七
汪直は文書収蔵庫へ戻ると、文書頭の老人を前に、噛み付くように命令した。
「お主の調べた結果を、儂に教えよ!」
「はっ、只今、すぐに!」
老人は顔色を真っ青にさせ、這い蹲るようにして、収蔵庫の奥へと汪直を案内した。汪直が宝物殿前で示した怒りの物凄さに、自分が巻き込まれまいと必死になっている。
老人に案内され、汪直は文書収蔵庫の、堆く積まれた古文書の間をすり抜ける。古紙の匂いが籠もっており、歩くと足下から朦々と埃が舞い上がった。
汪直は顔を顰めた。
「ひどい埃じゃな。いったい、どれほど掃除を怠っておるのじゃ?」
「ここらに御座います古文書は、古いものばかりで、うっかり掻き回すとすぐ、ボロボロと崩れてしまいます。それに古文書は紙ばかりでは御座いません。青紙に書かれたものも存在いたしますので」
「青紙? ふん、竹簡を申しておるのか」
古代、歴史は竹簡に書かれた。竹の青い表面を利用するところから、古い記録を「青紙」と呼ぶ習慣がある。
汪直の冷たい反応に、老人は卑屈に身を屈めると、先に進んだ。
迂闊に歩くと、両側から古文書が崩れてきそうで、汪直は身を斜めにして、苦労して老人の後に続く。老人は慣れているのか、ひょこひょこと小走りに先に進んで行く。
どれほど歩いたか、汪直は収蔵庫がこれほど広々としていたかと、舌を巻いていた。
「これで御座います……」
恐る恐る、老人は汪直に巻物を差し出した。汪直は受け取ると、収蔵庫の高い天井近くに開けられている明り取りから差し込む光に、巻物を広げる。
広げると、古紙の匂いが立ち上った。床に巻物を広げ、汪直は膝を突いて、見入る。
「お気をつけ下さい……」
老人が背後から気が気でない、と声を掛ける。汪直が紙を手荒く扱い、破りかねないと思っているのか。
「心配するな。これも紫禁城の大切な宝、慎重に扱うと約束する!」
汪直は紙面に目をやったまま、答えた。視線が忙しく、字面を追う。字体は古く、明が採用した字体ではない。後に明帝室が採用した字体は、明朝体として知られている。
書かれた内容を吟味し、汪直は一人で頷く。
「火槍……か」
ぽつり、と汪直は呟いた。
巻物には「火槍」と呼ばれる武器の、詳しい構造、原理などが明快に記されている。汪直の鋭い頭脳は、「火槍」の威力を、正しく理解していた。
くるりと老人に顔を捻じ向け、問い詰める。
「本当にこのような武器、存在するのか?」
老人は拱手の形を作り、深々と頭を下げた。
「確かに御座います。北方の異民族にこの国が支配された当時、このような武器が使用されて、おおいに威力を発揮しました」
汪直は腕を組み、考え込んだ。
「この火槍という武器、儂の見立てが正しければ、恐ろしい威力を持つ。なぜ、火槍が、後の時代に伝えられなかったのか、不審であるな」
「取り扱いが難しいのでしょう。確かに大変な威力で御座いますが、使用するほうにも、危険が伴います。それゆえ、明は制式な武器として採用しなかったと思われます」
汪直の問い掛けに答える老人の口調は、淡々としていたが、自信がありそうだった。多分、汪直に問われる前に、考えに考え抜いた結論なのだ。
「ふん! 儂なら、効果的に使える! みすみす、このような武器を埋もれさせるのは、実に惜しいな……」
汪直の独り言に、老人は不安そうな表情になった。
「それは、どのような意味で……?」
「お主が知る必要はない!」
反射的に、汪直は老人を叱り付けた。老人は「へっ!」と恐縮する。
床に膝をついた姿勢から、汪直は立ち上がった。頭の中は忙しく回転し、今しがた知ったばかりの新たな知識を消化していた。
どうあっても「火槍」を手に入れなくてはならぬ……!
汪直は素早く決意を固め、老人を置き去りに文書収蔵庫を後にした。
目指すは西廠。
八人の有能な部下が、汪直の帰りを待っているはずだった。




