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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十五章 光の剣
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 尋問部屋に、遠くから銅鑼の音が、壁を沁みて聞こえてくる。壁に遮られて、はっきりとは聞き取れないが、明らかに儀式が始まる時を、報せている。

 身動きが取れない久忠は、じっと全身の筋肉に力を溜めながら、立っている汪直を見上げていた。

 これで判った!

 なぜ汪直が、がらりと態度を変え、久忠に対して憎悪の感情をぶつけてきたのか、がである。

 朧がやったのだ!

 紫禁城の宝物殿から〝火槍〟と呼ばれる何か──今のところ、それが武器なのか、何かの器物なのかも判らない──を、盗み取られたらしい。

 犯人は朧だと、汪直は断定している。朧が犯人なら、指嗾したのは、久忠だという結論だろう。

 では、朧は生きているのだ。しかも、宝物殿から〝火槍〟なる宝物を盗み出すという、快挙を成し遂げている。

 あの時──朧が毒にやられ、半死半生の状態で宿に辿り着き、久忠に毒の治療を頼み、その後、失踪した顛末は何だったのだろう。

 結論。つまりは、久忠も朧に騙されていたのだ。

 そこまで考えが至り、久忠は唇を噛み締めた。

 悔しくはある。しかし、孫子の兵法にも、あるではないか。敵を欺くには、味方から、と。

 汪直の顔には、焦燥があった。

 久忠の初めて見る、汪直の表情だ。これまで汪直とは、数えるほどしか顔を合わせていないが、常に北海の氷山のような、固く、冷厳な眼差しと、真っ直ぐ引き結んだ口許が印象的で、このような焦りの表情は、初めてだった。

 久忠には想像もつかないが、汪直の立場は、今、極めて緊迫した局面を迎えているのは、間違いない。

 ぎりぎりぎりと、汪直は両拳を握り締め、額には薄っすらと、汗が浮かんでいた。

 久忠は、素早く汪直を取り巻く、部下らしき男たちを見やった。

 全員が汪直と同じ、藍色の官服を身に着けている。だけではなく、姿形とも、首領の汪直と、六人いる部下たちは、そっくりだった。

 無論、僅かの異同はある。とはいえ、じっくりと観察しないと、誰が汪直で、誰が部下かは、俄かには判別できないだろう。

 影武者だろうか?

 久忠が考え込んでいると、汪直がぎろっと睨んできた。

「こ奴の尋問は、後だ! 儂は、封禅の儀式に出席せねばならぬ! お前と、お前──」

 と、汪直は手早く、二人の部下たちを指名した。

「倭人を見張っておれ! 総て終えたら、改めてこ奴に尋問を続ける!」

 汪直の部下──一人は最も体格が大きい、もう一人は対照的に小柄だ──は、汪直の命令に、無言で頭を下げた。

 状況の変化に、久忠は密かに、脱出の機会が廻ってきたと胸躍らせた。

 手足は依然がっちりと捕縛されているが、何しろ、首領の汪直が姿を消すのだ。丸っきり希望がないわけでも、なかろう……。

 久忠の胸の動きを見透かしたように、汪直は冷笑を浮かべた。

「逃げようなどと、考えるでないぞ。この二人、ゴンと──」

 汪直は、体格の大きいほうを指差した。小柄なほうを指差し、言葉を続ける。

ソンは、どちらも武芸の達人だ。それも、暗殺術に長けた、儂の秘蔵なのだ。お主が逃げようと、ほんの少しでもジタバタしたら、躊躇いなく、殺す!」

 久忠は答える必要もない、と黙っていた。汪直は「ふん!」と頷いた。

「ま、お主にそのような注意を喚起するのは、釈迦に念仏じゃがな! お主なら、二人を一目でも見れば、抵抗が無駄であると、即座に悟るであろうよ……」

 背を聳やかし、汪直は四人の部下を引連れ、部屋を出て行った。

 慌しく汪直が姿を消すと、部屋には静寂が満ちた。聞こえるのは、間断なく遠くで響く、銅鑼の音のみ。

 汪直が指名した艮と巽は、部屋の出入口近くに陣取り、じっと久忠を監視した。

 ただ、じっとしているだけではない。時折は身体を揺すったり、足踏みを繰り返したりしている。

 動きを止めていると、身体が硬直するからだろう。つまり、一瞬も油断していない。

 これは手強い──。久忠は感嘆した。

 久忠もまた、武士である。武士は最後の最後まで、諦めを知らない。久忠は床に仰向けになりながらも、必死に脱出の機会を狙っていた。

 後ろ手に縛られた両手を、ゆっくりと動かしている。縄目を解こうと、苦闘しているのだ。しかも二人の監視の眼を盗んで。

 縄目はきつく縛着されていて、久忠の額にふつふつと大粒の汗が浮かんだ。縄が手首に擦れて、苦痛に蟀谷の血管がどくどくと脈動した。

 不意に小柄なほう──巽が久忠に近寄ってきた。

 顔を捻じ向け、しげしげと久忠を見下ろした。目に皮肉な色が浮かんでいる。

「ほほお……、汪直様がくれぐれも油断するでないと、儂らにくどいほどに念を押したのは、間違いでないな。この場で、逃げ出そうと、儂らの目を盗むとはな!」

 爪先で、巽は無情に久忠の脇腹を蹴った。

 蹴りは素早く、打撃は正確だった。久忠は苦痛に、一瞬、頬を膨らませ、必死に声が出るのを堪えた。

 もう一度、爪先が襲ってくるので、久忠は身体を半回転させ、巽の痛撃を避けた。ごろりと久忠の姿勢が、俯せになり、解けかけた両手が顕わになる。

「はっ!」と巽が小さく、笑い声を上げた。

「やはり、な! 縄抜けの技を、この倭人、心得ておるわい……艮!」

 のしのしと、大柄な部下が近づいた。むっつりと黙り込んで、一切の言葉を発しない。

 巽は、艮に命令を下した。

「儂が倭人の縄を縛り直す。良いか、倭人が抵抗の気配を少しでも見せたら……判っておるな?」

 艮はむっつりと、頷いた。久忠を見る目には、一切の感情がなく、まるで死んだ魚の目を見るように無表情だ。

 俯せのまま、久忠は唇を噛んだ。背中で、巽の指先が動き、縄目をがっちりと、縛り直す気配がする。折角、ここまで努力したのに、総て無駄になった──。

「ぐっ!」

 何だろう、今の押し殺した声は。巽の声のように聞こえたが。

 続いて大柄な艮の立てる、足音。艮は素早く、身動きをしているように察せられた。

 もぞもぞと身体を捻り、久忠は周囲の状況を見届けようと努力した。

 狭い部屋の中で、大柄な艮が、天井を見上げ、身構えている。手には、いつの間にか、数本の短刀が握られていた。

 艮の見上げている方向を、久忠も見た。だが、何も見つけられない。

 横目を使うと、床に、巽が長々と仰向けに横たわっていた。

 久忠は見た。

 巽の仰向けになった喉仏に、きらりと光る、銀色の針が突き刺さっているのを!

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