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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第三章 孤児
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 久忠は箍屋の離れに床を取って寝そべり、天井をじっと見上げている。

 天井板の木目は複雑で、入り組んだ模様を見上げていると、海原の波を見ている気分になった。

 じりじりと、微かな音を立て、灯明が芯を燃え上がらせている。灯明の光が揺らめき、見上げている久忠の耳に、波音が聞こえてくるようだった。

 いよいよ、出立か……。

 久忠はこれからの日々に、胸を膨らませるべきか、憂いを感じるべきか判らなかった。

 御所の役目を果たすのは、名誉だろう。しかし役目というのは、どう言い訳をしても、大明の紫禁城から神器を盗み出す仕事である。もし成功しても、おおぴらに公言できないのは、判りきっている。

 ──いよいよ、明日、出立で御座るな……。

 聞き慣れた声調子に、久忠は身動きもせず、口の中で囁いた。

おぼろか?」

 ──左様。盗賊団殲滅に、太郎左衛門殿が果たした御活躍。感服致した。

 久忠は、少し顔を上げた。

「見ていたのか?」

 くっくっくっく……と密かな笑い声が響いた。

 ──拙者は、常に太郎左衛門殿の影として寄り添って御座る。

「ふん!」

 久忠は、再び頭を寝床に戻した。

 朧が密かに囁いた。

 ──それにしても、小七郎殿をこの旅に同道するのは、賛成できませぬな。

 久忠は、船を港で見た瞬間、小七郎を一緒に連れて行くと決意して、菊子に告げたのだ。その会話を、朧は盗み聞いていたのだろう。

「卑怯な奴だ……。いつになったら、拙者の前に姿を見せる?」

 ──はっはっはっは……。

 朧は、乾いた笑い声を上げた。

 久忠は、父の忠行が、忍びは「卑怯」「臆病」「詐欺漢」などと悪罵を投げつけられると、それを賞賛と取ると教えてくれたのを、思い出した。朧に向かって「卑怯者」と罵るのは逆効果なのだ。

 ──明日、太郎左衛門殿が船に乗り込めば、拙者の姿を目にするで御座いましょう……。

 声は遠ざかった。

 久忠の胸は騒いだ。

 あれほど姿を現すのを嫌った朧が、遂に自分の目の前に姿を晒すのだ。

 朧の正体をあれこれ考え、久忠は眠気を感じなかった。

 密やかな足音が近づくのを感じ、久忠はそろそろと枕元に用意している刀に手を伸ばした。

 が、その手が引っ込み、布団に戻った。

 足音の主が判明したからだ。近づいてくるのは、菊子だ。

 障子が滑る音がして、菊子が膝をついている。灯明の微かな明かりを受け、菊子の顔は白々としていた。

「何を……」

 言いかけた久忠の言葉を、菊子はそっと手を挙げて留める。

 膝をにじらせ、菊子は久忠の寝床に身を移した。膝に両手を置き、菊子は久忠の顔を見下ろした。

 大きく呼吸しているのが判る。

 何事か、決意を固める様子だった。

 遂に、菊子が唇を開いた。

「お情けを……」

「菊子殿!」

 久忠が半身を起こすと、菊子は思い切ったように、胸に飛び込んできた。抱き止めると、菊子の身体は、震えている。

「淫らな女とお思いにならないで下さいまし! 何だか、これが今生の別れのような気になって、押して参りました! どうか、左衛門様のお情けを承りたく存じます!」

 かちかちかちと、菊子の歯が細かく鳴っていた。久忠は菊子の顎に、指先を触れさせた。久忠の指の動きに、菊子が顔を上げる。

 頬は上気し、瞳には薄く、涙が滲んでいた。

「菊子殿……」

 菊子は軽く、いやいやをした。

「菊子と呼び捨てになって!」

「菊子……」

 久忠は両腕に力を込め、菊子を抱き寄せた。朧が見ているかも、知れぬ……。と、ちらっと考えたが「ええい! 見せ付けてくれる!」と思い直し、菊子を抱く腕に、力を込めた。

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