四
「よいか! これが日本刀で御座る! これぞ、武人の魂。ひとたび抜き放てば、己が死ぬか、敵を倒すか、覚悟が必要!」
久忠はずらりと居並んだ魚林軍兵士たちを前に、腹の底から声を振り絞り、腰の大刀を抜いて一同に示した。
日差しに、ぎらりっ! と、久忠の愛刀が青白く輝く。漢人が使う青竜刀とは、根本的に造りが違っている。刀身は鋭く、優美な反りが、いかにも精緻であった。
場所は紫禁城内にある、魚林軍専用の鍛錬場で、床は石畳で敷き詰められ、近くに兵舎が並んでいる。兵士の鍛錬場ではあるが、武張った場所に拘わらず、建物の形は優美で、欄間や龕灯の飾りは王宮なみだった。
久忠の講義を受けている魚林軍兵士の服装は、兵士の制服に、頭には丸い笠を被っている。腰には青竜刀、手には盾、槍を構えていた。
成化帝の御前で、久忠の剣技を披露する決定が下り、その前に久忠が魚林軍兵士たちに、技を伝授する約束だった。久忠は前もって兵士たちに講義するため、紫禁城入りをして、鍛錬場にいる。
兵士は鄭絽の虎軍、紅三女の豹軍。虎軍は男で、豹軍は女ばかりで構成されている。人数は、二軍を合わせて百名ほど。人数は、虎軍のほうが多く、豹軍は三十名たらず。
「これが正眼の構え!」
久忠は、やや反り身の構えになり、大刀を斜に構える。
「これは八双!」
刀身を上げ、顔の近くに立てた。上段、下段と、次々と久忠は刀身を閃かせる。久忠の動作に連れ、刀身が日光を反射し、きらっ、きらっと眩く輝いた。
それでも、久忠の構えを見た魚林軍兵士たちの目には、一様に不審感が浮かぶ。久忠は横目で兵士たちの表情を読み取り、大刀を鞘に納めると、一同に向き直った。
「何か、御不審の向きが御座るかな?」
まともに問い掛けられ、兵士たちの間の動揺が走った。ざわざわと小声で私語をして、お互いの顔を見合っている。
兵士たちを監督している鄭絽と、紅三女はバツの悪そうな表情になった。
久忠は二人に顔を向け、口を開く。
「いかがで御座る? 鄭絽殿、紅三女殿」
鄭絽と紅三女は、ちらちらとお互いの表情を盗み見ている。何か言いたいのだが、久忠の面子を慮って、口に出せないようだ。
「そのう……ちと、貴公の刀の構えが、我々の常識とは違っておりまして……」
いかにも言い難そうに、鄭絽が答える。
久忠は頷いた。
「左様で御座るか。刀そのものが、違っているため、構えが見慣れないのも無理は御座らぬ。が、戦いの基本は、明国でも、日本でも同じで御座る。要は、いかに応用するかで御座ろう?」
虎軍兵士の一人が、こっそりと何か囁く。久忠の耳は、兵士の呟きを耳聡く聞き取っていた。
「そこの一人! 今一度、拙者に聞き取れるよう、大声で繰り返して欲しい!」
久忠に名指しされ、兵士は見るからに慌てた様子を見せた。全員の注目が集まって、兵士は顔を真っ赤に染める。
鄭絽は兵士に向かって、怒鳴った。
「おい! 何か言いたいなら、男らしく俺にも聞こえるよう、口に出せ!」
命令され、兵士はおずおずと言葉を押し出した。
「あのう……そんな細い刀で、戦えるのか……なんて……!」
もじもじと己の身体を探り、後は小声になる。
久忠はにっこりと、笑顔になった。
「なるほど、拙者の刀は、貴公らの目に、いかにも頼りなく見えるので御座るな? それなら、一つ拙者の技を披露いたす!」
ずいっ! と一歩前へ出て、久忠はとっくりと兵士たちの顔を観察した。
前列、虎軍の兵士の一人を、久忠は注目する。
どっしりとした身体つき、身長は久忠より頭一つ高く、体重も上回っていそうだ。腕の筋肉を見ると、膂力も相当な自信があると、久忠は見て取った。
「そこの兵士。前へ出ませい!」
久忠の命令に、兵士は明らかにむっとした表情になる。倭人に命令されるのが、面白くはないのだろう。
兵士がちらっと鄭絽に目をやると、鄭絽は無言で頷く。いかにも渋々とした様子で、兵士は前へ進み出た。
久忠は鄭絽に向かって、口を開いた。
「鄭絽殿。拙者が指名した兵士殿は、かなりの腕前と見ましたが、いかがかな?」
鄭絽は誇らしげに頷く。
「左様。愛洲殿のお見立てどおり、あの兵士は、我が魚林虎軍の中でも、一番の腕前で御座る。拙者は、あれに、虎軍師範代理を命じております」
久忠は全兵士に向かい、高らかに宣言する。
「では、拙者がそこの兵士と立会い、我が剣技の優劣を示そう。論より証拠で御座る!」
久忠の指名を受けた兵士は、堪りかねたように鄭絽に叫んだ。
「隊長殿! よろしいので?」
口調が「倭人と戦えば、相手を殺しかねませんぞ!」と訴えている。
鄭絽は迷っている様子だった。が、久忠の表情を見て、決意を固めた。
「許す!」
さらに大きく息を吸い込み、命令を続けた。
「存分に戦え!」
兵士は久忠に向かい合い、唸り声を上げ、身構えた。手にした槍を同胞に渡すと、腰の青竜刀を抜き放つ。
久忠も得物を手に、身構えた。
ここが切所!




