二
少年はさっと窓から身を離し、室内を狂おしく見回した。
入口の横に、農作業で使う大鎌が立てかけられている。長さは少年の腰辺りまであり、鎌の刃は三尺ほどもある。少年は大鎌を両手で握り締めた。
「お前、何をするつもりだいっ?」
母親が蒼白になって、少年に叫んだ。少年は母親に向かって叫び返した。
「父ちゃんの仇を討つっ!」
「馬鹿っ!」
母親は真っ赤な顔になって、少年の手から大鎌を奪うと、どん、と体当たりをしてきた。
思いもかけない母親の反応に、少年はずるずると壁に背を押し付け、そのままぐいぐいと室内に押し込められる。
母親は顔を真っ赤にさせたまま、喚いた。
「お前に何ができる? 殺されるのが関の山じゃないか! 父ちゃんに言われたように、隠れるんだ!」
襟首を掴まれ、母親は少年を引き摺って行く。母親の力は物凄く、少年は、まるっきり抵抗すらできなかった。
大瓶の並んでいる所へ、母親は少年を引っ張って行く。母親は空の瓶を選んで蓋を取ると、その中へ少年を押し込んだ。
「決して出るんじゃないよ!」
がたりと、少年の返事も待たず、母親は瓶の蓋を上から被せた。どすどすと母親の足音が遠ざかり、少年はようやく恐怖を覚えた。身体が勝手に震えるのを感じ、少年は自分の反応を意外に思えた。
俺は怖いと思っているのか……?
違う! と大声で叫びたかった。なのに、身体は強張り、まるで動けなかった。
じっとしていると、外での騒ぎが、瓶ごしに聞こえてくる。
わあわあと男たちの悲鳴、兵士たちの唸り声、女たちの泣き声。どたばたと行き交う足音。その中に、鋭い漢音が混じる。
やがて、静寂が戻ってきた。
震えながら、少年は蓋を頭で押し開け、瓶から上半身を出した。
がたん! と蓋が地面に落下し、少年はびくりと飛び上がった。じっとしていたが、何も起きないので、ようやく下半身を瓶から引っ張り出し、地面に両脚をつけた。
膝に力が入らないまま、少年は家から外へ彷徨い出た。
途端に、啜り泣く女たちの声が聞こえてくる。声は畑から聞こえてくる。畑の数箇所で、女たちが地面にぺたりと座り込み、大声で泣き喚いていた。
女たちの前には、斬り殺された男たちが、地面に横たえられている。
少年の鼻腔に、ぷん、と血潮の匂いが突き刺さった。畑の地面には、大量の血液が流れ、土に沁み込んでいる。
よろよろと足を引き摺り、少年は畑に足を踏み込んだ。
目の前に、母親が茫然とした表情で座り込んでいた。母の前には、父親が無残な姿を晒していた。
首筋にぽっかりと切り傷が開き、上半身は真っ赤に染まっている。父親の両目は虚ろに見開かれ、口は驚愕の瞬間のまま、あんぐりと開かれていた。
少年は母親の隣に座り込んだ。
「父ちゃん……」
呟くと、それが切っ掛けだったのか、母親が悲鳴のような鳴き声を上げていた。
かさかさという音に視線を向けると、地面に丸まった紙が風に吹かれている。紙には何やら、文字が書かれている。軍隊が残したものに違いない。
少年は巻紙を手に取った。
無論、一文字も理解できない。
多分、これに書かれている内容が、今回の突然の殺戮の惨劇に繋がったのだ。巻紙を握り締め、少年は決意した。
この仇は、必ず討ってやる!
それには、まず、巻紙に書かれた内容を理解しなければ……!
少年は、立ち上がった。