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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第七章 影の剣技
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 運河は鎮江という場所で、長江と交叉する。京杭大運河が、南北を繋ぐ幹線道路とすれば、長江は黄河とともに、大陸の東西を貫く連絡路になっている。

 舟は、十字路を形成している運河に近づきつつあった。十字路の周囲には、無数の桟橋が作られ、東西南北から通過する舟を目当てに、様々な店が川を挟んで立ち並んでいる。

 ここで、三人家族は舟を乗り換えた。娘は、小七郎に未練たっぷりで、何度もいつか再会できるよう手紙を出して欲しいと、繰り返し掻き口説いていた。

 小七郎は、やっと娘が自分の視界から消え去ると安堵してか、適当に「ああ、判った、判った!」と相槌を打っている。

 久忠は、娘の両親に、今まで口に出せなかった疑問を投げ掛けた。

「失礼ながら、少々物を尋ねたく存ずる。漢人の間では、纏足てんそくという習慣が御座ると耳に致しておる。が、あなたがたは、それをしておらぬようですが、なぜですか?」

 父親は満足そうな笑みを浮かべた。

「失礼などと……。私共も、いつも聞かれますので慣れております。御心配無用で御座いますよ」

 穏やかな笑顔で、母親が引き取った。

「あたしらは、客家ハッカなのです。客家では、纏足の習慣はありません」

「それに、纏足をするような名家でも、ありませんからな!」

 父親が、幾分の軽蔑を込めて、後を引き取った。

 どうやら客家と自称するこの家族観からすると、わざと不具にするための、纏足の習慣は理解不能なのだろう。

「なあ、纏足って、何だ?」

 一同の遣り取りを黙って聞いていた小七郎が、不満そうな表情になって質問した。久忠は、小七郎に纏足について細かく説明した。

 久忠の説明に、小七郎は愕然となった。

「そんな馬鹿な習慣が、漢人にはあるのか! 信じられねえ……」

 舟が鎮江の桟橋に近づくと、朧がするすると近寄って「おい、ここらで仕掛けるぞ」と囁いた。

 久忠は驚いて朧を見た。朧は前方を顎でしゃくり頷いた。

「罠を仕掛けるには、実に好都合な場所だと思わぬかな?」

 言われて、久忠は改めて鎮江の風景を眺め渡す。

 なるほど、朧の口にした意味が判った。

 鎮江は、南北の大運河と、長江が交錯する十字路になっている。当然、東西南北の舟が行き交うため、混雑する。

 それらの無数の舟を受け入れる川幅は、いくら大運河でも足りず、必然的に無数の支流が分かれている。支流の間の陸地には、ひしめくように建物が密集していた。

 内陸か、沿岸という違いはあるが、堺の町に似ているなと、久忠は感想を持った。

 朧は夕暮れが近づいた空を見上げ、ふんふんと鼻を鳴らしている。

「これは面白い……。今夜は霧が出そうだ」

 桟橋に舟が接岸すると、娘の家族は別れを告げた。

 家族が町の雑踏に姿を消すと、入れ替わりに、北へ向かう新たな船客が船頭と値段の交渉をしている。

 家族を見送り、朧はにやにや笑いながら、顎を撫でた。

「あの両親、相当に娘の行動が心配と見える。恐らく、お主の息子が原因だぜ。相州へ行くなら、ここで下りるより、もそっと先へ向かったほうが近いからな」

 久忠は驚いて、朧を見た。

「小七郎が? が、小七郎は、まるでそのような気はなかったはずだぞ」

「まあな。が、旅がずーっと続けば、何が起きるか、誰にも判らぬ。人の親として、娘の跳ねっ返りは、はらはらしていたはずだ」

 朧のからかうような口調に、久忠は憮然となった。朧はにやにや笑いを顔に張り付かせたまま、おっ被せた。

「儂が思うに、お主の息子は長じれば、おっそろしいほどの、女たらしになるのではないかな? 今はまだ子供だが、かなりの男前となるはずじゃ」

「もう、よい! 聞きとうは、ないわい」

 久忠はそっぽを向き、舳先辺りに腕を組んで、前方を見詰めている小七郎の後ろ姿を見守った。

 少し離れた場所には、アニスが座っている。アニスは小七郎に対し、一見したところでは冷淡と思える態度に出ているが、それでも小七郎の近くにいつもいるようだった。

 久忠は二人の姿に、漠然とした不安とも、期待ともつかない複雑な気分を味わっていた。

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