QUEST 9 『幻想会議』
中央イデアに位置する皇都センティデア。
その皇都の中央に位置する巨大な建築物こそが皇宮『センティデア城』である。
その城の西の塔のバルコニーに一人の女性がいた。
腰まで伸びた美しい真紅の髪、透き通る白い肌
常に国民を想い見つめる翠色の優しい瞳。
白いドレスを身に纏った彼女はイディリア皇国第一皇女
『アリスティア・イディリア・ウィンチ・エステル・オルリエッタ』本人だった。
彼女は憂鬱だった。
その理由は1年前、父である皇帝イデゴレア32世の突然の不可解な死であった。
一説では皇帝としての責務に追われ気に病んで自殺したとか王家の呪いだとか
言われているが彼女が父がそんな事で死ぬとは思えなかった。
「姫、お時間です」
やってきた侍女が彼女にそう伝えると中に戻り
城の奥にある立派な扉の部屋に向かう。
広い部屋の中には長いテーブルの周りに4人の貴族と思しき者達が座っていた。
彼らはイディリア皇国の4つの地方を管理する4大諸侯と呼ばれる面々だった。
右奥にいるのが東イデアの諸侯、グラネス公爵
左奥にいるのが北イデアの諸侯、ルイター侯爵
右手前にいるのが南イデアの諸侯、エルノア伯爵夫人
左手前にいるのが西イデアの諸侯、ドルーレ伯爵。
今回、この城に4大諸侯が集まったのは他でもない
父帝皇の死に政治が滞り、国が不安定な今を打開すべく
イディリア皇国の存亡をかけた最終的な会議を行うためであった。
「皆様、ごきげんよう」
「これはこれはアリスティア姫、お会いできて光栄です」
「挨拶は別によろしくてよ、そんなことよりはやく本題に入らないかしら?」
扇子を片手に持った女性はアリスティアにそう言い捨てる。
彼女の名はエルノア伯爵夫人、30代前半の盛り髪の女性で
南イデアを管理する諸侯であり美貌と知謀に恵まれ
その実力で今の地位に着いたとされる掴みどころのない人物である。
「そうですね、それでは第27回幻想会議を行います。
エルノア伯爵夫人、本題……というと次の皇帝の代わりは誰になるか
……ということですかしら?」
アリスティアの言葉に諸侯たちがざわめく
「姫、摂政のことでしたら私、このルイターにお任せ下さい」
自らをルイターと名乗る片眼鏡の男性。
彼は北イデアを管理する諸侯であり、厳しい極寒の地である北イデアを切り開き
人が住める場所にまで開拓した名士である。
「ルイター!貴様、それがどういうことがわかっているのか?!
姫様、どうかここは一つ、この中で最も爵位の高い私めにお任せください」
声を荒げる男性はグラネス公爵、東イデアを管理する諸侯で
多大の財力を運用することで東イデアを発展させ、先のイデア統一戦争においては
相手国の騎竜部隊を撤退させ、さらには相手国を攻め落とすという荒業をなした。
「ふん、貴様ら摂政になってどうするつもりだ?
好き勝手やって暴利をむさぼるつもりじゃないのか
いつの時代もそうして権力争いを繰り返す……嘆かわしいものだ」
そう言う彼は西イデアの諸侯、ドルーレ伯爵。
中東風の白い衣装に身を包んだ髭の男性で考古学のスペシャリスト。
西イデアに眠る数々の遺跡群を発見したことにより
伯爵の位を与えられた、4人の中では割と新参の諸侯でもある。
「皆様、私は摂政など求めていませんわ
私は皇帝イデゴレアの娘、帝王学は心得ております」
アリスティアは彼らに政治を握らせるわけにはいかなかった。
父皇と先祖が代々守ってきたこのイデアの地を平和で豊かなまま存続させること
これが彼らの願いであり家訓だったからだ。
「しかし姫様、あなたはまだお若い
ここは一つ、国の政治は我々に任せてもらえないだろうか」
「そうですわよ、それにイディリア皇家は代々男皇が存続し続けていた。
今から女王として君臨するのは少し難しいんじゃないかしら?」
エルノアが彼女をたしなめるように言う。
この国は長年、男の皇帝が代々国を治めてきたのだ。
長きにわたる風習を破るという事は、国の保守派からの反発もあったりするわけで
そう易々と変えることのできるものではない。
「じゃあ、この国はどうするというのだっ?!」
「ここは一つ、遊戯で決めませんこと?」
ああでもないこうでもないと議論はヒートアップしていた。
そんな中、エレノアの出した提案により場が静まる。
「遊戯だと?」
「えぇ、各地方に最近現れ始めた冒険者
彼らを使って楽しい遊戯をしましょう」
彼女は言う、自分の管理する各地方出身の冒険者達の中から5人集めて
それらを戦わせ、最後に勝った者が幻想界の覇権を握る……というものだった。
「ふんっ、とんだ茶番ですな……」
「冒険者を集めて闘わせる……なるほどいいでしょう」
「何っ?!姫、正気ですかっ?!」
「姫が許可するなら仕方あるまい……」
姫の鶴の一声により、諸侯たちは動きを見せ始める。
自分の管理する地方出身の冒険者を5人集めるというこのルールは。
5種族のうち、不遇種族という物が存在しているからだ。
「私の管理する北イデアは巨人族が多くいる……となると私は巨人族か」
「私は西イデア、つまり悪魔か」
「私は南、天使ってことね
グラネス公、となるとあなたは人間ってことになるわね?」
「人間?ふはははは、私はそんな貧弱な種族は使いませんぞ
私の東イデアにはもう一つ種族の拠点が存在している。私はそれを使おう
姫、私は人間を使いませぬ、人員不足にお悩みでしたら
是非、我が地方の人間をご利用ください」
「あら、グラネス公がそう仰るのならお言葉に甘えようかしら」
本来、彼女は中央イデアなのだが皇都センティデアは
ゲーム開始時のスタート地点にすることはできず
センティデア出身の冒険者は存在しない
このことから彼女が遊戯に参加することはできないのだが
グラネス公の皮肉が運よく彼女を助ける形となった。
「それでは、遊戯は半年後、この都の闘技場で行いましょう
イベント名は……『幻想遊戯』でどうでしょう?」
こうして会議は終了した。
─
センティデア城、西の塔バルコニー
ここにアリスティアと鎧を着込んだ一人の男がいた。
「姫様、どうするおつもりですか
あんな賭け事に乗るなんて姫様らしくない
しかもよりによって5種族中、最弱と云われる人間を選ぶなんて」
黒色の長い髪は束にして結んでおり、白銀の鎧に紺色のマントを
纏ったこの男は困惑気味に彼女に問う。
彼の名はディリアス、この城に仕える将軍である。
「私は知っています、かつてお父様がこう仰っていました
人間は脆く弱い、代わりに強い意志と勇気を持ち合わせている……と
かくして賽は投げられたのです……。ディリアス将軍
今から東イデアに赴き、最も強い5人の冒険者を探してくるのです」
「姫様……、あなたが何を考えているのかは私にはわかりません
しかし生前、あなたの父上には良くしてもらった恩がある
私は……最後まであなたの味方のつもりです。
最高の5人を探して参りましょう」
ディリアスはそう告げると彼女に背を向け、城を後にするのだった。
「さて、私もこうしてはいられないわ」
アリスティアは自室に戻ると、白いドレスを脱ぎ、質素な服装に着替え
長い髪を紐でポニーテールのように結ぶ。
準備が整い、部屋の壁に付いている燭台を時計回りに捻ると
そこから隠し扉が出現する。
このセンティデア城には非常用の為の隠し通路がいくつか存在する。
アリスティアは子供のころから城を抜け出すときはこの通路を常用していたのだ。
「姫様、お茶のお時間でございます……姫様?」
侍女が姫を呼びに来るも、彼女の部屋の中はすでにもぬけの殻であった。
─
皇都センティデアの噴水広場に一人の少年がいた。
茶髪蒼眼の濃いめの青色のジャケットを着込んだ、どこにでもいる少年である。
彼の名はショー、プレイヤーである。
今日はやけに皇都の様子がおかしかった、その理由はNPC達である。
おかしいというのは皇都を警備している兵士達のことであり
彼らの様子がどうもおかしい、急に戒厳令が敷かれたと思ったら
いきなり警備をしていた兵士に職質を受けたり、散々な目に遭う。
「まさかゲームの中で職質を受けるとはなぁ
別の意味でリアルすぎるだろ……」
ショーは広場のベンチでこれでもかというくらいにくついでいた。
周りを見渡せば、青い空、煉瓦の建築物、街路樹、動く木箱……
……木箱?
ショーの目の前を横切った木箱は今もなお、動き続けている。
その昔、段ボールを被った兵士が活躍するゲームが存在していたわけだが
これはまさにそれを思わせる動きっぷりだった。
「ていうかバレバレなんですけどぉっ?!」
ショーがそう言うと足で木箱を踏みつけ動きを抑える。
「あ、あれ、動かない?おかしいわねー」
そんな声が聞こえたかと思うと今度はガタガタと木箱の中で何かが暴れ出す。
ショーは木箱を踏み抑えていた足をどかすと
木箱は勢い余って前に倒れ中身が飛び出す。
「はにゃあっ?!」
飛び出した中身の正体は女性だった。
赤髪のポニーテール、美しい翠色の瞳、質素な服で身を包むも
顔は整っており、どこか上品な印象を受ける。
「何してんだお前」
「静かにして!私は今追われてるの!」
彼女はそう囁くと再び木箱に隠れる。
「おい、貴様!」
ここで兵士登場。
また、職質を受けるのだろうか
「こういう女性を見なかったか」
兵士が出したその似顔絵は髪型は違えど
今まさに木箱の中にいる女性にそっくりだった。
「さぁ、俺にはわかりませんね」
「そうか、ご協力感謝する。
ところでそこの木箱……」
兵士の一言にドキッとする。
「この木箱、貴様の荷物だろ
道の真ん中に置いとくと危ないからちゃんと持ち帰るように」
そう注意を受け、兵士はどこかへ去って行った。
「おい、これでいいのか?」
「あ、ありがとう……」
「兵士に追われてるってことはなんかやらかしたんだろ?
俺はショー、あんた名前は?」
「アリスティ……、アリスよ」
─
センティデアのとある宿屋、そこの食堂にショーとアリスはいた。
「これとこれとこれで」
「じゃあ俺は……これとこれでお願いします」
「ご注文承りました。ごゆっくりどうぞ」
店員に注文を頼み終わるとショーは会話を切り出す。
「あの兵士は一体なんだったんだ?そしておまえは何者なんだ?」
「あなたは今のこの国の状況について知ってる?
お父…イデゴレア32世が突然死んで国は混乱している中
地方の諸侯達は国の覇権を握るために醜い争いをしているのよ」
「へぇ、そんなバックストーリーがあったわけか……
って、俺はそんなことを聞きたいんじゃなくって!」
「おまたせしましたー
こちら、イデア牛のハンバーグでございます」
話の途中に店員がアリスの注文した料理を運んでくる。
「わー、おいしそー!」
「いや、人の話聞けよっ!」
「わー、おいしー!」
「……もういいです」
ショーは疲れた様子でテーブルにうつぶせになる
「でも私、こんな飾り気の無いのに美味しい料理食べたの生まれて初めて」
「こんな料理、どこの店でも食えるだろうに……」
「私、ずっと家で籠りっきりだったから」
そう彼女は言うとどこかその瞳は寂しげな様子に見えた。
「飯、喰い終えたらどっか行くか」
「はいっ!」
─
食事を終え、会計を済ませたショーは宿屋を後にする。
「アリス、おまえ金持ってないのに飯喰ってたのかよ……
おかげで俺の所持金、すっからかんだ……」
「ショー、ごめんなさい……。
私の代わりにお金を払ってくれて、私お金とか知らなかったから……」
カンカンカンッと都中に警鐘が響く、何事かと思い
走る兵士を呼び止め話を聞く
「コボルドの群れが攻めてきやがったんだ
それも半端じゃない数だ、外壁の近くまで来ているらしい」
そう言って兵士は急いでどこか行ってしまった。
コボルド、犬の頭を持った下級魔族である。
基本、ダンジョンの中で群れて生息しているのだが
たまにこうして外に出ては近場の街などを襲ったりもするそうだ。
「アリス、すまんが急用が出来た。コボルド達を倒さないと」
「私も行きますっ!」
コボルド討伐に向かおうとするショーの袖をアリスは掴む
「絶対に足手まといにはならないからっ……!お願いっ!」
「……あーはいはい、わかったよ」
彼女の強い眼差しにショーは断ることができなかった。
─
センティデア南の外壁、ここにコボルドの大群が侵攻していた。
「くそっ、数が多すぎる!
ディリアス将軍が居てくれればこんなやつら……っ!!」
「兵士長!負傷者が増える一方です!持ちませんっ!!」
「ここまでなのか……!?」
コボルドの軍勢に皇都の兵士が奮戦するもその戦況は劣勢だった。
数があまりにも多すぎるのだ。
「……召喚、魔剣・カヴァーンッ!!!」
蒼い両手剣を持った少年がコボルドの軍勢に向かい勢いよく飛び出す。
「虚空斬ッ!!!」
彼がそう叫ぶとコボルドの周りの空間に亀裂が走り、コボルドごと粉々にする。
「な、なんだあの少年は……?!」
「怪我人はどこですか?!
私の回復魔法で治療しますっ!」
兵士の一人がコボルドをいとも簡単に倒す少年にみとれていると
赤い髪の女性が兵士長に話しかける。
「あぁ、怪我人はこっちだ……えっ、というかあなた様は……!?」
「─偉大なる大地の御心よ、傷つき倒れし者に再び立ち上がる力を」
「─癒しの暴風!」
緑色の優しい光が辺りを包むと周囲にいた兵士たちの傷は瞬く間に癒えていった。
「姫様、これがどういうことかわかりかねますが
とりあえず感謝しておきましょう。
…総員、戦闘配備!傷が癒えた者は早急に戦線へ迎えッ!!!」
──
─
あれから1時間、ショーと兵士たちはコボルドの軍勢を撃退することに成功し
皇都に再び平和が訪れた。
ゲームの中とはいえ、精神を集中していたショーは疲れ果て
外壁の付近で寝込んでいたのだった。
「ひさびさに無理したわ……
ま、アリスの回復魔法がなかったら今頃俺は復帰ポイントだったけどな
それにしても……、アリスのやつどこに行っちまったんだろ……」
戦いが終わった後、アリスの姿はどこにも見当たらなかった。
─
センティデア城、西の塔のバルコニー
そこにアリスティアの姿があった。
「ショー……、またいつか会いましょう……
次はこの国の皇女として……」
彼女は夜空を見上げると、寂しげに自室に戻っていった。
第一章はこの後の番外編を入れて完結ということで
番外編の後は第二章・幻想遊戯編に移ります。お楽しみに