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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第三章 孤児
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 背後で、護衛の兵と、盗賊たちが激しく争っている音が聞こえている。

「ぎゃああっ!」「死ねっ!」「うおおおっ!」

 言葉にならない喚き声を上げつつ、お互いの得物を振り回している。盗賊たちの多くが刀か棒を使っているのに対し、防備側は槍を武器にしている。

 防備側は、久忠が事前に訓練した通り、盗賊たちを、周囲から押し包むようにして、包囲している。数が多いので、一対一にならず、必ず二、三人が一人の敵に相対するよう、動いている。

 背後の気配から、味方が有利に展開していると判断できた。

 久忠は、目の前の相手に専念する決意を固める。

 年の頃、十四、五歳ほど。

 ほっそりとした身体つきだが、手足の筋肉は逞しそうだ。顔は日に焼け、真っ黒。白い歯と、良く光る両目が野獣のような印象を与えている。

 髪の毛はぼさぼさで、粗末な荒縄で後ろに縛っただけだ。

 手にしているのは、刀だが、明らかに体格に合っていない。どう見ても、長すぎる。

 柄は縄をぐるぐる巻きにして、つばは錆だらけ。刀身は手入れを一切しておらず、久忠の位置からも、ひどい刃毀はこぼれが見て取れた。

 恐らく、どこかの戦場から盗んだものだろう。

 久忠は刀を抜かない。

 というより、抜けない。

 この雨で、刀身が濡れるのを嫌い、柄袋を念入りに被せてある。抜こうと思えば、柄袋を外すため、手間が掛かる。その間に切り懸かられたら、防ぐのは不可能だ。

 もっとも、最初から抜く気はない。一対一の決闘ならともかく、乱戦になるのが判り切っていたから、柄袋を用意したのだ。

 久忠は唇を舐め、どうすべきか迷っていた。

 目の前の少年は、久忠の息子だろうか? 少年の顔に、久忠自身の面影を探す。

 しかし少年は、久忠の迷いなどお構いなしに、刀を力任せに無茶苦茶に振り回し、喚きながら突進してきた。

 構えも何にもなっちゃおらず、自己勝手流だが、若さゆえの敏捷さと、底無しの体力まかせで攻撃して来る。

 久忠は持て余した。

 手にした槍で振り払い、刀を奪うのは容易たやすい。だが、それでは思いも掛けない怪我を、少年に負わしてしまう危険がある。

 久忠がのらりくらりと相手をしているうち、少年に疲労が溜まりつつあるのが、判った。

 身体中から、仄かに湯気が立っている。雨粒で流され、判らないが、少年の顔には、滝のような汗がほとばしっているはずだ。少年は、激しく喘ぎ、両肩が上下している。

 久忠は思い切って、話し掛けた。

「お主、名前は?」

 少年は、久忠が話し掛けたのが意外だったのか、驚きの表情を浮かべた。

「なぜ、聞く?」

 短く答え、手にした刀を横殴りに振るった。久忠は一歩飛び下がり、槍で受けた。

 かん! と乾いた音がして、少年はよろよろっと、歩調を乱す。相当、疲れている。

「もしや、小七郎と申すのではないか?」

「お前、誰だっ!」

 少年は絶叫し、また切り掛かる。しかし剣先に勢いはなく、大振りで、久忠は軽々と避けられる。

 少年の切っ先が、重そうに下がった。

 今だ!

 久忠は槍を、少年の刀身に振り下ろした。

 がっき! と切っ先が、地面に減り込む。きいーんっ! と歯の浮くような音がして、少年の刀が、真っ二つに折れた。

 久忠は、茫然と折れた刀を見詰めている少年に、もう一度、尋ねた。

「お主、小七郎であろう?」

 ぜいぜいと喘ぎながら、少年は久忠を睨み、口を開いた。

「なぜ聞く? お前、何者だ?」

 久忠は切り札を晒した。

「母者の名は? もしや──」

 久忠が口にした女の名前に、少年は真っ赤に頬を染め、喚いた。

「誰なんだっ! どうして、俺の母ちゃんの名前を知っているんだ!」

「儂の名前は、愛洲太郎左衛門。お主の母者とは、十五年前に懇意だった。やはり、お主は、小七郎と申すのだな……」

 少年──小七郎の表情が、驚愕に歪んだ。

「まさか、手前は俺の親父かっ?」

 久忠は槍を引いた。

「左様。拙者が、お主の父親である。長い間、放っておいて、済まなんだ」

「畜生っ!」

 折れた刀を振り被り、小七郎は無二無三に、久忠に切り掛かる。しかし最初の勢いは、すでにない。

 久忠は、ひらりと身を翻すと、片手で小七郎の手首を掴んだ。

 ぐいっと捻り、小七郎の手から、刀を取り上げる。小具足の技で、久忠は小七郎の身動きを完全に封じていた。

「畜生……殺してやる……絶対、手前を、俺は殺してやるからな……!」

 呪文のように繰り返す小七郎に、久忠は話し掛けた。

「母者は、どうした。息災か?」

「母ちゃんは……死んだよ」

 歯を食い縛ったまま、小七郎は一語一語を、呪うように呟いた。答える間も、小七郎の両目は、ひたと久忠に向けられ、爛々と怒りに燃えていた。

「死んだ……?」

 一瞬、呆然となった久忠の力が緩んだ。その瞬間を逃さず、小七郎は狂ったように身を捩り、久忠の縛めから逃れ出た。

 ばしゃんっ、と水飛沫を上げ、地面に転がった小七郎は、驚くべき速さで立ち上がると、降り注ぐ雨をものともせず、全身で喚いていた。

「母ちゃんは、死んだ! 食うものもなく、着るものもなく、貧乏で死んだんだ! 手前は、その時、どこにいた? 自分勝手な、武者修行の旅を気儘に続けていたんだろう?」

 さっと背を向けると、小七郎は久忠の前から駈け去っていった。

 久忠は追えなかった。ただただ、小七郎の弾劾に、身を固くしているだけだった。

 ──手前はその時、どこにいた? 自分勝手な、武者修行の旅を気儘に続けていたんだろう?

 小七郎の言葉が、何度も久忠の胸に木霊していた。

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