第十六話『もしかしたら俺はもう働かなくてもいいかもしれない』
役場で受けられた次のクエストは、案の定、
「バッド・バット討伐」だった。
俺達はその依頼を受ける旨を美人受付嬢さんに告げた。
お姉さんの話によると、その町で一度クエストを受注すると、
それ以降はもうわざわざ依頼書に名前を書く必要はなく、
口頭で告げるだけで依頼を受けられるらしい。
手間が省けていいというか、ゲームのシステムっぽいというか。
まぁ今は前者ということにしておこう。
俺とハルカはその足で馬車乗り場へ向かい、
馬車を使ってコウモリの洞窟を目指すことにした。
そう、金さえ払えば、ひーこら言いながら歩く必要などないのだ!
結局、世の中金なのさ。金さえあれば何でもできる。
ちなみに馬車の運賃は、タクシー料金に似ていて、結構割高だ。
これだと、あんまり乱用は出来ないなと思った。
やっぱ、節約しないと駄目かもな。
草原を通り、森を抜け、目的地へと辿り着く。
コウモリの洞窟の外見は、何と言うか、
正直、何の変哲も無いTHE・洞窟だ。
中に入っても、その感想は変わらない。
ただ、ちょっとした違和感を除いては。
「マスター、ここにはコウモリが生息しているんですよね?」
「そのはずだけど」
「なら、松明に火が灯っているいるのはおかしくないですか?」
どうやら、ハルカも俺と同じ違和感を憶えていたようだ。
どういうわけか、洞窟内には火が灯っていて、
足元に不安を感じることなく進むことができている。
これだと、買ったばかりの懐中電灯を使うまでも無い。
まるで誰かが、人が手を加えたように、
洞窟内は明るい。
あれ? デジャブだ。
洞窟の最深部を目指して歩みを進めている時、そう思って振り返る。
まだ距離はあるが、洞窟の入り口方面から、
何者かの気配が迫ってきている。
昨日もそんなことがあった気がするな。
だけど、昨日とは違う点もある。
それはこの気配が前方からも迫ってきていること、
そして気配には、明らかな敵意が含まれていることだ。
「マスター……」
ハルカもそれに気付き、左手に真紅の弓を出現させる。
どうやらこれはコウモリじゃねぇぞ。
でも、こんなイベントあったけな?
うーん、思い出せん。
「どうしますか、マスター」
少し焦った声を出すハルカ。
そして洞窟内には、「ウキャ!」と、
猿のような声が響く。それも一匹じゃなくて、結構な数だ。
「この鳴き声……あぁ!」
思い出したぞ!
思わず笑みがこぼれる。これは、
『ゲリライベント』だ。
「ハルカ、スキル『連射』を発動」
「はい、『連射』発動します」
「おそらく、奴らは前方と後方から同時攻撃で挟み打ちにするつもりだ」
これが『ゲリライベント』なら、敵はそうくるはずだ。
「まずは前方の敵が攻撃範囲に入った瞬間に『連射』を放て!」
「了解です!」
ハルカは弓を引き、前方の敵へと狙いを定める。
複数の足音が近づいてくるのが分かる。
それと同時に「ウギャ」という声と、荒い息遣いも聞こえてくる。
「来たぞ!」
薄暗い洞窟の奥から姿を現したモノ、それは、
人型の魔物、つまりは、魔人だ。
奴らは小型で力も弱い、『劣等魔人』と呼ばれる種類のモンスターだ。
黒い身体に真っ赤な眼を付けていて、
人型の魔人でありながら、四足歩行で機敏な動きを見せる厄介者だ。
集団で行動する小型モンスターって概要はゴブリンに似ているが、
決定的に違うところがある。それは、
ゴブリンは腹を満たす為に、人の作物や家畜を襲うのに対し、
こいつらは富を得る為に、人を襲って身ぐるみを剥ぐという点だ。
それに頭もキレて、集団で盗賊団を結成したりするからタチが悪い。
「撃ちます!」
劣等魔人の盗賊達が攻撃範囲に入り、
ハルカは指示通りに矢を放つ。
放たれた矢は、その瞬間から数を増やし、
敵に到達するころには、炎の矢の雨となって敵を襲う。
スキル『連射』は、一度の攻撃動作で、
多数の通常攻撃を繰り出すことのできるスキルだ。
レベルMAXのハルカの『連射』にまでなれば、
その数は十や二十ではきかない。
特に、動きが素早く、回避率が高い敵にはとても有効なスキルだ。
この劣等魔人の盗賊も、高い回避率を誇る厄介な敵のうちの一種だ。
だけど当然デメリットもあり、所詮は通常攻撃をいっぱい出すだけなので、
防御力の高い上級レベルのモンスターには、あまりダメージを与えられない。
「反転して、もう一度『連射』を発動だ!」
「はい!」
前方の敵が、炎の矢の雨で焼かれている声を背中で聞きながら、
後方の敵へと攻撃を仕掛ける。
こちらの劣等魔人達は、飛びかかってくる寸前のところを、
炎の矢で貫かれていった。
僅か『連射』を二射しただけで、盗賊達は全滅した。
あっけないものだ。
「マスター、こいつらは一体……?」
「あぁ、『ゲリライベント』の劣等魔人盗賊団だよ」
「げり……?」
そこで言葉を切るんじゃないよ。
『ゲリライベント』ってのは、何日かに一回、
一時間だけ受けられる特別なクエストのことで、
経験値を多くもらえたり、お金をいっぱいもらえたりするんだ。
って、言ってもどうせ理解してくれないんだろうな。
「まぁ、たまぁにこういうイレギュラーな奴らが出てくるってだけ覚えとけばいい」
「そう、ですか……それで、もうこいつらの仲間はいないんでしょうか?」
「あぁ、多分全部倒したと思う」
前方から三匹、後方から三匹の合計六匹。
ゲームの時も、このイベントの敵は確かにこのくらいの数だった。
「それじゃあ、改めてコウモリ狩りの始まりですね」
「うーん多分だけど、あいつらが洞窟をアジトにする為に、コウモリは倒しちゃったんじゃないかな?」
「えぇ、それじゃあ、依頼を達成できないじゃないですかぁ?」
「いやいやハルカさん。依頼達成なんかより、もっと凄いものがこの奥にあると思うよ」
意味が分からず首を傾げるハルカを連れて、
洞窟の最深部を目指して再び歩み始める。
このイベントがゲーム通りなら、
もしかしたら俺はもう働かなくてもいいかもしれない。