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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第六章 暗殺者
33/105

 灯心が焦げる音がして、黄色い炎が揺らめいている。灯明の灯火は、部屋に明るさよりは、さらなる暗さを投げ掛けているようだった。

 灯明の仄かな明かりに「直」と女に呼びかけられた相方の顔が浮かび上がる。

 細面であるが、彫りの深い、印象的な顔立ち。眉は太く、ピンと撥ね上がり、瞳は燃えるように強い光を放っている。上半身は裸で、逞しい筋肉が、身動きするたびに盛り上がった。

 汪直おうちょくであった。宦官として紫禁城に昇殿を果たした汪直は、今、成化帝の后、万貴妃ばんきひの寵愛を受けている。

 汪直の声は、しっとりとして落ち着いていた。滑らかな声音は、小声であっても、室内に良く響いた。

 万貴妃は五十の坂を越した老婆であったが、性欲は益々盛んであった。成化帝が万貴妃相手の営みから遠ざかるようになって、欲望はさらに火がついていた。

 その間隙にするりと入り込んだのが、汪直であった。

──以下、数行削除──

 汪直には快感の余韻はなく、一仕事を果たした肉体の疲労感だけがあった。まさに汪直にとって、万貴妃との一夜は労働であった。

 さっさと身支度を済ませ、汪直は万貴妃の前に膝をついて下僕の姿勢を取った。

 三十を前に、汪直の身体に贅肉はほとんど付着していない。大概、宦官となった人間は、内分泌線の均衡が崩れ、ひどく肥満するか、針金のように痩せるかが普通であった。

 しかし汪直は、驚くほど壮健で、身体つきは戦士のように逞しい。

 他の宦官が、歳を重ねる毎にぶくぶくと太ったり、無様な身体つきになるのを見て、汪直は断固として同じ轍を踏むまいと、決意したのだ。

 密かに汪直は武道の達人を訪ね、紫禁城内において、自己鍛錬を続けていた。

 快感の余韻を味わっていた万貴妃は、のろのろと上体を起こすと、着物を引き寄せ、身に纏う。汪直が細々と万貴妃の汗ばんだ身体を拭って、身を清めてやる。

 万貴妃の両足先は、奇妙な形をしていた。足の甲がし折れたように内側に曲がり、全体に発育が途中で止まったようになっている。

 纏足てんそくであった。

 幼女の時に、足先を強引に内側に捻じって、故意に骨折をさせる。その後に、きつく結帯し、血行を止め、成長させないよう処置する。

 纏足の習慣は、明の創立頃から始まり、明を倒した清帝国崩壊まで続く。

 小さな足をした婦人が美しいとされ、纏足の習慣が広まった。しかし、実態は足を不自由にさせ、自儘な行動を封じるためだったろう。

 纏足をした女性は、身動きがひどく不自由になり、歩く動作はよちよちと、赤ん坊なみになってしまう。

 着物を身に纏い、髪をいつものように結い上げた万貴妃の目には、宦官を相方に狂態を演じた残滓は欠片もなく、為政者としての厳しい光が宿っていた。

「それで、直よ。妾の頼み、成し遂げてくれたのか?」

 片膝をついた汪直は、万貴妃の言葉に「はっ!」と頭を垂れる。ゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐ万貴妃の顔を見詰め返す。

「少々、時間は掛かり申し上げましたが、どうやら探し当てたらしう、御座ります」

 汪直の返答に、万貴妃の両目が燃え上がった。

「まことか? まことに、妾が申し付けた者が、存在するのか?」

 万貴妃の追及に、汪直は無言で頷いた。万貴妃は怒りの唸り声を上げると、苛々と寝具を掻き寄せ、無意識に手探った。

「いかが致しましょうか?」

 汪直が問い掛けると、万貴妃は吠え立てた。

「決まっておる! 殺せっ! 妾の目の黒いうちは、唯の一人たりとも、生かしてはならぬっ!」

 汪直は再び、深々と頭を垂れた。

「畏まり申し上げます。この汪直、必ずや皇太子様を亡き者とし、万貴妃様の宸襟しんきんを安んじ申し上げまする……!」

 汪直は、万貴妃に対し、皇太子の暗殺を誓っていた。

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