将太君!美少女戦士アリス,メタモルフォーゼ!」

 ミミィは、そう叫びながら、嫌がる僕にいつもの光線を照射するのだった。

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