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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第四章 持衰
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 船の多くの部分は、浸水を免れ、原型を留めていた。幾つかの船室を覗き、朧は首を傾げた。

「嵐とは思えぬな。嵐で遭難したなら、も少し、壊れておるはず。どうやら、海賊の類にやられたようじゃ。それが証拠に、荷物がほとんど見当たらぬ」

 朧の判断に、久忠の胸に疑問が湧いた。

「それでは、あの娘、どうやって生きておったのじゃろう。食い物はあるか?」

 久忠の疑問は、厨房と思える場所で氷解した。

 厨房には、食物が残されていたのだ。樽に一杯の乾し肉、乾し魚が残されていた。幾つかを摘んで、久忠は匂いを嗅いでみた。

 充分、食用に耐える。これを食べて、アニスは生きていたのだろう。水は天水を桶で溜めていたらしい。幾つかの桶が、甲板に並べてあった。

 厨房で、久忠は見慣れぬものを見つけた。

 樽の一つに、豆腐のような見掛けのものが詰め込まれていた。表面には青かびが薄っすら、蔓延はびこっている。

 朧は、ちょっと覗いて大きく頷いた。

醍醐チーズじゃ! 胡人の食するものらしいな」

 久忠は朧の博識に、少し驚いた。

「醍醐味の、醍醐か? しかし、こう黴びていては、台無しじゃな」

 朧は、ぐすっと鼻で笑った。

「違うのじゃ。この黴は、わざと生やさせておるのじゃ。この青黴があるゆえ、醍醐の風味が熟成し、長持ちする」

 久忠は、顔を顰めた。このような気味悪いものを食するとは、信じられない。朧は、久忠の感想を笑った。

「お主も、納豆を食するであろう。納豆は、豆が腐ったものと考えると、そう大した違いはない」

「ふむ」と久忠は素っ気無く、頷いた。

 食い物の疑問は解けた。しかし、何が船で起きたのか、詳細はまだ判らない。他の人間は、どこへ消えたのだろう。死体の一つさえも、残っていないとは。

 朧は考え深げな顔になり、久忠に向かって自分の推測を口にした。

「あの娘、儂らが見つけたとき、声一つ発しなかったな。小七郎が腕を掴んだ時は、さすがに悲鳴を上げたが。それに、お主が身の上を尋ねた時も、涙は零れておったが、声を出して泣き喚くなど、しておらん」

 久忠は朧の言葉に、頷いた。

「うむ。気丈な娘じゃ」

 朧は久忠を横目で見た。

「そのような態度を取れるのは、どのような娘だと、お主は思う?」

 久忠は、はっ、と顔を挙げて朧を見た。朧は、意味ありげな目付きになっている。

「身分がある、と申すのか? もしや、姫と呼ばれる身分だから、悲鳴も上げず、泣き喚きもせず、とお主は言いたいのか」

「船にあの娘以外、人っ子一人たりとも見当たらぬのも、妙だ。何が起きたと思う?」

 久忠は考え込みながら、呟く。

「海賊が、捕虜として連れ去った、と?」

 朧は微かに皮肉な笑いを浮かべた。

「奴隷だよ! 船の荷だけでは飽き足らず、船の人間を、奴隷として捕えたのだ。海賊では、よくある話じゃ。多分、姫を守るため、船の人間は、従容として連れ去られるままだったのかもしれぬ」

 久忠は俄かに、不安が胸を締め付けるのを感じた。

「そうか。下手に騒ぐと、姫が乗っていると、気付かれる。それなら、大人しく捕われるままになって、姫の存在を隠したのかもしれぬな」

 朧は、アニスらを残した船室方向を見やって、言葉を続けた。

「相当に身分が高い姫だとして、そんな身分の娘が、ここで何をしておるのか? あの娘に尋ねても判らぬかもしれぬが、目的地はどこだったのだろう?」

 久忠は唸った。朧は、さらに問い掛けた。

「あの娘、お主は、どうするつもりじゃ?」

 久忠は朧を見た。

「どうする、とは?」

「我らの船に、連れ帰るつもりか?」

「いかん、と申すのか?」

 朧は眉を寄せて、顔を左右に振った。

「賛成は、できかねるな。面倒の元じゃ!」

 久忠は思わず、怒鳴っていた。

「この船に残せば、いずれ死ぬぞ!」

「それも運命{さだめ}。人にはそれぞれ、運命がある」

 朧は瞼を半分下げ、宣告するように久忠に向かって答えた。

 久忠は、くるりと朧に背を向け、大股になって厨房を飛び出した。

「拙者は、見殺しにはせぬ!」

「良く考えるのだ。太郎左衛門殿!」

 背中から、朧の言葉が追い掛けて来た。だが、久忠は振り返りもせず、アニスと小七郎が待つ船室へと走っていた。

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