第十話『早くここから逃げてくれよおっさん!』
「ハルカ! ついてこい!」
「はい、マスター!」
俺達が茂みを飛び出すと同時に、ズシン、ズシンと森の空気が振動を始める。
巨大な何かの足音であることは明確だ。
その何かは、ゴブリンの巣穴から現れる。
ゴブリンを二回りも三回りも大きくした巨大ゴブリン!
「ゴブキン! キタァー!」
ゴブリン・キング。略してゴブキン。
ゴブリン討伐のクエストを受けると、ごく稀に出現するレアモンスターだ。
「モンバス」にはいくつかのモンスターに、レアモンスターが設定されている。
俺もそれらを倒す為に、同じクエストを何度も何度も周回したっけな。
まさかそのレアモンのうちの一体が、一度目のクエストで出現するとはな!
「『衝撃矢』は使えるな?」
走りながらハルカに問う。
「はい!」
「では『命令』、スキル『衝撃矢』発動!」
「スキル『衝撃矢』発動します!」
「狙いはゴブリン・キング! 撃てぇ!」
放たれた矢は、ゴブリン・キングのでっぷりとした腹に直撃し、
敵はその衝撃で、一定時間動きを止める。
『衝撃矢』は、攻撃力こそ低いが、
敵の足を止めることのできるスキル攻撃だ。
前線ユニットの支援に特化したスキルで、
弓使いユニットなら大抵の戦士が覚えることができる。
「おっさん! 今のうちに、あんたらは茂みにいる二人を連れて退け!」
痙攣し、動きを止めているゴブリン・キングと相対し、
中年司令士に向けて叫ぶ。
こうして目の前にすると、やっぱでけぇなゴブキン!
体長はゆうに2mは超す巨体で、二の腕の太さなんてまるで大木だ。
「退けだと? 君こそ逃げたまえ! こんなゴブリン、私も見たことがない!」
中年司令士は、剣士に剣を構えさせ、やる気満々と言った態度を見せる。
自信過剰な馬鹿ほどムカつくものはないね。
この時ばかりは、流石に苛立ちがカンストした。
「ゴブキンも知らんくせに偉そうな口叩くな!」
思わず怒鳴りつけてしまった。
色々と失礼な事言われてムカついてたからね、しょうがない。
「あんたの雑兵じゃ相手にならんって言わないとわかんねぇのかよ!?」
これはちょっと言い過ぎたかもしれん。
低レアユニットでも、三体のユニットを上手く駆使すれば、
ゴブキンもまぁ、倒せんことはない。めっちゃ時間かかるけど。
でも、1体ずつしかユニットを操れないような『NPC』じゃほぼ不可能だな。
「失礼な、私の戦士達は皆優秀だ! 行け、ロジャー! 攻撃だ!」
「よせ止めろ、アホ!」
『衝撃矢』の効果は、攻撃を加えるとキャンセルされちまうんだよ!
無属性の剣士は健気にも、
言われた通りゴブキンに向かって剣を振り下ろす。
だが、ゴブキンは切られた腹を掻くだけで、
ほとんど効いている様子がない。
いや、実際効いてはいる。だけど、ほとんど意味が無いんだ。
ゴブリン・キングの特徴は二つある。
一つは体力、つまりはHPだな。
こいつのHPは、上級クエストのボス並だと言っていい。
低レアユニットが攻撃を加えたところで、焼け石に水ってやつだ。
弱いパーティだと、四分の一も削れずに全滅することもざらにある。
そしてもう一つは、攻撃力の高さだ。
高レアユニットをパーティに入れていたとしても、
中途半端な育成だと、一撃でやられてしまうほどの攻撃力だ。
つまり、このおっさん司令士と戦士達じゃ、相手にならないってこと。
だから初心者が幸か不幸かこいつに遭遇した場合、
大抵、上級者に応援を頼むことになる。
得られる報酬は山分けってことで減っちまうけど、
全滅して何も得られないよりはマシだ。
「馬鹿な、全くの無傷だと?」
馬鹿なのはあんたのおつむだ!
剣士の攻撃を受け切ったゴブリン・キングが動く。
大きく腕を振り上げて、パンチ一撃。
無属性の剣士・ロジャーは吹っ飛び、そのまま動かなくなった。
まさか、死んでないよな……?
いや、『気絶』しただけだろう。
「モンバス」ではHPが0になったユニットは『気絶』状態となり、
復活アイテムを使うか、一定の時間が経過するまでは使えなくなる。
きっとあの戦士もその状態だと思う。
うん、そうに違いない。そう願おう。
「そんな……私の戦士が一撃で……」
「これで分かったかよ。あんたは仲間を連れて早く逃げろ」
「そ、それなら、君も一緒に逃げるんだ! こんな化物、倒せっこない!」
アホか! せっかくのレアモンスターを前に逃げる馬鹿がどこにいる。
「『命令』、ハルカ、属性攻撃! 敵との距離は、最低4マスは取れよ」
「了解です!」
ハルカの『魔炎の弓』から、真っ赤に燃え上がる炎の矢が放たれ、
それが直撃すると、ゴブリン・キングの身体には炎がまとわりつく。
属性攻撃は通常攻撃とは違い、ユニット自身の属性を攻撃に乗せることができる。
自然属性のゴブキンには有効な攻撃だ。
ゴブリン・キングにはHPと攻撃力って長所もあるが、
もちろん短所もある。
HPが馬鹿みたいに高い半面、防御力がほとんど0に等しい。
だから弱点属性の攻撃、つまりは炎属性攻撃を加えてやれば、
HPをみるみる削ることができるのだ。
「攻撃が、効いてる……?」
いや、そんな感想はいいから、
早くここから逃げてくれよおっさん!