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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十一章 召還
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 汪直! 奴が総ての黒幕だ!

 姿を消した朧。息子の小七郎と、アニス。三人の行方を、汪直は知っているはずだ。

 久忠は物も言わず、全力で汪直の痩身目掛け、走り出していた。

「愛洲殿!」

 背後から鄭絽の声が聞こえているが、無視して駈け続ける。

 汪直は久忠の動きを見て、背中を向ける。

「待てっ!」

 久忠は叫び、速度を上げる。

 汪直の走りも、久忠に負けず劣らず、素早かった。足首まで達する上着の裾が、ひらひらと舞っている。

 糞っ! 意外と足が速い……!

 いつの間にか、久忠は鍛錬場を出て、紫禁城の内郭に出ていた。

 建物は入り組み、間の通路は迷路のようになっている。両側に迫る建物には窓がない。汪直が駈ける姿を、久忠は認めた。久忠は猛然と、追い掛ける。

 右へ曲がり、左へ折れ、久忠は息を詰めて走り続ける。

 久忠は苛立った。

 もう、どれほど走ったろうか。そろそろ相手の息が切れる頃合と思ったが、汪直の足は止まらない。

 久忠は自分の足に自信がある。何しろ修行のため、山中を三日三晩に亘って走り続ける回峰行を、何度も体験している。このような追跡では、断然、久忠に敵う相手はいないはずだった……が、汪直の足は依然、回転をやめない。

 奴も、自分と同じような修行を積んでいるのだろうか?

 宦官の役目に、そのような修行が必要か?

 諦めかけた久忠は、汪直の前方が行き止まりになっているのを見て、歓喜に震えた。

 やった! 追いついた!

 汪直は立ち塞がった壁に、くるりと久忠に向き直った。久忠は、汪直から十歩ほど離れた場所に立ち止まる。

 二人とも全力疾走を続けたため、息が切れている。暫し、ぜいぜい、はあはあと呼吸を整えた。

 最初に口を開いたのは、汪直だった。

「なぜ……追い掛ける?」

 久忠は顔を挙げ、答えた。

「お主が逃げるからだ!」

 汪直の顔に、ふっと笑いが浮かぶ。

「お互い様だな。拙者が逃げれば、お手前が追い掛ける。まあ、良い運動になった」

 背中を真っ直ぐにして、汪直は昂然と顎を上げる。顔色は平常に戻っていた。

 久忠は詰問の口調になった。

「お主に聞きたい。儂の連れについて、心当たりがあるだろう?」

「お手前の? 何の話か判らぬな」

 汪直は微かに眉を寄せて、肩を竦めた。

 久忠の胸に、怒りが燃え上がる。

「惚けるな! 儂の息子、小七郎と、胡人の娘、アニスが攫われた! 貴様の差し金であろう!」

「知らぬ! そのような名前に、全く心当たりはない!」

 汪直は頑な態度になって、首を振った。ジロリと久忠を睨み据えると、皮肉そうな笑みを浮かべる。

「それよりも、儂にこのような態度を取って良いのかな? お手前は儂の手引きにより、皇帝陛下の御前で、剣術の披露をし遂げる手筈になっておる。陛下の御前に伺候したくはないのか?」

 反撃され、久忠はぐっと詰まった。

 紫禁城での剣術披露は、久忠にとっても失うには惜しすぎる晴れ舞台だ。宮中からの宝物奪取という使命がなくとも、後々にまで語り継がれる名誉だろう。

 それに、剣術披露にかこつけ、久忠は皇太子の名誉を取り戻す約束を交わしている。もし駄目になれば、久忠は取り返しのつかない嘘をついた結果になる。

 久忠は怒りを押し殺した。

「失礼した……拙者の、勘違いだったようだ。皇帝陛下御前での剣術披露。お主が口利きをしてくれた事実は、感謝にも限りない」

「それで良いのだ。お互い忘れようではないか!」

 汪直は、からっと笑い、ゆっくりと歩み去る。背を向けて、そのまま姿を消すと思えたが……なぜか立ち止まった。

 久忠に顔を捻じ向け、声を掛けた。

「お手前は、紫禁城は初めてであろう? ここは城内も奥深い。帰り道は判るまい。儂が道案内をつけて進ぜるが?」

 久忠はかっとなり、言い返す。

「結構で御座る。お主の助けは借りぬ!」

 汪直はわざとらしく、肩を竦めた。

「左様か。では、無事に帰りつけるよう、願っておる。そうそう、忠告しておくが、城内では立ち入り禁止の区画が幾つか存在する。そのような場所に迷い込めば、問答無用で切り懸かられても、文句は言えぬぞ」

 言い捨てて汪直は、ゆったりと背を向けた。悠然と、落ち着いて。まさに余裕綽々。

 久忠は口惜しさを押し隠した。

 汪直を見送った久忠は、改めて周囲を見回した。

 気がついたら、随分と紫禁城の奥へ迷い込んでいる。当然、久忠にとって、自分がいる場所についての知識は一切ない。

 日の光を仰ぎ、方角を確かめる。ざっと、紫禁城の、西側にいるのではないかと、推測できた。久忠は山岳修行で、方角を確かめるため、太陽の角度を読む訓練を、長年に亘って積んでいる。

 汪直に向かって「助勢無用」と言った手前、何が何でも出口を見つけ出さねばならぬ。

 久忠は決然と、歩き出した。

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