六
小七郎が久忠に向かって、無我夢中になって突き掛かった。
さっと久忠は身を翻し、手にした笹竹を、ぴしりっ! と小七郎の手首に打ち当てた。
「痛っ!」
小七郎は苦痛に声を洩らし、思わず脇差を取り落とした。
背後から久忠は、小七郎の腰に竹を再び、ぴしっ、ぴしっと当てる。
「それそれ、その腰では刀を構えるなど、無理じゃ! もそっと、腰を沈め、臍下丹田に力を入れる必要があるぞ!」
「畜生っ!」
さっと小七郎は地面に落とした脇差を拾うと、今度は横殴りに切り掛かった。
久忠は小七郎の顔に、竹先を当てながら、声をかける。
「さっき申したじゃろうが? 構えがなっておらぬ! それに、拙者を殺すなら、一時も目を逸らしてはならんぞ!」
ぴしっ! ぴしっ! と小気味良い音を立て、細い竹先が小七郎の顔といわず、手首、足首、背中に、腰に当てられた。
当てる毎に、久忠は小七郎に、剣術の極意を訓示した。
「背が曲がっておる! 腰をもっと前へ、顎を引け! 違う! 腹を押し出すのじゃ! 腰がふらついておる!」
小七郎はめげずに、何度も何度も、久忠に向かって切り掛かる。久忠も、飽きずに竹を振り下ろし、繰り返した。
どのくらい時間が経過しただろうか。
ふと気付くと、風雨はすっかり止んで、雲間から午後の日差しが覗き始めていた。
小七郎は鞴のような呼吸を繰り返している。体温のせいで、全身から薄く、湯気が立ち上っていた。
足下はふらつき、手にした脇差の先は、だらりと垂れている。
「死……ねえ……」
力なく小七郎は口の中で呟くと、ふらふらと漂うように久忠に近寄った。
視線は虚ろで、すでに久忠を認めているようには、見えない。意識朦朧とした状態のまま、執念だけで脇差を構えている。
久忠は力一杯、情け容赦なく、竹先を振り下ろした。
びしっ! と、音高く、小七郎の手首に竹先が当たる。
がちゃんっ!
小七郎の手から、脇差が地面に転げ落ちた。そのまま、地面に目を落とし、小七郎は前のめりになって、倒れ込む。
ふうーっ、と久忠は大きく、息を吐いた。
心中、小七郎の頑張りに、驚嘆していた。多分、生まれてから一度も、剣術の手ほどきなど受けた覚えはないのだろう。小七郎の構えを一目見て、それは察せられた。
腰はへっぴり腰で、両手に握り締めた脇差を、泳ぐような格好で突き出している。あれでは素人相手ならともかく、久忠のような熟練した相手なら、軽々と避けられる。
それでも小七郎の資質は、抜群のものがあると考えていた。もし、久忠が手ずから鍛えられるなら──。
もし、小七郎が久忠の修練に耐えられたら──。
もし──。
その暁には、小七郎は久忠を討ち果たせるであろうか?
それでも良い、と思った。
腰を屈め、小七郎の様子を観察する。
完全に、意識を失っていた。瞼を裏返すと、白目になっている。
地面に落としたままの脇差と、鞘を拾う。鞘に刀身を納め、腰に差した。
小七郎の胴に手を入れ、肩に抱え上げた。抱え上げられても、小七郎はぴくりとも、動かない。
そのまま、林を抜け、山道に戻って、斜面を降りて行く。
街道に戻ると、すでに盗賊相手の戦いは掃討戦になっていて、地面には討ち果たされた盗賊たちが大の字に、或いは地面に爪を立てたままの姿で、ごろごろと倒れている。
追い詰められた盗賊は、あちらこちらで命乞いをしていた。すでに手足に縄を打たれた盗賊は、観念したのか、がっくりと項垂れていた。
「おお! 愛洲殿!」
兵たちが久忠を認め、陽気な声を掛けてきた。どの兵たちも、勝利に顔が赤らみ、満足げな表情だ。
近寄ってきて、久忠が肩に担いでいる小七郎の姿に気付く。
「その小童は?」
「もしや、盗賊たちの仲間では?」
久忠は不機嫌に答えた。
「拙者の一人息子で御座る。長年、離れ離れになっておったが、今日、やっと巡り会え申した」
久忠は、一人一人の兵を睨みつけるようにして、宣言する。
「良いか! この童は拙者の一人息子。決して、盗賊づれのような、胡乱の輩ではない」
久忠が強く主張すると、兵たちは不得了ながら、頷き返した。その中を、久忠は小七郎を担いだまま、通り抜ける。背中に、兵たちの視線を痛いほど意識する。




