三
その日のうち、少年は旅支度を整えると、村を離れた。誰にも行き先を告げず、ひっそりとした旅立ちだった。
母親にも告げなかった。
言えば必ず反対されるのが判っていたし、自分の目的には、誰も知らないうちに消え去るのが上策だと判断したからだ。
ともかく、軍隊がやってきた方向に足先を向けた。
とぼとぼと徒歩で歩き続け、腹が減ったら山野の実を採り、川の水で喉を潤す。
幸い、季節は春先で、山野には木々が芽吹いて、食糧には事欠かなかった。何が食べられるか、何を口にすると毒になるかは、少年は村の暮らしで充分な知識があった。
新たな村を見つけると、一夜の宿を求め、金が必要なら働いて、少年は旅を続けた。旅の途中で、少年は漢語を少しずつ覚えて行った。
ゆっくりと日にちを掛け、少年は少しずつ知識を蓄えた。故郷から離れるにつれ、言葉は変化し、少年は歩く速度で中央で使用されている言葉を覚えていった。もちろん、巻紙を読み解くための文字も、覚えていった。
やがて巻紙に書かれた内容を、完全に理解する日を迎え、少年の胸には、怒りの炎が燃え盛っていた。
こんな理不尽な理由で、村の男たちは殺戮されたのか!
父親を殺した将軍に対する怒りはもちろん、あったが、それ以上に将軍を派遣した中央政府の命令は、少年の胸に、冷たい怒りの炎を焚きつけた。
絶対、この仇は、果たしてやる!
少年は、それにはどうすべきか、一心不乱に考え込んだ。
中央の事情に詳しくなるにつれ、それにはどうあっても、政府の一員になる必要が痛感された。
政府の一員とは、官僚を意味する。
官僚になるには、科挙を受験して、合格する必要があった。が、地方出身で、中央の言葉も流暢に話せず、十二歳になるまで目に一文字もなかった少年が、百人に一人、千人に一人しか通過できない科挙を合格するなど、夢物語でしかない。
宮廷に入り込むには、もう一つ、手段が残されていた。
ある意味、少年が人間であるという存在理由を否定する手段であった。しかし、冷静に考えた末、それ以外には有り得ない。
それは宦官になる、という選択である。