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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第七章 影の剣技
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 尾行舟を別にして、久忠の乗り込んだ川舟は、順調に北上を続けていた。

 季節は初夏であり、この時季は南風が多く吹く。従って追い風となり、遡上は捗った。時折ふっと風向きが変わるが、その時も、大抵は西からの横風で、これも帆を斜めにすれば、前へと進む力になる。

 一枚帆の舟は、向かい風では進みづらいと誤解があるが、実際は逆風でも前へ進める。帆を斜めにして、進行方向を風に向かって斜めに向け、何度か繰り返せば前方へ進める。これを〝上手回し〟と呼ぶ。英語ではタッキングとなり、船乗りでは常識の航海術だ。

 乗り合わせた家族連れの、一人娘は、なぜか小七郎に興味を示していた。時々、小七郎の側に近寄り、なにくれとなく話し掛けた。

「おかしな髷の形をしているのね。どこのお人?」

「おいらは日本から来たのさ!」

 小七郎は覚えたての、漢語を操って、面倒臭そうに娘に答えた。

 娘は目をキラキラさせ、丸々と太った身体を押し付けるようにして小七郎の側に座っている。

「日本? どこにあるの?」

 小七郎は答えあぐねた。それを見て取り、久忠が助け舟を出してやった。

「東夷の倭が、我らの故郷で御座る」

「倭!」

 娘は驚きを隠せない。

 日本という国名は、こちらではあまり馴染んでいない。堺からの遣明船には、正式書類に「日本国」とあるが、漢人にとっては、今でも日本は「倭」なのだ。

「あなたがた、倭人なの!」

 娘の顔は、益々好奇心が溢れ、丸々と太った身体はさらに小七郎にぴったり、密着した。

 小七郎は、居心地悪そうに、娘から身を離した。

 久忠と、小七郎は、日本を出発してから月代を剃っていない。二人の頭髪はすっかり伸びて、総髪になっていた。

 理由は、漢人にとって、月代を剃った姿は、満州族に見えるからで、それでも日本風の髷は、異俗に見えるらしい。

 娘の〝倭人〟という言葉に、少し離れて座っていた娘の両親は、微かに不安そうな表情を浮かべた。漢人にとって、東夷の蛮族に見えているのだろう。

 娘は、舳先に座っているアニスを指差した。

「あの娘も、倭人?」

「違う。胡人で御座る」

 久忠の答に、娘は首を傾げた。西域からの娘が、倭人と一緒に行動している状況が解せないのだろう。

「東夷には、蓬莱山という、美しい岳があると聞くが……」

 それまで、船端に座って、酒盃を傾けていた、役人と自己紹介した男が口を挟み込んだ。

「それは、富士山で御座ろう。お手前の仰るとおり、それは美しい山で御座る」

「なるほど……」

 役人はぐいっと、盃を呷ると、ぶつぶつと口の中で詩を口ずさんだ。

 舟の旅も数日が過ぎ、船客同士も、徐々に打ち解けつつある。

 その中で、アニスは旅の間じゅう、あまり船客とも交際しようとせず、どちらかといえば、超然とした態度で終始している。

 そんなアニスに、小七郎は何度か話し掛けていたが、捗々しい成果は上がっていない。

 久忠は小七郎のアニスに対する態度に、助言すべきか、迷っていた。小七郎の年頃の迷いなら、久忠にも覚えがある。結局、自身の経験からして、口出しするべきではないと、結論していた。

 まずは平穏な毎日ではあるが、久忠の神経は、背後から尾行する舟に、ちりちりと焼け付くような焦りを感じていた。

 相変わらず、舟はこちらとぴったり距離を保ちつつ、しかし、視界からは一度たりとも消えてはいなかった。

 他の船客は、尾行があるなどと、欠片ほども疑惑は持っていない。「あの舟は、毎日、見かけるなあ」くらいが、せいぜいの感想だろう。

 尾行されていると思っているのは、自分だけだろうかと、久忠は疑った。

 朧に相談すると「いや、そうではない」と首を左右にした。

「あの舟は、確かに儂らを尾けておる。間違いない」

「なぜだ?」

 久忠の質問に、朧は薄笑いを浮かべた。

「毎夜、我らは宿泊のため、陸に上がるな? それなのに、あの舟から人が陸に上がった場面を、一度たりとも見ておらぬ」

「それは……まことか?」

 思わず、久忠は問い返していた。船上の人の動きを、久忠は見分けられなかったからだ。

 朧は、にんまりと笑いを浮かべた。持ち前の視力に、強い自信があるらしい。

「そうか……」と、久忠は腕を組んだ。

「あやつらは、何を企んでおるのだろう。ぴったり後を尾けるほか、何も仕掛けてこないのが、何とも不気味ではあるな」

 久忠の言葉に、朧の笑いがさらに広がった。ぶらんと垂れ下がった茄子のような大鼻の両側から、にったりと下弦の月のような唇が笑いの形を作る。

「朧、何を企んでおるのだ?」

「向こうの出方が判らぬなら、こちらから何か仕掛けても、面白いではないか?」

「ふむ?」

 久忠は首をちょっと傾げた。

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