二
陳九がわざと少年に対し、諦めるよう説得を試みたのは、後々の憂いを除く目的がある。
刑罰として生殖器を失う場合、被術者の恨みは、判決を下した裁定官に向かう。しかし自ら生殖器を取り除く決意をした者の多くは、後年、後悔に苛まれる場合がある。その場合、自分に手術を施した施術者に対し、恨みが向けられる例がある。
「あいつは自分に、言葉巧みに自求をするよう誘い掛けた……」と見当違いの恨みを持つようになる。そんな恨みを残さぬよう、陳九はわざと少年に対し、諦めるよう、説得したのだ。
何しろ相手は、まかり間違えば、宮中で高位高官になろうかという可能性がある。少年が将来、高位に登った場合、陳九自身に対し、恨みをぶつけてくるかもしれない。そんな危険を避けるため、逆に諦めるよう言葉を掛けたのだ。
まさか、少年自身で陽器を切り取る行為に及ぶとは、予想もしなかったが……。
窓のない、周囲を石壁に囲まれた一室に、陳九は少年を連れ込んだ。明かりは四箇所で炎を上げている松明と、手許を照らす蝋燭だけだ。
執刀者は陳九のほか、数人。主な執刀は陳九が行うが、助手として、昔ながらの仲間がつく。
いずれも自求をした、去勢者ばかり。もちろん、陳九も若い頃、自分の陽器を取り除いている。
少年は床に、手足を長々と伸ばし、全裸で仰向けにされている。仄暗い室内の明かりに、少年の若々しい若鹿のような肢体が目を欺くほど、輝いている。手足はがっちりと、四箇所に縛られ、一寸の身動きもできない。
顔にはぐるぐるに包帯を巻き、目を隠している。口には処置の際、苦痛で舌を噛み切らぬよう、木の板を咥えさせている。さらにその上から布を巻きつけ、吐き出さぬようにしていた。
処置はまず当該箇所の毛をつるつるに剃り上げところから、始まる。完全に除毛した後、綺麗な布に湯を含ませ、丁寧に清めた。
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陳九は、手術刀を取り上げた。
刃の形は、新月のような、円弧をしている。これで一気に、少年の性器を掻き切る。左手で**をぐいっと握り、引っ張った。老人の手慰みで**を吐き出した**は、ぐったりとなっていた。
「良いか。今一度、尋ねる。覚悟は、できておるか?」
包帯に巻かれた少年の顎が、小刻みに縦に動いた。
陳九は、軽く助手たちに合図した。合図を見て取り、助手たちは一斉に少年の四肢に全体重を込めて圧し掛かる。
手術の苦痛は、爆発的な筋力を引き出す場合が多い。戒めだけでは心許ない。
少年の四肢を押さえつけた助手たちが「こちらも用意は良し」とばかりに、陳九を見上げて頷いた。
陳九は息を吸い込み、一瞬で抉り取った!
ぐああああっ! と、室内に少年の咆哮が響き渡った。
ぴん! と四肢が突っ張り、しなやかな身体が跳ね上がった。どっと局所から血液が迸り、助手の一人が大急ぎで傷跡に木栓を突っ込む。さらに傷口に軟膏を擦りこみ、布で覆った。
木栓を突っ込んだのは、傷口が癒える時に癒着するのを防ぐためである。癒着すると、尿道口が塞がってしまう可能性がある。
苦痛に、少年は獣のような喚き声を上げていた。縛られた手足はぎりぎりと戒めを引っ張り、全身は何度も波打った。
助手たちが押さえつけていなければ、戒めを引き千切り、暴れ回って収拾がつかないところだった。
陳九は静かに少年の様子を見守っている。
すでに手術はなされた。後は、少年の生命力が苦痛を凌ぐほどか、賭けである。実際、自求で死ぬ者は驚くほど、多い。ほぼ三割が、この段階で命を落とす。
この時代、細菌感染の知識はない。雑菌が入って局所を侵すため、腐敗が始まり「腐刑」と呼ばれると一説にあるほどだ。長年の経験で、極力感染予防策は講じているが、死亡の危険は常に存在する。
陳九は立ち上がり、その場を立ち去った。