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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第五章 盟神探湯
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 小七郎は、急に明人の言葉を熱心に学ぶようになった。アニスと会話するには、明人の言葉を習う必要があるからだ。

 動機はどうあれ、歓迎すべき事態だと久忠は思った。

 明人の言葉を習う努力とともに、小七郎は剣術の稽古にも身を入れて鍛錬し始めた。

 小七郎が久忠から明人の言葉を習うと、アニスが必ず同席する。小七郎の覚束ない明人の発音を、面白がって鸚鵡返しをして、その後で正しい発音に直してやる。見る見る小七郎は、明人の言葉を覚えて行った。

 時々、久忠はアニスの身の上を尋ねる。

 どこから来たのか、なぜ明人の船に乗り込んでいたのか、何が起きたのか?

 朧の「海賊に仲間がさらわれたのでは?」という推測は、当たっていたらしい。

 何が明船で起きたか尋ねると、アニスはぶるっと、身を震わせ表情を暗くした。多分、思い出したくもない、悪夢なのだ。

 だが、アニスはあまりに幼く、船に乗り込む事情についても、詳しくは語れなかった。父親と母親についても、覚えてはいないらしい。

 ともかく、幼い頃から、明人と一緒に旅をしてきたと主張するだけだ。どこから来たかも、知らないらしい。

「一番、古い思い出は、何かあるかな?」

 久忠が質問すると、アニスは首を傾げて遠い目をする。そんな様子は、久忠にも可愛く思えた。隣に座る小七郎は、ぼうっとアニスの横顔を見詰めている。

「えーと……とっても寒い所を旅したの。それに、目の届く限り、砂があったわ」

 寒く、砂ばかりの場所。

 砂漠か? アニスの故郷は、砂漠にあるのだろうか。

 久忠は、大陸の地図を頭に思い浮かべる。

 明より西には、タクラマカン砂漠が広がっている。そこには、大小無数の小さな国が版図を競い合い、小さな小競り合いが続いていると聞いている。

 もしかすると、アニスはそんな小国の、姫かもしれなかった。そんな小国同士では、複雑な政治事情が交錯し、王族が放浪の身の上に堕ちるのも不思議ではない。

 海風が、アニスの金色の髪の毛をふわり、と巻き上げた。日差しが海面に反射して、アニスの白い肌を染め上げていた。

 そんなアニスを、小七郎が熱っぽく見詰めているのを、久忠は厭というほど意識する。

 小七郎は十五歳、アニスは多分、十三歳くらい。しかし、アニスは年齢の割りに背が高く、見ようによっては、小七郎とそう歳は違うようには見えない。

 となると、つまり……。ふうん!

 久忠は一人で頷き、船端に並んでいる小七郎とアニスの背中を眺めていた。

 二人の視線の先には、長々と陸が見えている。陸は、どことなく黄色い色をしているように見える。

 大陸の土は黄色い。俗に黄土と呼ばれる。

 船は朝鮮半島から、渤海ぼっかい湾を西へ進み、山東半島へと辿り着いていた。

 これから、目的地の寧波ニンポーまで沿岸を右に見ながら南下して行く。従って、目に見える陸は、明の土地であった。

 本当は、渤海湾を西に向かった山東半島から、直に北京へ向かったほうが、旅は短く済む。しかし、勘合貿易の取り引きをする場所は、寧波と決まっている。

 十数隻の船団を一纏めに航海するには、何をするにも時間が掛かる。ここまで到着するまで船団は年を越していた。

 ある日、久忠は小七郎を自室に招き入れた。小七郎は久忠を前にし、落ち着きをなくしていた。

 今日の久忠は、小七郎にはいつもと違って見えているらしく、視線がふらふらと彷徨さまよって、久忠に向かうと慌てて逸らす。

「何だよ。妙な顔してやがんな……」

 それでも精一杯の虚勢を張っていた。

 久忠はぐっと背を反らし、じっと小七郎の目を見詰めた。

「小七郎、お主に父が聞きたい。答えてくれるかな?」

「な、何だぁ……?」

 小七郎は久忠の態度に、今にも立ち上がりそうになった。久忠は目に力を入れ、小七郎の動きを抑えた。

「父が聞きたいのは、其方が元服を済ませているかどうか、なのだ。どうだ、小七郎。其方は元服をしたのか?」

 久忠の質問に、小七郎はポカンと口を開き、首を傾げた。

「元服って、何だ? 食い物か?」

 小七郎の答に、久忠は「やっぱりか!」とガッカリした。

 侍の育ちをしていないので、元服すら知らない。いや、いくら何でも、元服を知らないのは有り得ない。庶民でも、武家の元服に倣った儀式をする。

 よほど小七郎は、荒れた生活をしていたのだろう。久忠の胸に、息子に対する愛が湧き上がってくるのを覚えた。

 何としても、この小七郎を、一人前の侍として育て上げなくては!

 久忠は小七郎に、元服について事細かに説明した。説明を受ける小七郎は、退屈を隠さない。説明が終わると、鼻糞を穿ほじりながら、反問した。

「それで、何でおいらに、元服の話をするんだい?」

「其方に、拙者が元服を授けてつかわす」

 久忠の、静かな答に、小七郎は「へっ?」とキョトンと見返した。

「小七郎。其方は、すでに大人じゃな? 大人ならば、いつか嫁を持ち、家を構えるじゃろう。そのために、一人前の印として、元服を済ませておかねばならぬぞ」

 久忠の「嫁を持ち」の言葉に、小七郎は顔を真っ赤にさせたが、何も言わなかった。

「家を構え、守るためにも、父は其方に剣術や、学問を授けておる。この元服も、其方が大人になるための一つじゃ。心せよ!」

 小七郎は真面目な表情になった。久忠は立ち上がり、小七郎の背後に回る。

 船上で、久忠は小七郎の元服を終えた。

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