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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十一章 召還
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 翌朝になって、三平は元気を取り戻した。

 久忠は、三平らが隠れ家に泊り込み、看病を続けていた。朧の薬は、今回も確実に薬効を現し、三平の肉体から、毒を綺麗に消し去ってくれる。

 朝の光に起き上がり、じっと久忠を見返してくる三平の顔を改めて観察して、驚きに打たれた。

 やはり、小七郎に生き写しだ。

 小七郎に比べ、野性味はなく、育ちの良さゆえの、おっとりとした態度はいかにも貴公子然としていたが、黙って座っていれば、まず見間違える。

「愛洲太郎左衛門殿と仰りましたか? 私の一命をお助け下さり、お礼の申し上げようも、御座りませぬ。この朱三平、愛洲様の恩を、一生、忘れませぬ」

 丁寧に礼の言葉を述べる三平は、久忠には真似できない生粋の漢語で話し掛けた。

 口にするのは、謙った礼の言葉であるが、貴族的な態度は、どうしても滲み出る。久忠は、つい、臣下のような気分を味わっていた。

「そのようなお言葉、勿体無く御座います。聞けば殿下は、皇太子として正式な宣下は済ませておりませぬようで。拙者、微力ながら、殿下にお力添えしたく存じます」

 久忠が恭しく奏上すると、三平は軽く頷き、寝台からそろりと、床に立ち上がった。

 薬の影響が残っているらしく、立ち上がったは良いが、ややふらついた。背後に控えた李荘が慌てて両手を伸ばし、三平の身体を支える。

 やはり朱三平は、小七郎とは違い、王族育ちの常で、体力はそれほど期待できない。紫禁城へどう、連れ出すか。久忠は、策を巡らす必要がありそうだと思った。

「三平様。拙者は一旦、宿へ帰ります。もしかしたら、紫禁城よりの使いが参っているやも知れませぬ。もし、紫禁城より使いがあり、拙者が参内する日にちが判明致しましたら、すぐ拙者から報せを寄越します」

 久忠が口早に三平に向かって話し掛けると、三平はゆっくりと頭を下げた。

「よろしく、お願い申す」

 三平が鷹揚に答える姿を見て、久忠は最敬礼しそうになる衝動を、危うく抑えた。

 今からこれでは、紫禁城に同道した場合、三平の正体がすぐ露見してしまう。

 久忠は、三平が正体を自ら明かすまでは、自分の弟子として同道するつもりだった。門前で「皇太子の御成り!」などと宣言すれば、城内に巣食う汪直の部下が、すぐに暗殺を謀ろうとするだろう。

 急いで三平たちの隠れ家から宿へ帰ると、案の定、紫禁城からの使いが待っていた。

 使いは、前日に宿を訪ねてきた鄭絽と、紅三女だった。

「やあ! 愛洲殿!」

 久忠の姿を目にし、鄭絽が朗らかに声を掛けてくる。相変わらず豪傑然とした、立ち居姿であった。

 鄭絽の側には、紅三女が目顔で頷く。二人は出入口近くに卓を持ち出し、椅子に腰掛けている。久忠が近づくと、がたりと椅子を引いて立ち上がった。

「早速、貴公を紫禁城に招く手続が、滞りなく済みましたぞ!」

 ニコニコと人の良い笑い顔を浮かべ、親しみを込めて久忠の肩を叩いた。

「城内で、あたしたち魚林軍に、あなたの剣技を披露してもらいたいんです!」

 紅三女も、愛想良く話し掛ける。紅三女が話し掛けると、鄭絽はぐいっと進み出た。

「それだけでは御座らん。何と、皇帝陛下が御自ら、愛洲殿の剣技披露を御覧になされると、決定が下り申した!」

 久忠は鄭絽の報告に、驚きを隠せなかった。

「何と、本当で御座るか?」

「本当よ! 信じられない、名誉よ!」

 紅三女もまた、頬を赤らめ、鄭絽の言葉を肯定した。

 久忠は目も眩みそうな幸運に、暫し茫然としていた。一介の武芸者である久忠が明帝国皇帝の前で剣技を披露するなど、考えられない幸運である。

 二人の顔を見詰めているうち、久忠の頭に、名案が浮かんだ。

「披露するのは、結構で御座るが、どうせなら、我が技の伝授を全軍にしたいと存ずる。その後で、皇帝陛下の御前で技を披露すれば、覚えが良いのでは?」

 久忠の申し出に、鄭絽と紅三女は顔を見合わせた。早速、鄭絽が感激を顕わにして返答する。

「それは、まことで御座るか! 実に有り難い申し出で御座るな! そうなれば、我が虎軍の名誉で御座る」

「もちろん、あたしたち豹軍にも、でしょうね?」

 鄭絽の言葉に、早速、紅三女が目を光らせる。

 久忠は笑い出した。

「当たり前で御座ろう。鄭絽殿、紅三女殿お二人は、魚林軍に変わりはありません!」

 鄭絽、紅三女二人とも満足しきって、久忠にくどいほど礼を言うと、紫禁城に戻って行った。

 二人を見送った久忠は、事態の急変に、立ち尽くしていた。

 皇帝の御前で剣技を披露する、だと?

 どの段階で、今の話が飛び出したのだろう。

 はっ、と久忠はある名前を呟いた。

「汪直!」

 あの宦官が、わざと久忠を皇帝の目の前に引き出す陰謀を謀ったのでは、と考え付いたのである。

 これは、罠か?

 罠としても、久忠は避けるつもりは全く、なかった。

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