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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第九章 巫蠱の毒
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「何があった? 誰にやられたのだ?」

 朧に質問しながら、久忠は朧が尾行した二人組を思い浮かべた。まさか、あいつらではないだろう。あまりに、腕に違いがありすぎる。

「儂が尾行したのではない。逆に、儂が尾けられていたのだ。あの二人組は、儂を誘き出すための、囮じゃった!」

 切れ切れの息の下から、朧は心底悔しそうに呻いた。言い終わると「ううーっ!」苦痛に背を反らせる。

「それほどの手練れか?」

 久忠が問い掛けると、朧はニヤッと笑った。

「藍色の官服を着た男を覚えておるか? 同じ官服を身につけた男たちが、いつの間にか二人組を尾けている儂の、周囲を取り巻いておった。恐ろしいほどの、隠行の技じゃ! 儂はすぐ、二人組の尾行を打ち切る決心をした。じゃが、遅かった……。逃げ出す前に、不利な戦いを強いられ、ここまで辿り着くのが、やっとだった……」

 喋りながらも、朧は何度も寝台でのた打ち回る。久忠は上から圧し掛かって、暴れ回る朧を押さえに掛かった。

「判った……判ったゆえ、大人しく寝ておるが良い。後は拙者が引き受ける!」

「違う……違うのだ……! もう一つ、お主に教えておきたい……!」

 朧は何度も首を左右に激しく振り、久忠の手を振り払って起き上がった。両目を据えて、久忠に向き直ると、喘ぎ声の下から、必死の面持ちで話し掛けた。

「儂は毒を受けた……! 官服の男たちに混じって、一人、仮面の男がおった。そ奴は、儂の考えでは、巫士ふしじゃろう……。それも、毒を得意とする、巫蠱ふこの類じゃ!」

「毒!」

 久忠が叫ぶと、朧は何度も頷いた。

「左様じゃ! 毒じゃ! そ奴は、吹き矢で儂に毒矢を射てきた。かわしきれず、一本が儂の身体に突き刺さった」

「医者を呼ぶか?」

 久忠の言葉に、朧は首を左右にした。

「要らぬ! 儂は忍者の修行の一つとして、毒に耐える訓練をしている。弱い毒を身体に入れ、まさかの時にやられぬようにしておるのだ。じゃが、強い毒、未知の毒にやられる事態も考えておる。こ、これを……」

 震える指先で、朧は懐に手を入れると、革袋を取り出した。

「こ……ここに、解毒剤が入っておる……。儂の予想では、もうすぐ、儂は意識を失う。その後、お主の手で、この解毒剤を服用させて貰いたい。明け方に三粒、夕暮れに四粒、儂に服ませるのだ」

 久忠は念を押した。

「判った! 朝三暮四じゃな? 朝四暮三ではないのだな?」

「儂は、猿ではないわい……」

 朧は言い残し、がっくりと頭を枕に落とした。

 意識を失った朧を前にし、久忠は腕を組んで考え込んだ。

 敵の狙いは何か? 明らかに標的を、朧一人に絞っている。つまりは、朧と久忠を引き離す狙いがあるのだ。朧の忍者としての技能が、敵にとっては邪魔なのだろう。

 久忠は怒りに、頭に血が昇るのを感じた。

 要するに、朧は手強いが、久忠なら料理できると、相手は考えているのだ。

 何という恥辱!

 そのまま、久忠は朧の看病のため、一睡もせずに付き添った。明け方まで、朧は何度も寝返りを打ち、意味不明の讒言うわごとを口にして苦しんだ。熱が高く、朧の全身から、滝のように汗が流れ出た。

 宿の者に頼んで、上掛けを用意させ、久忠は朧の全身を包む。朧は「寒い、寒い」と何度も呟きながら、ガタガタと震えていた。

 明け方、朧の指示通りに、久忠は革袋に詰められた丸薬を服用させた。食い縛った歯を抉じ開け、丸薬を水と一緒に流し込む。指を食い千切られないよう、抉じ開けた口に、木切れを咥えさせる用心が必要だった。

 夕暮れに四粒の丸薬を服ませると、ようやく朧の病状は落ち着いた。

 朧が落ち着いたのを確認して、久忠は急激な睡魔に襲われていた。ふらっと、吸い込まれるように眠気がきざし、気がつくと深夜になっていた。

「太郎左衛門……。ずっと、看病をしてくれていたのか……」

 闇の中から、朧の声が響いていた。声音は落ち着いて、正常に聞こえたが、まだ、声に張りは戻っていない。

 ぼんやりとした意識のまま、久忠は手探りで明かりを点した。

「朧……。お主……!」

 久忠は絶句していた。

 明かりに浮かび上がった朧は、げっそりとやつていた。両目が落ち窪み、真っ赤に充血している。灯明の仄かな明かりに、朧の両目がぎらぎらと光っていた。

 朧は、いつも通りの、皮肉な笑みを浮かべた。

「不覚だった……。相手を、甘く見るという、決してしてはならぬ間違いを、犯してしまったな……」

 朧は呟くと、ゆるゆると何度も頭を左右に振った。

 がくりっ、と朧の肩が下がり、久忠は慌てて駆け寄る。

「大事無いか?」

「いや……」

 朧は、頷いた。

「思ったより、相手の毒は、儂を打ちのめしておる……。動けるには、時が掛かる……」

 久忠は努めて明るい声を作った。

「心配するな。拙者が、お前の分まで働くつもりじゃ!」

「そう、上手く、行くものか……」

 朧は上目遣いに、久忠の言葉を否定する。

 久忠は黙り込んだ。久忠が命じられた任務は、確かに朧抜きでは難しい……いや、不可能に近い!

「儂が居らぬ間に、何か変化はあったか?」

 朧は寝床に寝ころんで、久忠に問い掛けた。

 久忠は、魚林軍の師範が、訪問した事実を話した。久忠の話を聞きながら、朧は両目をぐるぐると動かし、頷いていた。

「妙じゃな。いくら南門で、お主が華々しい活躍をしたとして、すぐに魚林軍の責任者が尋ねてくるとは、考え難い」

 朧の指摘に、久忠はぽかんと口を開けた。

「罠だと言うのか? あの二人は、儂を騙しに来たと……?」

「違うだろう」

 朧は、久忠の言葉を、すぐに否定した。朧は目を上げ、考え考え、久忠に説明する。

「魚林軍の二人は、他の誰かに動かされた可能性が高い。何者かが、操っておるのだ。何者か判らぬが、そ奴は極めて頭の良い相手じゃ! それに、恐ろしく冷酷だ。敵とすれば、一瞬も油断がならぬ……!」

 久忠は朧に尋ねた。

「どうする? お主が回復するまで、魚林軍の誘いを断るか?」

 朧は眉を顰めた。

「それはならぬ! 折角、向こうから扉を開いたのだ。何があっても、お主は紫禁城に入り込む必要がある! その内、儂が元通りになれば、お主の従者として、入り込めるかもしれぬからな」

「それでは、お主を罠に掛けた敵が……」

「言うな!」

 久忠の「罠」という言葉に、朧は怒りを顕わにした。罠を掛けられたのは、事実だが、朧にとって、自尊心を手酷く傷つけられる記憶なのだ。

 朧は、口調を柔らかくさせた。

「それより、お主も眠ったほうが良い。昨日、魚林軍から訪ねてきたなら、明日あたり、紫禁城より人が来るかもしれぬ」

 朧に言われ、久忠は改めて自分が、クタクタに疲れているのを気付いた。欠伸が何度も出て、上と下の瞼が今にもくっつきそうだ。

 反対側の寝床に身を横たえ、久忠は眠りに就いた。夢も見なかった。

 翌朝、朧の予想通り、紫禁城より役人が久忠を尋ねてきた。朧は目覚めず、寝息を立てている。

 起こそうかと一旦は考えた。しかし、久忠は朧をそのまま寝かせる決断をして、一階へ降りて行った。

 一階に下りる階段の途中で、久忠は出入口に視線をやり、ぎくりと立ち止まった。

「朝早く、失礼致す。お手前が、愛洲太郎左衛門殿で御座いますな? 魚林軍剣術披露について、打ち合わせしたく、押して参った」

 礼儀正しく話し掛けてきた相手は、藍色の官服を身に纏っていた。

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