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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十一章 召還
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 鍛錬場中央に、久忠と虎軍兵士が睨み合い、立会いが開始される。

 久忠の得物を見て、鄭絽が叫んだ。

「愛洲殿! お手前の得物、それでよろしいので御座るか?」

 鄭絽の不審も、もっともである。

 何しろ、久忠が手にしているのは、木刀なのだ。久忠は明に向かう船中でも、また、途中の旅路でも、木刀を使って毎朝、毎夕、千回の素振りを続けている。

 久忠は鄭絽に向かって、頷いた。

「拙者は、これで結構! そちらの兵士殿が手になされている青竜刀……」

 と、顎でしゃくりつつ、言葉を続ける。

「まともに打ち合えば、刃毀れは必定! 拙者の愛刀を、このような試合で台無しにはしたくはありませんな!」

 久忠の言葉に、兵士は怒色を顕わにした。

「それでは拙者も、練習用の木剣でお相手いたす!」

 鍛錬場には、練習用の木剣が壁際に並べられている。形は青竜刀を模していた。つかつかと兵士がそちらへ歩み寄るのを見て、久忠は声を発した。

「お手前は、真剣で立会いを願いたい! そうでなくては、拙者の技を認めてもらえぬと愚考いたす」

 久忠の言葉に、兵士は、さらにいきり立った。鄭絽に向かって訴える。

「隊長殿! あのような戯言、拙者は我慢なりませんぞ! もし、拙者が、あれなる倭人を殺しても、責任は取れませんな!」

 鄭絽は黙りこくり、久忠を睨み据える。人の良さが身上の鄭絽ではあるが、さすがに腹に据えかねているらしい。

 隣に紅三女が立って、久忠と鄭絽の遣り取りを、はらはらした様子で見守っている。

 兵士は鄭絽が何も言わぬのを見て、久忠に向かい合った。ぶん、ぶん! と、何度も自分の得物の手応えを確かめるように、振り回している。兵士の顔には、はっきりと殺意が見て取れた。

 久忠は密かに「拙者の思う壺に嵌ったわい!」と考えていた。

 兵士が本気で、久忠に対し殺意を抱いて挑んでくればくれるほど、久忠にとって後々都合が良かった。この際、完膚なきまでに、相手を打ち据えるつもりだ。

「いや──っ!」と兵士は辺りを圧する勢いで、久忠に向かって剣を振り下ろす。

 さすがに鄭絽が保証したとおり、兵士の振り下ろす剣先は鋭く、素早かった。

 が、久忠の目には、相手の動きは欠伸を漏らしそうになるほど、のろのろと映っている。

 何しろ重量、幅ともに、日本刀の倍はあろうかという青竜刀を、片手で振り回すのである。片手は盾で塞がっているので、どうしても腕一本で戦わなくてはならない。

 どんな怪力の持ち主でも、久忠のような両手持ちの動きには、遅れを取る。

 ひょい、と久忠は、剣をすれすれに躱し、身を移動させた。

 がつんっ! と振り下ろした青竜刀が床に食い込むかと思われたが、それでも兵士は熟練の強者。すれすれに剣先を斜めに流し、今度は横殴りに久忠に襲い掛かる。

 兵士の動きは、久忠の目には、ひどく緩慢だった。腕一杯に伸ばして振り回すので、剣先が大きく円弧を描く。これでは「避けてくれ」と頼んでいるに等しい。

 やはり片腕で盾を支えながら、両手持ちの相手との接戦には不利だ……と、久忠は冷静に判断する。

 そろそろ決着をつけるか、と久忠は木刀を構えつつ、するすると前へ進み出た。

 久忠の動きに、相手が多少の驚きを示した。

 今まで久忠は、兵士の剣先を避けるだけで、積極的な攻撃の構えを見せていなかった。左右の動きを、久忠は意識的に見せていたのだ。そのため、兵士の視線は、無意識に左右に散らされている。

 それが出し抜けに、久忠が直線に、しかも前方へと突き進む。兵士にとっては、虚を突かれたといえる。

 本能的に防御の構えを取る兵士に向かい、久忠は木刀をぐっと前方へ突き出した。

「籠手──っ!」

 久忠は高々と叫ぶと、兵士の手首に、木刀の切っ先を突き入れた。

「ぎゃっ!」

 苦痛に兵士は、手にした青竜刀を取り落とす。がちゃりっ! と、床の石畳に、青竜刀が大きな音を立て転がった。

 さっと久忠は木刀を引き、足を前後に移し替えて兵士の動きを見守った。

 相当な苦痛があったはずだが、兵士の闘志は一切、減じていない。唇を噛みしめ、さっと床に屈むと、取り落とした青竜刀を拾った。

「まだまだ!」

 ずきずきと痛みがあるだろうに、兵士は青竜刀を握り締め、立ち上がる。が、やはり手首辺りは、赤く腫れ上がっていた。久忠は内心で兵士に「天晴!」と賛辞を送る。

 兵士は戦法を変えた。今度は盾を前面に構え、だだだっと足音を蹴立て、久忠に真正面から向かって来る。体当たりをするつもりらしい!

 久忠はぐっと腰を落とし、剣先を地面すれすれに構える。〝地摺り〟と呼ばれる構えだ。

 そのまま剣先を、ぐっと上へ撥ね上げた。

 がつんっ、と音がして、久忠の木刀が、兵士の盾を下から撥ね上げていた。

 兵士の構えから判断して、上から木刀を振り下ろすより、下からの動きのほうが、効果的であった。兵士は久忠の木刀に盾を引っ掛けられ、棒立ちになってしまう。

 久忠は、兵士の胴がガラ空きになる刹那を狙い、木刀を真横に薙ぎ払った。

「ぐえっ!」

 兵士は身を〝く〟の字に折り曲げ、顎を前方に突き出す。見る見る兵士の顔が、赤黒く変色した。横隔膜をしたたかに打ち据えられ、呼吸すらままならぬ。

 無言で、兵士は前のめりに地面に倒れる。身を折り曲げ、ひくひくと全身を痙攣させた。

 このままでは、絶息してしまう!

 久忠は背後から、兵士の上半身を強制的に反らしてやり、ぐっと活を入れる。

「ぐぶうっ!」

 兵士の口から唾液と共に、息が吐き出された。ひゅーっ、ひゅーっと轟音を立て、兵士は精一杯に呼吸を繰り返し、肺に空気を送り込んだ。

 赤黒い顔色が、正常に戻る。自分を生き返らせてくれた久忠の行為に気付いたのだろう。感謝の顔色を浮かべ、久忠を見上げた。

「それまで! 勝負あった!」

 すかさず、鄭絽が大声を上げ、立会いを裁いた。

 ほーっ、と魚林軍全兵士が、感嘆の声を上げる。

 久忠は満足して、立ち上がった。

 完璧な勝利、というべきだろう。

 兵士たちの目に浮かぶ尊敬の色を目にし、久忠は来るべき、皇帝の御前にて披露する剣技に希望を抱いた。いよいよの時が来たれば、久忠は一同に皇太子を正式に紹介するつもりである。

 当然、大混乱が生じるだろう。だが、その際、久忠は全兵士に対し、凛然とした態度で臨むつもりであった。

 久忠は改めて、鍛錬場を見回す。

 鄭絽がいる。紅三女がいる。魚林軍虎軍、豹軍兵士がいる。

 だが、肝心要は、ここが紫禁城内という事実なのだ。

 久忠は使命を果たすために紫禁城に入り込む。第一歩は実現した。

 どこに目指す宝物はあるのだろう。

 紫禁城は想像以上に広大で、奥深い。このような場所で、久忠はどう動けば、使命を果たせるのか?

 朧がいれば……。

 無益な考えと判っているが、それでも久忠は朧の働きを欲している。

 自分に、朧の働きができるであろうか?

 城内を見渡す久忠の目は、ある一点に向かって集中していた。

 鍛錬場の柱の陰に一人の人物が、ひっそりと佇んでいる。

 藍色の官服。すらりとした痩身。

 汪直であった!

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