三
久忠が尋問のために連れ込まれた部屋には、二人の死体が転がっていた。汪直の部下、艮と巽である。どちらも朧の毒針で、あえなく最期を遂げた。
「この二人、中々の使い手ではあるが、所詮は素人だな」
二人の死体をちらっと見た朧は、軽く評して、壁に近づいた。壁は黒々と四角形の穴が穿たれたままだ。
朧は頭を中に突っ込み、何かを引っ張り出した。材質は青銅で、長さ三尺ほどの筒型になっている。片方は穴が穿たれ、もう一方の端は丸く閉じられていた。
「朧、それが〝火槍〟という代物か?」
興味津々で、久忠は重そうな筒を引き出している朧に尋ねた。朧は引き出す作業の手を止めず、口の中で「ああ」とのみ答えた。
「武器のように見えるが……」
久忠の重ねた問いに、朧は、なぜか渋い表情になった。
「まさに、武器じゃな。儂は宝物殿で、色々と探し回っておったが、まさか、このような武器だとは、想像もせなんだった」
朧の口調は、吐き捨てるようだった。
久忠は奇妙に思った。
「なぜじゃ? 拙者らが宮中から命ぜられている使命を、お主は見事、果たした結果になったのじゃぞ。もそっと、嬉しげに振舞えぬのか?」
「それは確かに、そうなのだが……」
朧の表情は晴れなかった。どこか、憂鬱そうな様子である。
久忠は首を振り、連れ込まれた時に取り上げられた両刀を取り戻した。ぐいっ、と帯に差し込み、ようやく気分が落ち着いた。
やはり、無腰は落ち着かない。気分が落ち着いて、久忠はようやく、朧に対する、肝心要の質問を思い出した。
「そういえば、お主、どうやってこの部屋に辿り着いた? あれは、隠し通路か?」
壁の割れ目を指差すと、朧は頷いた。
「左様。ここには、あちらこちらに、隠し通路がある。汪直はその幾つかを知っておったようじゃが、完全ではない。儂は城内に潜むようになって、自分で見つけたのじゃ。これを……」
と、手にした〝火槍〟に目を落とした。
「盗み出したは良いが、外へ抜け出すには、荷物でなあ……。つい、長居してしもうた」
ニヤッと笑うと、久忠に顔を向けた。
「そこで、お主がフラフラ、ここまで彷徨ってきたのを見つけたのじゃ。紫禁城から脱出するには、儂の格好の隠れ蓑じゃ、お主は。これ幸いと、隠し通路沿いに後を従いてきたところ、お主が宦官たちに囚われた、と相成った」
上目がちになって、朧は久忠に問い掛けた。
「これから先、どうする?」
「封禅の儀式に立ち会う!」
久忠は、きっぱりと、答えた。朧は肩を竦めた。
「やはり、お主らしい答じゃな。じゃが、危険であるぞ。汪直は、お主の姿を見た途端、何が何でも殺そうと考えるじゃろう」
久忠は朧をきっと、睨みつけた。
「それが、どうした? 汪直は、本物の皇太子を暗殺するつもりじゃ! それに、小七郎が心配じゃ。汪直め、あ奴は小七郎を朱祐堂君に仕立て、王権を乗っ取る企みじゃ! そのような陰謀、許せぬ!」
朧は「処置なし!」とでも言いたげに、天を見上げた。
「やはりな。ならば、俺も付き合う!」
久忠は、正直、驚きを隠せなかった。
「なぜじゃ? お主は〝火槍〟を盗み出した。お主の普段の言いようなら、儂に付き合うなど、余計な仕事となるはずじゃぞ」
朧はニヤニヤ笑いで、答えた。
「確かにな! じゃが、儂の仕事は、無事に〝火槍〟を宮中に届けるまで終わらぬ。となれば、いかに儂でも、単独で日本へ帰り着くのは、無理じゃ。儂が〝火槍〟を送り届けるには、お主という隠れ蓑が必要となる理。お主には、まだまだ、無事でいてもらわぬとな!」
久忠は思わず、朧に向かって頭を下げた。
「感謝するぞ。お主がいれば、百人力じゃ!」
「世辞を言うでない……。お互い、持ちつ持たれつじゃ」
朧は苦々しげに答える。
久忠は出入口の扉に忍び寄ると、そっと押し開け、外を覗き見た。
大丈夫、外は空っぽだ。儀式で、普段はうろうろ徘徊している兵士も、出払っているのだろう。
「行くぞ!」
短く朧に伝えると、朧は無言で頷いた。〝火槍〟に付属している肩紐で背負い込む。久忠は呆れて、問いを投げ掛けた。
「それも持ってゆくつもりか?」
「当たり前じゃ! 置いておくわけにも、いかぬであろうよ!」
久忠は、何か言い返そうと思った。が、朧の気が変わらぬようにと、黙って部屋から進み出た。
部屋の外は、廻り通廊になっている。久忠の記憶では、前庭へは、通廊をぐるっと迂回しなければならない。
久忠と朧は、黙って通廊を歩いて行く。
重い荷物を背負っている朧だが、ほとんど足音を立てない。気が急いている久忠は、つい、足音が響いていた。背中から、朧の舌打ちが聞こえてくるようだった。
その内、久忠の耳に、微かに楽の音が聞こえてきた。
儀典係りの、奏楽だ!
近い!
久忠の足は、速くなっていた。




