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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十五章 光の剣
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 何が起きているのか?

 久忠の監視に残された、汪直の部下の巽と艮。二人のうち巽は、謎の相手により、倒されている。喉仏に突き刺さった細い針が、久忠の眼には、ぎらぎらと光っているように見えた。

 巽は死んだのだろうか?

 どうも、そう見える。床に仰向けに横たわっている巽は、ぴくりとも動かない。喉仏に刺さっている針の周囲の皮膚は、紫色に変色していた。

 致死性の毒かもしれない。

 扉近くで身構えている艮は、今は久忠など丸っきり、眼中になさそうだ。見えない敵を捜し求め、ぎょろりと両目を一杯に見開いて、あちこちに鋭く視線を動かしていた。

 久忠も、姿勢の許す限り、謎の相手を見定めようと息を詰めていた。

 部屋は暗い。天井は高く、壁のかなり高い位置に、明り取りのための小窓が開かれていた。

 艮は、天井に相手が潜んでいるものと決め込んでいる様子だ。

 しかし巽は、久忠に向かって屈み込んだ姿勢の時に、喉仏を針で突かれている。ならば、敵は床から、攻撃した可能性があった。

 じりじりと、艮は位置を変えていた。

 艮の表情が、俄かに変化した。何かを決意した表情だ。ぐっと横たわっている久忠に目をやると、さっと近寄り、片膝を床につけた。

 手にした短剣を一本、逆手に持ち替え、切っ先を久忠の首筋に当てた。近々と顔を寄せてきた艮の鼻息が荒く、きつい体臭が久忠の鼻を襲った。

 艮は切迫した口調で、久忠に向かって早口に話し掛けた。

「巽をやったのは、お前の仲間だろう? 多分、朧とか呼ばれている、あのひょろ長い男に違いない! ならば……」

 久忠の首筋に切っ先を押し当てたまま、艮は顔を上げ、怒鳴った。

「出てきやがれ! 朧! 今すぐ姿を現さないと、この倭人を殺す!」

 叫んでいる最中、艮は無意識だろうが、久忠の首筋に当てた短刀の、切っ先に力を込めていた。冷やりとした鉄の感触が、厭でも久忠の首筋を刺激した。

 かたり──と、微かな音が部屋に響いた。

 久忠と艮は、同時に音の方向に目をやっていた。

 と、壁の一部が横に滑り、隙間からぬっと、奇妙な顔貌が覗いた。

 ひょろ長い禿頭に、ぶらりと下がった巨大な鼻が目立つ。まん丸な目玉に、浅黒い皮膚をしていた。

「呼んだかね?」

 珍妙な顔つきの男は、艮と久忠に向かって、ニタリと笑って見せた。巨大な鼻の両側から、唇が笑いの形に、はみ出して見えた。

 朧だった!

 さっと艮は立ち上がり、朧に向かって手にした短剣を、素早く投げつけた。

 朧は短剣を躱し、空中に飛び上がっていた。艮の投げつけた短剣は、かつかつと音を立て、柱に突き刺さっていた。

 艮もまた、同時に空中に身を躍らせ、身を捻って新たな武器を手にしていた。

 床に降り立った艮は、両手に奇妙な武器を持っていた。両手をすっぽりと覆う、袋のようだが、手の甲の部分から、鋭い鉄棘が伸びていた。

 多分、あの鉄棘部分で攻撃するのだ。

 朧は、部屋の角部分に身を蹲っている。壁に背を押し付け、完全防御の構えだ。

 両腕を折り曲げ、顔の前に拝むような形に突き出している。さらに、膝を折って座り込んでいた。

 まるで、嬰児のような姿勢だった。朧の構えは見慣れないものだが、完璧に防御に徹するなら、理に適っていた。

 艮は雄叫びを上げ、朧に突撃した。ただ単純に、直線的に突進するのではなく、爪先をぴんと床に伸ばし、手足を伸ばして独楽のように旋回している。両手には、鉄棘が突き出され、全身が凶器となっていた。

 朧はぐっと身体を縮め、そのまま真上に飛び上がる。手足を突っ張り、まるで蜘蛛のように、するすると部屋の角を登って行った。

 どすん! と艮が壁に激突すると、震動で朧は空中に身を躍らせた。床に飛び降りる直前に身を捻って、右手を口に近付けた。

 久忠の位置からは、朧の反撃はよく見えなかった。艮が鋭く身を捻ったので、そうだと察せられるだけだ。

 ちーん! と鋭い、金属音が響いた。カツッ、と軽く音がして、床に銀色の針が突き刺さっていた。

「無駄だ! 俺に、同じ手は効かぬ!」

 艮がくるっと振り向き、床に這い蹲った朧に喚いた。

 朧は口許に、筒を構えていた。

 吹き矢筒に似ているが、長さは短い。あれで毒を塗った針を飛ばしていたのだろう。

 這い蹲ったまま、朧は懐から匕首を掴みだした。片手で器用に鞘から抜くと、久忠に向かってポイッと、放り投げた。

 逃げ出すなら、自分で面倒を見ろ! というつもりだろう。

 久忠は必死になって、放り投げられた匕首を掴もうと、身を捩った。後ろ手に縛られた手の平に、匕首を探る。

 掴んだ!

 後は何とか、縄目を切るだけだ。久忠は、この作業に没頭した。

 艮は全く久忠の動きに一切の目をくれず、ひたっと朧を睨みつけている。ゆっくりと、舞を踊るような動作で、手足を漂うように、動かしていた。

 朧もまた、相手を注目したまま、床すれすれの低い姿勢を保って動いている。手足が長い分、まるで蜘蛛だ。

 手には、何の武器も持っていない。持たずにいるほうが、勝算があるのか、ないのか、久忠には判断がつかなかった。

 両者の距離が、徐々に縮まってゆく。お互い無言で、必殺の気合が、ピリピリと部屋中に充満していた。

 一方、久忠の、縄目を切る作業が、遂に報われた!

 ぷつっ、と小さく音がして、久忠の手首を縛り上げている縄が、解けた。急いで身を起こすと、足首を縛っている縄を解く。

 急速に血行が戻る手足が、じんじんと痺れるような痛みを伝えてきた。酷くきつく縛られたので、手足の先は、鬱血していた。

 不意に湧き上がった殺気に、久忠は慌てて朧と艮の対決に目をやった。

 艮はくるくると側転のような動きで、身体を旋回させつつ、朧に殺到する。手足に装着された武器がきらきらと鋭く光って、艮の身体は、回転する刃物のようだった。

 朧は、這い蹲った姿勢のまま、危うく艮の突撃を避けた。が、艮は側転から身体を捩って、今度は斜めに身体を捻りながら、攻撃を続けていた。

 あのように、続けざまに武器を繰り出してくるのでは、匕首ほどの短刀では受けきれない。だから朧は、武器を持たずにいたのだろう。なまじ手に持っていると、動きが制約されるからだ。

 ようやく、久忠の手足に、感覚が戻ってきた。久忠は縄目を解いた匕首を、さっと艮に向けて投げつけた。

 ぎいーんっ、と鋭い音がして、久忠の投げつけた匕首が弾かれた。

 さっと艮は久忠に向かい合い、叫んだ。

「邪魔するでない! 糞、貴様から殺してやる!」

 だっと飛び上がり、今度は久忠に向かって得意の旋回動作に移った。

 その時、朧が足をくるりっ、と回転させ、艮の足首を蹴った。

 艮は足を取られ、だあーんっ、と音を立て、床に身を打ちつけた。

「ぎゃあっ!」

 艮の悲鳴が上がった。

 苦痛に、艮は身を弓のように反らし、目を見開いていた。後ろに手を回し、何かを必死に抜き取ろうとしている。

 艮の表情が俄かに変化し、絶望感が表れていた。顔色が見る見る、紫色に変わり、口からは、ぶくぶくと白い泡を吹いた。

 どさっと、艮の身体から力が抜け、俯せに久忠の目の前に倒れ込んだ。

 背中に、銀色の針が突き刺さっていた。

 艮が倒れ込んだ時、最初に朧が吹きつけ、艮に弾かれた針だった。艮が倒れた時、背中に突き刺さったのだ。

 朧は立ち上がり、首を何度も振った。首を振るたび、こきこきと関節が鳴った。

「やれやれ、大騒ぎだな!」

 久忠は朧に向かって、叫んだ。

「朧! 生きていたのかっ?」

 朧はニヤッと笑い、大袈裟な仕草で、久忠に向かって頭を下げた。

「この通り、生きておる!」

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