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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十四章 成化帝
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 太郎左衛門が気絶し、床に長々と、無防備に横たわっている。

 傍らではアニスが、怒りの表情で汪直を見上げていた。

 小七郎は相変わらず、無感動に、佇んだままだ。口の中でぶつぶつと「皇帝陛下におかれましては……」と、汪直に叩き込まれた、成化帝への挨拶を繰り返していた。

 その場に、八人の部下が、湧き出すように姿を現した。全員が汪直と同じく、城内に隠された通路を使って出現したのだ。

 汪直は部下たちに、太郎左衛門を連れ去るよう、合図した。部下たちは、ひそひそと音もなく動いて、手早く気絶したままの太郎左衛門の身体を抱え上げた。

 一切が、無言で行われている。

 誰一人として「お見事なお手並み!」などと、無用の追従など口にしない。汪直が、多弁は無能の証と、固く信じているためだ。

 汪直が歩き出し、アニスはさっと立ち上がり、鋭く質問した。

「待ちなさい! 太郎左衛門を、どこへ連れて行くつもりなのです?」

 歩きかけた汪直は、くるっとアニスに振り向いた。

「決まっておる。尋問をするため、静かな部屋に連れて行くのだ。心配は要らぬ。命まで取ろうとは思わぬ。それとも、御一緒されますかな?」

 アニスは、ちらっと、立ったままの小七郎に目をやった。目に、焦燥の色が浮かんだ。

 汪直は薄笑いを浮かべた。

「小七郎──いや、祐堂様は陛下の、封禅の儀式に出席せねばなりません。それは御存知でありましょうな?」

 封禅の儀式には、本物の皇太子──三平──がいよいよという瞬間に登場し、成化帝に親子の名乗りを上げる手筈となっている。成化帝が皇太子に対し、後継者であると認めた後、小七郎が入れ替わる計画だ。

 さすがに小七郎一人にさせるのは無謀で、汪直の部下、ケンシンの二人が同行する。

 アニスの両手は、狂おしく捩り合わされた。内心の葛藤に、苛立たしげに指先を噛んでいる。

 やがて両目に決意の表情が浮かび、決然と汪直に向き直った。

「いいわ! あたしは小七郎と一緒にいます! あんたは、お得意の陰謀に、どっぷり首まで浸かっていればいいのよ!」

「御意のままに」

 汪直は、わざとらしく、丁寧に頭を下げた。

 アニスは、ぐいっ、と頭を上げ、小七郎の腕を取って話し掛けた。

「行きましょう、小七……いや、祐堂様!」

 小七郎は、相変わらず口の中の呟きを、止めない。目は虚ろで、焦点が合っていなかった。アニスの目に、痛ましげな色が浮かんだ。それでも胸を張り、小七郎の腕を取って、その場を立ち去った。

 汪直は無言で、乾と、震の二人に合図した。二人はさっと身を翻し、アニスと小七郎の後を追って歩き出す。

 四人を見送り、汪直は太郎左衛門を抱え上げた六人の部下に向き直った。

「尋問の部屋へ連れて行け!」

 汪直の命令に、部下たちは動き出した。

 歩き出した汪直は、封禅の儀式が催される築山へ急ぐ、アニスと小七郎を見やった。

 この時ほど、汪直は自分の身体が二つ欲しいと、熱望した時はなかった。

 が、儀式が絶頂を迎えるのには、まだ間がある。大丈夫、計画には、微塵の狂いもない──。

 汪直は必死に、自分に言い聞かせていた。

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