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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第八章 光と影の相克
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 汪直が、小七郎とアニスを伴い、北京に入城したのは、五日後だった。

 単騎、馬を乗り替え、まっしぐらに二人を迎えに来た時は、僅か一日で達した。

 だが、今回はアニスと小七郎がいる。これでも、相当に早い移動で、二人は馬車に揺られっぱなしで、ふらふらになっていた。

 南大門から入城する時、汪直は部下に命じて、馬車の窓を開けさせた。

 小七郎とアニスは、顔を寄せ合い、窓から北京の町を見上げていた。二人の顔には、信じられないものを見た驚きが弾けている。

 大門から大通りが真っ直ぐ伸びて、両側にはみっしりと、様々な石造りの建物がひしめいている。建物には一つ一つ、看板が掲げられ、無数の人間が思い思いの方向に歩き回っていた。

 大通りには天幕を使った露天が並び、商人たちが大声で客を呼び込んでいた。

 あちらでは、評判の芝居を興行している芝居小屋が立ち並び、広場では大道芸人たちが自慢の芸を披露していた。

 北京にやって来るのは、漢人ばかりではない。

 西域からの胡人、天山山脈を越えてやって来る天竺からの商人。さらには、南海からの肌が真っ黒な異人も北京を目指している。

 北京の町には、様々な匂いが咽せ返るように充満している。寺に奉納する香、露店で調理される油、香料、香辛料などの匂い。

 共通するのは、溢れるばかりの豊かさだ。

 驚け! これが中国なかつくにの首都だ……!

 汪直も、最初に北京の町に足を踏み入れた時には、全身を貫く驚きに、しばし茫然となっていたものだ。

 驚きの後に汪直の胸に湧き上がったのは、深甚な怒りだった。

 首都の豊かさは、地方を踏み付ける圧制と表裏一体のものだ。汪直は北京に帰り着くたびに「いずれ自分が、この豊かさを引っくり返してみせる!」と決意を新たにするのが常だった。

 乾がひそひそと、汪直に囁いた。

「少し、気懸かりが……」

「何だ?」

「あの小僧、身内が御座います」

 汪直は首を傾げた。

「それは、いるだろう。当然、倭人であろうな」

 乾は頷く。汪直は身体を捻じ向け、乾の表情を窺った。

「何が気懸かりなのだ。倭人ならば、漢語も流暢に喋れまい。小僧を探そうにも、当てがあるとは思えぬ。万が一、小僧の行方を探し当てたとしても、紫禁城に匿ってしまえば、手が出せぬ」

「それが……中々に手強い連中で御座いまして。特に父親らしき男につき従っておる、僧体の者。私と同じ、闇の技を修得しておるようで、御座います」

「戦ったのか?」

 乾は首を振った。

「いいえ、私が手合わせしたのは、父親のほうで……。しかし、父親も、相当の手練れ。小僧を攫う直前、父親と付き人らしき男を調べたので御座いますが、どうやら目的地は北京らしく、いずれ姿を現しましょう」

「ふーむ」

 汪直は考え込み、唇を歪めた。

 二人の会話は、小七郎には聞こえていない。小七郎はアニスの側に座ったきり、時折ちらっと汪直に視線を向けるが、今のところ大人しくしている。

 汪直は立ち上がると、小七郎の隣に座った。

「小七郎。其方は、父親と参ったそうだな」

 小七郎は怒ったようにそっぽを向き、素っ気無く答えた。

「親父なんかじゃ、ねえよ!」

「では、どのような間柄なのじゃ?」

「あいつは……!」

 小七郎はぐっと拳を固めた。

「あいつは、母ちゃんの仇だ!」

 汪直の胸に、猛然と好奇心が湧いた。

「母親の仇? 面白い。詳しい事情を聞かせてもらいたいな」

 小七郎は、じろっと汪直を睨んだ。

「それを聞いて、どうする?」

 汪直は肩を竦めた。

「どうもせぬ。聞いただけだ。申したくないのなら、構わぬ」

 小七郎は汪直の態度に、迷っているようだった。唇がピクピク動いて、今にも心中の固まりを吐露しそうに見える。

 が、やはり強情な気性が勝ったのか、腕組みをして、頑なな表情を見せた。

 汪直は小七郎に囁いた。

「其方の父親──おっと! 母親の仇であったな──を、儂が倒したら、どうなる?」

「何っ!」

 小七郎は、驚きの顔つきになって、汪直に身体を向けた。

 汪直は淡々と続けた。

「其方の父親が北京へ姿を現した場合、儂の部下と敵対するかもしれぬ。その結果、戦いとなって倒される……ありえぬ話ではあるまい? それでも平気かな?」

「冗談じゃない! あいつは、おいらが殺すんだ!」

「ふむ。その言葉、覚えておこう。その時が来れば、其方が母親の仇を討てるよう、儂が手配しても良いぞ」

「お前の力なんか、借りない……」

 小七郎は呟くように答える。が、口調には、確信が欠けていた。

「そうか」

 汪直は、注意深く小七郎の表情を窺った。

 アニスが婚姻のため北京を目指していた、と汪直が明かしてから、小七郎の態度に微妙な変化が生じている。胸に葛藤を抱えている証拠だ。

 汪直は、密かに北叟笑んだ。

 こうして、じわじわと小七郎の心に爪を食い込ませれば、いずれ屈服させる時期を早めるだろう。

 そうなれば、汪直の必要な、操り人形が一つ、出来上がる。

 その時が、汪直は待ち遠しかった。

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