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2.宰相の娘アンジュ

 王城の中で1番に陽当たりの良い一室。

 窓際のベッドに横たわりながら外の景色を眺めていた私は、入室してきた人物を見るなり慌てて起き上がろうとした。


「――――ハロルド殿下!」


「無理をするなアンジュ。傷が痛むだろう?……それと、殿下(・・)では堅苦しい。昔のようにハルと呼んでくれないか」


 私の元へかけよってきてくれたハロルド殿下――ハルは、寝ていた体を起こそうとする私の背にそっと手を添えてくれた。


 優しいハル。私の大好きな人。


「大丈夫よ。痛みはだいぶひいたわ。お医者様が言うにはこの包帯ももうすぐ取れるだろうって」


「そうか。よかったよアンジュ」


 そう微笑んだハルの視線がそっと私の頭に向けられるのが分かった。そこには白い包帯が何重にも巻かれている。そこだけじゃない。腕や足にも包帯が巻かれているし、服を着ているから見えないけれど体中に青あざが残っている。きっと今の私は痛々しい姿なのだろう。


 それでも、大丈夫よ心配しないで、という意味をこめてハルに笑顔を返した。


「それよりも、ねぇハル。マリエルさんは何て?真実を話してくれた?」


 そう問いかければ、ハルは力なく首を横に振った。


「いや、何も話してはくれなかった。全ては自分の罪だと」


「………そう」


 やっぱり真実を話しては下さらないのね、マリエルさん――――。


 俯いてしまった私の手をハルがぎゅっと握りしめる。


「アンジュ。もうマリエルのことは諦めよう。こうなってしまってはどうしようもできない。それに、マリエルがアンジュを階段から突き落としたことは事実だ。たとえその裏にどんな理由があったとしても、どんな真実があったとしても、それを証明するものは何もない」


「いいえ、あるわ!私が証明する。マリエルさんは悪くないって、きちんと証言するわ!」


「誰も信じないさ。……君のそのケガを見ろ。マリエルのしたことは立派な殺人未遂だ」


「でも―――」


「人は、目に見えるもの以外は信じないんだよアンジュ」


 私の手を握りしめていたハルの温かな手が、包帯の巻かれた私の頭にそっと触れる。


「このケガは階段から落とされたときにできたものだろう。マリエルはアンジュのことを殺そうとしたんだ」


「…………」


 たしかにそう。私はあの日、マリエルさんに命を奪われかけた。こんな大けがを負わされたことをもちろん恨んでいないといえば嘘になる。けれど………。


 マリエルさんは今、その罪を償うために独房に入っている。どんな処罰が下されるのかは分からない。お父様が言うには最も重たい刑を受けるよう要求しているそうだ。この国で最も重たい刑――それは斬首だ。


「……そうだ。マリエルが言っていたよ」


 独り言のように呟いたハルの声に私はそっと顔を上げる。


「マリエルが、私とアンジュには幸せになってほしい、と」


「!」


 その言葉に私の瞳から涙がこぼれた。


 マリエルさん。あなたやっぱり――――――――――。


 こぼれた涙をハルがそっとぬぐってくれる。


「アンジュ。君のそのケガが治ったら結婚式を挙げよう。私と共にこの国を守ってほしい。アンジュと私ならこの国をきっと幸せに、そして愛に満ちた国にできると思うんだ」


 ハルが私をそっと抱き寄せ、耳元で囁く。


「愛しているよ――――アンジュ」


 その言葉に私は何度も何度も頷いた。それを見たハルが嬉しそうに笑っている。


 私はハルが好きだ。大好きだ。小さい頃からずっと。


 国王様の息子であるハルと宰相の娘である私は、小さい頃からの幼馴染だった。そしてお互いに想い合っていた。大きくなったら結婚しようね、と約束を交わしていた。そして互いの親もそれを望んでいた。ハルの婚約者は小さい頃からずっと私だった。


 それなのに今から1年前―――19歳になったハルに突然、新しい婚約者ができた。それがマリエルさんだった。


 マリエルさんは、筆頭貴族であり国の政治にも大きく影響を与えているウィズマロン公爵家の一人娘で、歳は私とハルよりも一つ下の18歳だった。


 私は彼女のことをよく知っていた。社交界でマリエルさんはとても有名な令嬢だったから。直接話したことはなかったけれど、社交場で見かける彼女は自分よりも年下とは思えないほどしっかりとした大人の女性だった。


 物怖じせずに会場内を優雅に歩き回り、堂々と顔を上げて挨拶を交わす。立ち居振る舞いも完璧だった。常に背筋をまっすぐに伸ばし、笑うときは口元にそっと手を添える。話す相手の目をじっと見つめ、相手のことをたてるように控えめに言葉を返す。


 社交場にマリエルさんが現れると一瞬にしてその場の空気が変わる。社交界の花。そう呼ばれている理由が分かるような気がした。


 この10年間ずっと私がハルの婚約者だった。それなのに、それが突然変わったのも納得ができた。


 私よりもマリエルさんの方がハルの婚約者にふさわしい。性格的にも立場的にも。第一王子であるハルの隣に並び、ゆくゆくは王の妻となり国母となる。その素質をマリエルさんは十分に持っている女性だった。


 政治的な面でも、国で最も影響力のある公爵家の令嬢と第一王子という組み合わせの方が国の将来のためになると、そう判断されたのかもしれない。


 私は身を引くしかなかった。


 ハルの新しい婚約者がマリエルさんに決まると、私とハルはもう顔を合わせることはなくなってしまった。小さい頃からずっと一緒にいて、当たり前のように毎日会って話をしていたのに。婚約者でなくなってしまえば私とハルを繋ぐものは何もなかった。ただの幼馴染。それだけの理由ではもう第一王子のハルとは普通に会うことすらできなくなっていた。


 その頃から呼び方を『ハル』から『ハロルド殿下』に変えた。ますます距離が遠くなったような気がした。


 ハルとマリエルさんが婚約してから半年が過ぎた。二人は、ハルが成人を迎える数か月後に盛大な結婚式を挙げるはずだった。


 その準備が着々と進む中、その事件は起きた。今から一か月ほど前の出来事だ。


 その日は、数か月後に控えるハルとマリエルさんの結婚式の前祝いとして王族や貴族が集められ盛大なパーティーが開かれた。


 宰相である父と共に私もその場に出席していた。パーティーの中盤までは父と一緒にいたけれど、お手洗いに行くという適当な理由をつけて途中で会場を1人で抜けた。


 すごく泣きたかった。私はまだハルのことが好きだったから、ハルとマリエルさんの結婚を祝うパーティーが辛くてたまらなかった。本当は出席なんてしたくはなかったけれど、宰相である父の顔もあるので気持ちを押し殺して出席した。けれどもう限界だった。


 会場の外にある薄暗い廊下で1人でたっぷりと泣いた後、いつまでもこうしてはいられない、と再びパーティー会場へ戻ることにした。


 会場へと続く長い螺旋階段をドレスの裾を持ち上げながらゆっくりと降りようとした、そのときだった――――――。


 突然、後ろから耳元で誰かの囁く声がした。凛とした鈴のような美しい声。



『たった一度の人生です。愛のある生き方の方が幸せでしょ』



 その言葉の後、私は背中をトンと押された。


 バランスを崩し、そのまま一気に階段から転げ落ちる。転げ落ちながら階段の上に立つ一人の女性の姿が見えた。


 真っ赤なドレスを身にまとったマリエルさんの口元が小さく『ごめんなさい』と動いたような気がした。


 私が覚えているのはそこまで。


 会場付近にいた警備の兵たちが階段から転げ落ちる私を見て急いでかけつけてくれたことと、階段にはふかふかの絨毯が敷かれていてそれがクッションになったようだ。大ケガを負ってしまったが、幸いにも私の命は助かった。


 その事件をきっかけにハルとマリエルさんの婚約は破棄になった。そして今、ハルの婚約者は再び私になった。嬉しいことのはずなのに素直に喜ぶことができない。


 階段から落とされるときに聞こえたマリエルさんの言葉がずっと耳から離れない―――――。


 私を突き落としたあと階段の上に立っていたマリエルさんはすぐに警備の兵に捕まったそうだ。マリエルさんは抵抗をせずに、階段にある大窓からただじっと空を見上げていたらしい。



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