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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第一章 宦官
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 自求監所に姿を現した少年を見て、受付の陳九は、思わず居住まいを正した。

 優美な卵形の顔立ちに、きりっとした太い眉、眼は涼やかで、切れ長である。鼻筋はぴしりと通り、唇はつつましかやで、上品な曲線を描いている。薄化粧をすれば、女として通用するほどの美男子であった。

 しかし、黒々と光っている両目だけが、顔つきの優美さを裏切っている。

 極めて意思が強い、生まれ着いての王者の瞳である。他人に命令し、自己の運命を切り開く、戦士の瞳でもあった。

 貴族的な容貌を裏切るのが、少年が身につける着物だった。元は刺繍がしてあったのだろうが、長年の酷使で色は褪せ、ぼろぼろに着古し、あちこちに少年が自分で当てたらしい継ぎが見て取れる。頭には長い布をぐるぐる巻きにしている。両脚は脚絆で締め上げ、腕や、足首に装飾の輪が嵌めてあった。

 少年はつかつかと前へ進み出ると、礼式に叶った拱手の礼をして、口を開いた。身に着けたものは、異民族風であったが、挙措動作は礼に叶っている。

「自求を願い出ます。どうか、私に、浄身の儀をお授け下さいますよう、臥して願います」

 少年の言葉は、はっきりとして淀みがなかった。発音に、微かな南方の訛りがあって、出身はかなり遠方かと思われる。少年の風俗と、発音から、陳九は出身は瑶族であろうかと推理した。ともかくも、陳九の暮らしている北京からは、信じられぬほど遠方に当たる。

「本気かな?」

 陳九は波立つ胸を押さえつつ、少年に質問を投げ掛ける。少年は強く頷き、挑戦的な視線で陳九を見つめ返す。

 これは、掘り出し物だ……。

 陳九は少年の顔をじっくりと眺め、心中で密かに頷いた。陳九は観相もする。それによると、少年は将来、必ずや立身出世を全うするであろう、理想的な人相をしていた。己の占いに、陳九は確信を持っていた。

 この仕事を始めてから数年になるが、その間で陳九が認めた相手は、確実に宮中で重要な位置を占めていた。

 先年、英宗帝が崩御し、成化帝が明の第九代皇帝となって、紫禁城では大規模な人事の刷新があった。それまでいた官員が追放されたり、粛清されたりして、それに伴い、前代の宦官もまた、大量の入れ替えがなされるはずであった。

 この機会を逃さぬよう、自求監所には続々と宦官志願の人数が増えている。

 刑罰として生殖器を抜くのを「求刑」、あるいは「腐刑」と呼ぶ。対して自らの陽物を抜くのを「自求」と称している。ここは宦官を志願し、生殖器を取り去るための場所である。

「なぜ、自求したいのかな?」

 判りきった質問ながら、陳九は高々と少年に問い掛けた。

 少年は皮肉な笑みを浮かべた。片頬に笑窪が出て、あどけない表情になる。そこだけは、年齢に相応しい顔つきだった。陳九は、少年の開けっ広げな笑顔に、ふと自分の年齢を恥じる気持ちを覚えた。

「当たり前じゃないですか! 私は出世したい! そのためには、宮中に入って、あわよくば陛下のお目に止まる時機を待ちたいのです。それで、ここに来たのです」

 陳九はわざと、乾いた笑い声で少年の言葉に報いてやった。思い切り、嘲笑の響きを込めている。

「甘い、甘い! そんなうまうまと、陛下のお目に止まると思っているのか! 宮中に入っても、せいぜい、料理人か、掃除の役目を仰せつかるのが精一杯だ。やめておけ、お前のような子供に、勤まるものではない」

 陳九の嘲笑に、少年は肩を落として、がっくりと項垂れた。

 諦めるかな……。陳九は微かに不安を抱いた。

 ところが、少年は再び顔を挙げ、陳九の顔を真っ直ぐ見詰め返した。少年の瞳には、怒りとも言える炎が燃え上がっている。

「厭だ! 私は何としても、宮中を目指す! あんたがやってくれないなら、自分で切り落とすだけだ!」

 叫び声を上げると、少年は懐から短刀を抜き出し、いきなり着物の前を開いた。下帯を解き、自分に刃物を押し当てる。

 陳九は慌てて止めた。

「よせ! お前の決意は、ほとほと感じ取った! 判った、儂が直々、お前の処置をして進ぜる……」

 少年はくいっと顎を挙げ、命令するように答える。

「やって貰おう!」

 少年の凛然とした声調子に、陳九は思わず拱手していた。

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