一
久忠の目の前で、「三平」と周囲の家来らしき人々に呼ばれている若者は、寝台の上で危篤状態に陥っていた。
高熱が出て、全身から滝のように汗が迸り、手足を激しく震わせ、苦しみに耐えている。
「しっかりするのだ! 必ずや、儂が助けて進ぜる!」
久忠は全体重を掛けて、若者の上に圧し掛かり、暴れる手足を押さえつける。
家来らしき男女の中で、最も年長の男に、久忠は大声で命令を下した。
「薬を呑ませねばならぬ! 口を、開けさせるのだ!」
久忠の命令に、中年の男は「うむ!」と一つ頷くと、若者の顎をぐいっと掴んだ。「くくく!」と唸り声を上げ、中年男は、若者の口を無理矢理、力任せに抉じ開ける。
若者は苦しみに、顎を全力で噛み締め、抉じ開けるのも一苦労だ。僅かに開いた口許に、久忠は朧の革袋から、丸薬を押し込んだ。
が、若者は無意識であろうが、丸薬を吐き出してしまう。久忠は夢中になって、若者に呼びかけていた。
「呑むのだ! この薬を呑まねば、お主の命はないのだぞ! 呑め! 小七郎っ!」
若者の名前は「三平」ではあろうが、久忠には小七郎に見えてならなかった。つい「小七郎」と呼びかける自分に気付く。
久忠は、再度丸薬を若者の口へ押し込んだ。吐き出さぬよう、口に放り込むと、ぐっと上下から顎を押さえ込む。
ごくり、と喉仏が動き、今度は丸薬を呑み込んだ。
久忠は、額に浮かんでいる汗を、ふうっと溜息をついて拭った。
ともかくも、薬は強引にではあるが、呑ませた。朧が受けた毒と同じなら、若者は助かるはずだ。
そうだ! 朧は、どうしたろう?
若者の呼吸は落ち着き、あれほど暴れていたのが嘘のように静かになっている。丸薬が効いているのだ。
「礼を申し上げる」
中年の男が、久忠に向かって丁寧に会釈した。久忠は男に話し掛けられ、我に返る。
「いや……礼など、御無用で御座る」
何か言い掛ける男に向かい、久忠は押さえるように手を上げた。
「それより、お主らの素性を、聞かせてもらいたい。拙者は、日本より参った、愛洲太郎左衛門と申す者。決して、お主らに仇をなすものでは御座らぬ」
全員の間に、素早い目配せがあった。
中年の男が、意を決するがごとく唇を舐め、ぐいっと胸を張って久忠に向き直る。
「お手前は、信用できる御仁のようじゃ。この際、隠し事は一切せず、洗いざらい申し上げよう。拙者らは、訳あって、市中に潜伏いたすが、本来は、宮中におるべき者ばかり」
久忠は男の言葉に頷いた。最初に直感した久忠の推測は、当たっている。
男は、自分の胸を叩いた。
「拙者の名前は李荘と申す。元々、宮中の衛士を勤めて御座った。ここに居合わせる全員が、何らかの形で、皇帝陛下のお近くに近侍する者ばかりで御座る。さて、我らがお守りいたす三平様の正体で御座るが……」
李荘と名乗った男は、躊躇ったように、ちらっと、寝台に横たわる若者に目をやる。それも一瞬で、目を据え、久忠を真っ直ぐに見詰めた。
「本名は朱三平。諱は、祐堂様と申し上げる」
一座に、張り裂けそうな緊迫感が漲る。
が、久忠は反応しなかった。多分、李荘は、思い切って若者の本名を明かしたのだろうが、久忠にとっては若者の名前が、三平だろうが、三助だろうが、同じだった。
李荘の唇が、微かに歪んだ。笑いを浮かべるべきか、怒りを露にするか、迷っているような顔つきだ。
「お主は、倭人であったな! 朱というのは、畏れ多くも、皇帝陛下の性である。つまりは、ここにおわすのは、皇帝陛下の御子息君で御座る!」
ようやく、李荘の言葉に、久忠は事の重大さを悟らされた。久忠の顔色を見て、李荘はゆっくりと頷いた。
「左様。現在、皇帝陛下のお血を受け継ぐ御子息は、ここにおわす朱三平様しか、御座らぬ。つまりは、朱三平様は、正式な皇太子なのである!」




