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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第三章 孤児
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 茫然としていたのは、一呼吸の間だけだった。

 久忠は決然と眉を寄せ、小七郎の走り去った方向に、自分も駆け出した。

 このまま逃すような失態があってはならない。何としても追いついて、保護せねば!

 小七郎は、久忠の一人息子なのだから!

 槍を放り出し、久忠は降りしきる雨を突いて、走り出した。

 いつの間にか、霧雨は本降りになって、風も出てきたようだ。横殴りの雨に、視界はひどく狭められる。

 街道を曲がったところに、崖に向かう、細い踏み分け道を認める。何の確証もないが、久忠はその道に踏み込んだ。

 幅はやっと、一人が歩けるほどで、両側から笹が生い茂り、足下も確かではない。雨はたっぷりと崖に降り注いで、地面はぐちゃぐちゃと泥濘ぬかるみになっていた。

「小七郎──っ!」

 久忠は胸一杯に息を吸い込み、風雨を突いて叫んだ。当然ながら、応えはない。

 じっと耳を澄ませていると、微かな草先が、がさがさと擦れ合う音が聞こえる。

 あっちだ!

 久忠は道から離れ、密生した下生えを掻き分け、崖を登り出した。足下が滑るので、生えている笹を掴んで、じ登るように進んで行く。

 降りしきる雨の幕を通して、遠くに人影を目にした。小柄で、ほっそりとした身体つきをしている。

 久忠は息を詰め、足を速めた。ほとんど四つん這いになって、急な斜面を駆け上がる。

 木々が密生している林に入ると、吹き付ける雨は遮られるが、葉に溜まった雨粒が滴り落ちてくる。

 こっちは幾つもの雨粒が合わさっているため、久忠の全身は水中に没したように、どっぷりと濡れてしまった。久忠は泳ぐように、急斜面を登った。

 久忠は遮二無二、坂を駆け上がった。無意識に、摩利支天の真言を口の中で唱えている。

 腰まで生い茂る笹を掻き分け、掻き分け、久忠は木々の間を走っていた。

 不意に、目の前がぽっかりと開き、真っ白な天が視界に飛び込んできた。地面は平坦になり、久忠は開けた場所に来ていた。森の中に時折は見受けられる、空き地だろう。

 さっと周囲を見回すと、腰までの下生えに埋まるようにして、少年らしき人影が懸命に遠ざかろうとしている。

「小七郎──っ!」

 片手を口に当て、久忠は怒鳴った。

 少年の動きが、ぎくりと止まった。顔が久忠の方向を向いたようだったが、すぐ背中を見せて走り出す。

 久忠は小七郎の姿に力を得て、足に力を込めた。

 やはり、大人と子供の足は違う。久忠は見る間に、小七郎との距離を詰めて行った。

 ここが先途と、久忠は飛ぶように駈けて、小七郎の背後に迫る。腕を伸ばし、小七郎の襟首を掴んだ!

「離せっ!」

 襟首を掴まれた小七郎は、狂ったように手足をばたつかせる。久忠は小七郎の身体を羽交い絞めにすると、足を絡め、二人共々、地面に倒れこんだ。

「小七郎、良く聞け! 拙者がそなたの父親、愛洲太郎左衛門じゃ! 母者の不幸は、今、耳にしたばかり。そなたと、母者を長年ずっと放ったらかしにした無礼は、謝ろう。そなたのためなら、拙者のできる限りの償いをいたす! これは、武士の約束じゃぞ」

 小七郎の耳元に、必死で叫んだ。叫ばないと、吹き荒れる風雨に、声が千切れそうになる。

「五月蝿え……。手前は、母ちゃんの仇だ! きっと、手前を、俺の手で殺してやるからな、覚悟しな!」

 憎々しげな視線で、小七郎は久忠の言葉に、一寸も心を動かした様子はない。出し抜けに、小七郎は久忠の腕に、がぶりっ、と噛み付いた。

「!」

 久忠は声を押し殺して、耐えた。ぎりぎりぎりと、小七郎の歯が、久忠の肉に食い込む。痛みを堪えつつ、久忠は小七郎の耳に口を押し当て、話し掛けた。

「小七郎、拙者を母者の仇と思う、そなたの覚悟は良く判った。それなら、拙者は、そなたに討たれてやろう」

 ぱっと、小七郎は久忠の腕から口を離した。久忠の腕から、小七郎の口の形に、血が滲んでいる。

「何だって?」

「そなたに、殺されても良い、と申しておる。じゃが、今は無理じゃ。そなたは、何も手に得物を持ってはおらぬではないか。よいか、拙者と共に、堺へ帰ろう。拙者が、そなたに、武器を与える。その武器で、拙者を討ち、見事に本懐を遂げるが良い」

 小七郎は、用心深げな表情になった。

「手前、何を言っているんだ! 正気か?」

 のろのろと、久忠と小七郎は立ち上がる。久忠は小七郎に目を真っ直ぐ当て、大きく頷いて見せた。

「武士に二言はない!」

 小七郎の視線が、久忠の腰に動いた。久忠はちらっと、自分の両刀に目をやった。小七郎は指先を、久忠の大刀に向けた。

「嘘がないって言うんなら、手前の腰のもの、さっさと寄越しな! そいつで、手前を殺してやる!」

 久忠は苦笑いした。

「左様か……。判った! そなたは、まだ子供じゃ。大刀では長すぎる。こちらの脇差なら、ちょうど長さが足りる」

 腰の脇差を抜いて、ぐっと鞘を掴んで小七郎に差し出してやる。小七郎は、恐る恐る、へっぴり腰になって、手を伸ばした。

 受け取った小七郎は、柄を抜こうとして、柄袋が邪魔になるのに気付いた。歯を柄袋の紐に立て、狂おしく袋を取り去る。

 ぱっと刀身を抜き放ち、両手で構えた。鞘はその場に、投げ捨てる。

「覚悟しろっ!」

 久忠は手近の笹を一本折り取り、小枝を毟って、手に持った。久忠の行為を見て、小七郎は声を荒げた。

「何のつもりだ?」

「拙者も武士、何もせずに、そなたに討たれるわけには参らぬ。拙者の得物は、この笹竹一本じゃ! これにて、相手致そう」

 ひくひくと、小七郎の唇が歪んだ。

 久忠に与えられた脇差を拝むように振り被り、絶叫した。

「死ねえーっ!」

 ぱっと小七郎は刃先を振り下ろし、久忠を目掛け、突進する!

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