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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十四章 成化帝
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 汪直は成化帝の側に立ち、太和殿前庭で繰り広げられる演武に見入っていた。

 横二列に、魚林軍虎軍、豹軍の兵士が並び、全体を見渡す位置に倭人の、愛洲太郎左衛門が立っている。

 太郎左衛門がさっと刀を抜き放ち、斜め上に薙ぐと、魚林軍兵士たちも、呼応して同じ動きをする。

 総ては流れるようで、一糸も乱れぬ動きだ。

 時々、太郎左衛門が「やっ!」とか「はっ!」などの掛け声を上げ、掛け声に合わせ、魚林軍兵士が一斉に型を演じた。

 汪直は、演じられている剣技に見入る、百官の様子を、そっと観察した。

 全員が魅入られたように、兵士たちの動きを、目で追っている。

 普段は横柄にそっくり返っている百官たちは、まるで子供のように、ぽかんと大口を開け、時折「ああ」とか「おお」とか、歓声を上げていた。

 倭人の刀は、汪直には初めて見るものだった。

 反りがある造りは、青竜刀に似ているが、全体はほっそりとしていて、見るからに鋭利そうな刃がついている。倭人の刀が日の光を受けると、鋭く反射して、きらきらと汪直の目を幻惑した。

 ひとしきり魚林軍兵士の演武が終わると、指揮をしていた愛洲太郎左衛門が一人、前へ進み出た。

 汪直は、太郎左衛門の表情を、とっくりと観察した。

 太郎左衛門の顔は蒼白に近く、極度の緊張を示していた。

 汪直は見ていた。太郎左衛門が太和殿前庭に進み出た瞬間、王族たちが居並ぶ演壇に立つ、アニスと小七郎に鋭く視線をやったのを。

 だが、汪直の観察では、太郎左衛門の顔には、一切の表情は浮かばなかった。しかし、太郎左衛門の胸中は、嵐が沸き立っているだろうとは、察せられる。

 何しろ、小七郎は、部下の報告によれば、太郎左衛門の息子であると、判明している。汪直が小七郎とアニスを捕えてから、初めて顔を合わせたのだ。平静ではいられないはずだ。

 さすが武人と自称するだけはあり、太郎左衛門は見事に内心の動揺を抑え、皇帝の御前で、剣技を披露して見せた。

 これから太郎左衛門単独で、己の剣技を披露する予定になっていた。

 一人、太郎左衛門は皇帝の玉座を見上げ、呼吸を整えていた。

 魚林軍兵士が、たたたっ! と足早に駆け回り、太郎左衛門の演武のため、準備を開始している。

 芯に竹を束ね、藁を巻いたものを持ってきた。どれも、かなり太い。汪直の理解では、藁束は人体を擬しているのだ。

 藁束は縦に置いたもの、横に差し渡したもの、幾つかが用意された。見る間に、太郎左衛門の周りを、ぐるりと取り巻く形になった。

 太郎左衛門は中心で、身構えていた。

 軽く腰を落とし、右手が腰の刀に伸びた。柄に手が置かれた刹那、太郎左衛門の身体が素早く、ぐーっと伸ばされ、白刃が日の光を反射した。

 きらっ、きらっと太郎左衛門の白刃が閃くと、ぱちりと音がして、刀が鞘に納まった。

 まるで舞のようだった。

 何が起きたのか、その場で見守っていた百官、皇帝以下王族の人々には見分けがつかなかったに違いなかった。全員、ぼうーっと、呆気にとられていた。

 汪直は、察していた。

 気付くと、汪直は、両方の拳を、痛いほど握り締めている自分を見出していた。

 どさっ、どさっと、藁束が次々と崩れ落ちる音がした。崩れ落ちた藁束の切断面は、一筋の乱れもなく、完全に平面を見せていた。

 あまりに鋭い刀の切れ味に、今まで崩れず、形を保っていたのだ。それが、重みで徐々にずり落ち、ついに落下したのだろう。倭人の剣技は、神技といって良い。

 地鳴りのような唸り声が、一座から沸き上がった。叫んでいるのは、魚林軍兵士、それに、この場を見守っている護衛の兵士たちだった。

 さすがに普段から武技を練っている連中であった。倭人の精妙といえる剣技に、感嘆の声を抑え切れなかったのだろう。

 汪直は、しきりと身の内から噴き上がる衝動に、必死に耐えていた。自分も兵士たちに混じり、吠え声を上げてしまいたいほどだ。

 もし、あの倭人と戦った場合、自分は勝てるであろうか? と、しきりに考えていたからだ。

 なぜならば、汪直の計画がこれから進むと、いずれはあの倭人が、否応なしに、自分と対決する場面になると、予感──いや、確信していたからだった。

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