一
きらっきらっと遠目に日差しを反射する鋭い金属の輝きに、少年はふと不安を覚えた。
何だろう?
それまで腰を屈め、刈り入れをしていた姿勢から背を伸ばし、片手を額に当てて日差しを遮る。
十二歳、という年頃の割りには、背が高く、整った顔立ちのため年上に見られる。眉太く、鼻筋通り、眼差しは黒々とした瞳のせいで、意志が強そうな印象を他人には与える。
畑には粟が取り入れ時で、今年の作は例年になく豊作だった。
少年の暮らす村では、粟、稗、黍などが主食で、麦、米などは栽培されていない。そのくらい中央から懸絶していて、草深い田舎でもあった。
後世の地図で表すと、大陸の河西チワン自治区にあたり、このあたりは、二十一世紀でも少数民族が昔ながらの暮らしを守っている場所が多い。
少年が周囲を見回すと、同じく農作業をしていた父親と、母親も不安な表情を浮かべていた。同じように気付いたのか、畑に出ている隣人たちも、腰を伸ばして遠くを見やっている。
「父ちゃん……」
少年が父親に声を掛けると、父親は「うむ」と生返事をして頷いた。少年は母親似であり、父親は朴訥とした、典型的な農夫の顔立ちをしている。
父親は背後を振り返り、両手を不安そうに組み合わせている少年の母親に声を掛けた。母親は少年と瓜二つの顔立ちをしていて、すらりとした身体つきをしている。
「家へ戻っていろ! 外に出るな!」
鋭い父親の命令に、母親は我に返ったように頷き返し、少年を見た。手を慌しく動かして、少年を招く。
「父ちゃんが言ったろう? おいで!」
少年は躊躇った。少年が動かないのを見て取り、父親は厳しく命令した。
「お前も家へ戻れ! 隠れていろ!」
「でも……」
少年が抗議の声を上げると、父親は眉間を狭め、声を荒げた。
「聞こえなかったのか! 隠れていろ、と言ったはずだ!」
ひひいーん……。
その頃、ようやく馬の嘶く声が届く。同時に、何人もの人間が立てる、規則正しい足音が重なった。かちゃかちゃと、微かに金属同士が擦れ合う音も、耳に届く。
少年は悟った。
軍隊が迫ってくるのだ!
母親が少年の腕を力任せに引っ張り、家へ向かって駆け出す。少年は母親と縺れ合うように、家の中へ駆け込んだ。
二人が駆け込んだ家は、村で共同に暮らしている集合住宅で、壁と壁が寄せ合うように建てられている。
福建省などでは円形の集合住宅が知られているが、ここでは、それほど規模が大きくはない。しかし、壁で囲まれた内部は、外敵の侵入に備えられている。
少年と母親が駆け込むと同時に、それまで畑仕事をしていた女たちが、自分たちの子供の手を取り、引っ攫うように、家の中へ連れ込んでいるところだった。
室内に駆け込むと、少年は小さな窓に顔を押し当て、畑の方向を見詰めた。
父親を始め、村の男たちが一斉に軍隊の接近を待ち構えている。
少年が見詰めるうち、砂埃を巻き上げ、軍隊は悠然と接近してきた。先頭には、煌びやかな軍装をした将軍らしき男が馬に跨り、片手を上げて隊を留めた。
列の中間から、急ぎ足で小柄な男が飛び出し、懐から巻物を取り出すと、一杯に広げて大声で何事が喋りだす。
男の喋るのは漢音で、少年には一言も聞き取れない。この辺りの村は、漢音では通じないのである。語源的には、ウラル・アルタイ語系の、アルタイ語族に属している。発音、語順ともに、漢族の使う言語とは異なり、通じない。もちろん、村にいる全員、漢音は一言も理解できない。
何か命令を伝えているようだが、畑で作業していた男たちは、ぽかんと大口を開け、茫然と聞き入っているだけだ。
軍隊を率いる将軍の顔に、徐々に怒りが差し上ってきた。堪らなくなったのか、鋭い声で、何事か畑の男たちに叱声を浴びせる。
言葉は判らなくとも、声の調子で、罵倒であると推察はできる。少年の父親が、ぐいとばかりに一歩、将軍につめ寄った。
少年の父親が、将軍に向かって何か言い立てた。父親の動きから「ここは、おらたちの村だ! 出て行け!」とでも叫んでいるのだろう。
馬上の将軍は、父親に向かって再度、何か叫んだ。叫び終えると、いきなり腰の刀を抜き放ち、横殴りに旋回させる。
見守る少年は、思わず口を手で覆った。
父親の首から、はっきり見て取れる血飛沫が吹き上がる。驚くほど大量の血液が迸り、見る見る父親の上半身は血に染まった。
ゆらりと芝居を見るように、父親の身体は崩れ落ちた。
ぎえーっ! と悲鳴を上げ、畑で立ち竦んでいた男たちが一斉に軍隊に背を向ける。
将軍が刀を振り上げ、大声で叫んだ。
それを合図に、軍隊の兵士たちが、手に手に武器を持ち、畑の男たちに襲いかかった。