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0.マリー

 灰色をした重たい雲が空一面を覆っていた。


 人気(ひとけ)のない広場のまわりを母親に手を引かれ何周も何周も歩いた。


 やがて、中央にある噴水から少し離れた場所に置かれている木製のベンチまで歩いてくる。ふとそこで立ち止まった母親が私を振り返る。


『――――マリー』


 さっきまできつく私の手を握ってくれていた母親の手が離れていく。そして私の両脇にその優しい手を滑り込ませ、ぐいっと高く持ち上げられた。そのままベンチにそっと降ろされる。


『マリー。あのね、お母さん用事があるの。だからあなたはここで待っていて』


 お気に入りのぬいぐるみを抱きしめながら5歳の私は首をかしげ母親を見上げる。


『いつ戻ってくるの?』


 そうたずねたら、母親は下唇をぐっと噛んだ。そして視線をそらす。右手で口元を押さえながら、震える声でこう言った。


『良い子にしていたら……マリーがここで良い子にして待っていてくれたら戻ってくるわ。私のことを追いかけてきてはダメよ。あなたはここにいるの。わかった?』


『うん』


 母親の言葉を素直に信じた。でも………


『お母さんを待っている間は寂しいよ』


 泣きべそをかきながらそう言えば、母親は私の頬に両手を添える。


『じゃあ空を見ていなさい』


『お空?』


『そうよ。今はとても空が曇っているからじきに雨が降るかもしれない。そうなればマリーとお母さんが濡れちゃうわ。だから、雨が降らないようにお空にお願いをしていて』


『お願い?』


『そうよ。できるでしょ?』


『うん』


『じゃあお母さんは行くから。ここで待っているのよ、マリー』


 空に願い事をしながら、この場所で良い子に待っていればお母さんは戻ってきてくれる。


 だから、だんだんと小さくなっていく母親の後姿を目で追いかけながら、やがてその姿が見えなくなっても私はベンチに座ったままじっと動かなかった。


 お母さんには大事な用事があるんだ。でもそれが終わったら戻ってきてくれる。ほんの少しの間、離れるだけ。お母さんが戻ってくるまで、私はこの場所で良い子にして待っていればいい。



 空を見上げながら、どのくらい時間が経ったのだろう。



 やがて灰色の空から落ちてきた雨粒が一滴、頬に落ちた。それを合図にするかのようにポツポツと降り始め、やがてザーザーと音をたてて降り出した。


 傘なんて持っていなかった。


 一週間前の誕生日に母親からプレゼントしてもらったばかりのワンピース。貧乏でめったに服なんて買ってもらえなかったからすごく嬉しかったのに。そのワンピースがどんどん雨に濡れてしまうことが悲しかった。


 雨に濡れた体はとても寒い。少しでもぬくもりがほしくて、ぬいぐるみを抱きしめていた腕に力をこめる。


 空を見上げ続けていた。


 青空も太陽も見えなかった。


 そこに広がるのは今にも落ちてきそうな重たい灰色の雲。


 空から降る雨と瞳からこぼれる涙が混ざり合い頬を流れていく。



 それから何時間待っても母親が戻ってくることはなかった―――――――――――。



10/28誤字訂正。

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