表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十七章 帰途
105/105

『箍屋』に戻った久忠に、菊子はいつものように、書院に通して対面した。傍らには、桟橋で目にした男児を伴っている。

 朧とは、堺の港で、別れた。正しく言えば、気がつくと、居なくなっていた。忍者らしく、煙のように、姿を消したのだ。

 躾けがきちんとされているのか、男児は、大人しく座っていた。

「その子供は?」

 久忠の質問に、菊子は一礼し、答えた。

「あなたのお子で御座います。太郎左衛門様が、明へお渡りなられた際、身篭りまして御座います」

 悪びれない、凛とした態度で、菊子は答えた。菊子の答を予想していた久忠は、驚きもせず、深く頷いた。数えてみれば、日にちは合っている。

 久忠は男児に顔を向け、尋ねた。

「名は、何と申す?」

 男児は真っ直ぐ、久忠を見上げ、元気良く答えた。

「小七郎と申します!」

 久忠は表情を変えまいと、必死に己を律した。

 どうやら、久忠の密かな努力は、実を結ばなかったようだ。菊子は微かに笑いを見せ、しっとりと頭を下げた。

「どうしても、あの小七郎様のお姿が目に浮かびまして。それで、お名前を頂きました。そういえば……」

 物問いたげな、表情になる。

 久忠は、庭先に視線を遊ばせた。庭先には、見事な紫陽花が、夏の日差しを浴びて、咲き誇っている。

「あれは、死んだよ」

 菊子は息を呑んだ。

 久忠は再び、菊子に目をやった。菊子は表情を固くして、久忠の言葉を待っている。

「死んだ──そう承知してもらいたい」

 言い切ると、久忠は口を噤んだ。他に、どう言い訳すべきだろうか? まさか、小七郎は、明の皇帝位を継いだ、などと説明するわけにはいかない。

「左様で御座いましたか……」

 菊子も多くは問わず、下を向いた。

 久忠は、北京へ向かう船上で、占い師に告げられた予言を思い出していた。

〝息子を失い、また息子を得る〟と、占い師は久忠に告げていた。あれは、今の状況を、予言していたのだろうか? まさしく、久忠は小七郎を北京で失い、堺の町で、もう一人の小七郎を得たのである。

 愛洲小七郎は、後に元香斎小七郎と名乗り、父の移香斎久忠より『影(陰)流』を受け継ぐ。

 小七郎の受け継いだ影流は、さらに上泉伊勢守信綱に伝授され、徳川幕府お家流の剣術となる『新陰流』を産む母体となる。

 さらに成化帝から、帝位を襲った第十代の明皇帝、弘治帝は、後世の史家より、明代中興の祖として、高い評価を受けている。

 この長い物語の、もう一人の主人公、汪直であるが──。

 歴史上、もう一人、『王直』という人物が存在する。『汪直』と、『王直』。通常、この二人は、名前が似ている別人、とされている。

 が、もし、同一人物であれば?

 こちらの王直は、別名を五峰と名乗り、日本の戦国期に活躍した、倭寇であった。

 倭寇、つまり海賊である。この時代、明は海禁を国是とし、海上貿易は表向き禁止されていた。従って、自由貿易に従事する船乗りは、自動的に海賊とされ、倭寇と呼ばれた。この時代の倭寇は、ほとんどが大陸、朝鮮半島の人々で占められ、本物の日本人は、二割から、三割にすぎなかった。

 戦国期で重要な武器の一つに、火縄銃がある。日本の戦いの常識を塗り替えた武器として火縄銃が登場したのは、日本の種子島に天文十二(一五四三)年、ポルトガル船が漂着してからとされるが、この火縄銃伝来に重要な役割を負ったのが、王直と名乗る、倭寇の人物であった。

 日本中に普及した火縄銃は、やがて豊臣秀吉の日本統一へと向かう。当時、世界最強だった日本の軍事力を背景に、秀吉は明国征服の挙に出、文禄・慶長の役において、大陸へ侵攻する。

 明国征服は、秀吉の死によって中絶したが、この戦いによって、明国も国力を損耗し、やがては北の匈奴である、清に滅ぼされる遠因となった。

 王直がもたらした火縄銃は、結局、明帝国を滅ぼしたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ