QUEST 3 『ダンジョン』
土の道、石と岩で出来た壁と天井、光が通らない暗闇の世界。
茶髪蒼眼、濃いめの青のジャケットを纏った少年は
持っているたいまつの明かりを頼りにダンジョンをただひたすら突き進んでいた。
─数時間前
日暮 翔もといショーはジョヴァの街の道具屋で狩り等で手に入れた
アイテムを売り払い、ポーション等の消耗品や身に着けていない部位の
装備品等を買い終え、店を後にする。
「お願いです!薬を売って下さい!」
店を出てすぐだった。
ちょうど向かいの薬屋で少女と店主であろう二人が言い争いをしていた。
赤いワンピースを着た街娘と口の周りに髭を蓄えた壮年の男性だ。
見た感じNPCだろう。
「すまないがお嬢ちゃん、その薬は売り切れなんだ」
「じゃあその後ろにある薬はなんなんですか?!」
そう少女の指差す方向には大量の薬瓶が積まれていた。
「これは領主様が発注した大切な薬だ。
それにこれは今日中に納品しなきゃならない物でな
一つでも納品し損ねると店の信用に関わるんだ、すまないね」
「母が病気なんです!お願いです薬を売って下さいっ!」
「うーん、困ったなあ」
「ちょいちょい、そこのおっちゃん。
その娘の買おうとしてる薬とやらは今すぐ作ることはできないのかね?」
ショーは薬屋の店主に会話を試みる。
「作ることならできるんだが、その為に必要な薬草が在庫切れでね。
前までは俺が自分で採りに行ってたんだけど最近は薬草の採れる場所に
モンスターが出るようになってなあ、薬草も手に入らなくなるし
本当にまいったよ」
RPGにおいてこういうフリはよくある。
要するに「おつかいクエストだよさっさと行け」という意味なのである。
「じゃ、俺が薬草を採ってきてやるよ。
それでおっちゃんが薬を作ってそこの娘に売る、これで問題あるまい?」
「良いだろう、俺だって薬屋の端くれだ
目の前で苦しんでる客を見過ごすわけにはいかん
誰だか知らんが頼んだぞ。」
「あ、あのっ、ありがとうございます!あなたが薬草を採ってきてくれるんですね
あ、私、ミーシャって言いますっ!どうか母を助けて下さいっ!
お願いしますっ!」
ミーシャという少女はそう言うとショーの手を握り懇願する。
ブロンドの長髪、白い肌、ぱっちりとした目、すらりとした体つき
彼女のこれらの容姿はまさに北欧美女を連想させるものだった。
そしてそんな彼女に頼まれた日には何としてでもクエストクリアをすると誓うショーなのであった。
「鼻の下伸ばしているとこ悪いが兄ちゃん
見たところ薬草について知らなさそうだから
薬草図鑑を渡しておくぞ、162ページのキュアハーブってのがそれだ」
*アイテム『薬草図鑑』を獲得しました。
*生活系テクニック『薬草学』を獲得しました。
「キュアハーブは東イデア北東部、ギーアの洞窟の奥深くに群生している
モンスターもいるから気を付けて行けよ」
「任せときな、必ず薬草は持って帰ってくるぜ!」
─数時間後
東イデア北東部 ギーアの洞窟内部
ギーアの洞窟は初心者用ダンジョンの一つで
初心者の腕試しの場として使われている。
「薬草、どこにあるんだよ……」
そしてショーはダンジョンの中を彷徨っていた。
イデアオンラインにおけるダンジョンは大きくわけて二つ存在する。
特定の場所に存在するノーマルダンジョン
時間経過と共にフィールドにランダムで現れ
時間経過と共に消えるランダムダンジョン
前者はストーリー、クエストの進行上存在し
出てくる敵も比較的弱いものが多い。
後者は主に高レベルモンスターや複雑な仕組み等で
刺激的なプレイを求めるプレイヤーに人気がある。
そしてダンジョンをクリアすると多かれ少なかれ報酬が手に入る。
そのため多くのプレイヤーに人気のあるコンテンツとなっている。
といってもこの説明は全て優菜の受け売りなのだが
洞窟に潜って数時間、様々な困難がショーを襲った。
蝙蝠の大群とか、ねずみの大群とか
強いものだとゴブリンとかも出てきた。
VRMMOというリアルな世界でねずみとかたまったものじゃない
しかもそれの大群である。
狭い通路を抜け、少し開けた部屋のような場所に出る。
そこはただの宝箱が一つ置いてあるだけの行き止まりになっていた。
…宝箱?
「そういや、優菜から聞いたことがある。
ダンジョンの宝箱には3種類あって、一つはダンジョンクリア時の報酬の宝箱と
もう一つは稀にダンジョン内のどこかに出現するレアな宝箱だって
まさか初めてのダンジョンで見られるとは我ながらラッキーだな
どれ、そのお宝とやらを拝みましょうかね。」
宝箱を開いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「ト、罠かっ?!ぐわあああああああああっ!!!」
彼の身に何が起きたのか、いったいどういう状況なのか説明しよう。
彼が宝箱を開いたとき、宝箱が彼の頭に飛びつき、……噛みついたのである。
つまり部屋が真っ暗になったのではなく、
ショーの目の前が真っ暗になったという事だ
そしてこの宝箱はモンスター『ミミック』。
宝箱に擬態し、欲に目の眩んだ冒険者を食べてしまう恐ろしいモンスターだ。
ダンジョンの宝箱には3種類あるといったが最後の一つはミミックだ。
そしてショーはというと首ごとがじがじと頭を齧られ
さながら黄色い魔法少女みたいな状態になっているわけだが
「痛っ、痛てえ、ちょ、まじシャレにならねえって!ぐわあああああああああああ」
漫画でよくある犬に尻を噛みつかれ走り回っている少年のような状況であった。
はっきりいって緊張感ゼロである。
「ちょ、まじやめて!痛っ、死ぬっ!てか、いいかげんにしろぉっ!!!」
キンキンキンッと金属音を響かせると
ショーの頭を噛みついていたそれは地面に転がり、…消滅した。
初心者用ダンジョンということもあってかミミックのステータスも
調整してあるようでかなり弱かった。
これが通常ダンジョンならば命取りだ。
次からは気を付けようと思うショーなのであった。
ミミックを倒した矢先、次は地鳴りが起きる。
─二重罠である。
足元が崩れたかと思うと部屋ごとショーは地下に吸い込まれてしまう。
「嘘だろおおおおおおおおおおおおっ?!」
───
──
─
あれからゲーム時間で何時間経っただろうか。
落下の衝撃でショーは気を失い倒れていた。
ピチョン、ピチョンと水滴が流れ落ち、ショーの顔にかかる。
この辺り一帯はひんやりとしており、その温度で冷やされた水滴が
ショーの意識を呼び戻す。
「ここ、どこだよ……?」
辺りを見渡す。洞窟の所々から地下水が流れており
この先もまだ道が続いている。
落下の衝撃で持っていたたいまつの火が消えてしまったが
あたりに生えるヒカリゴケの発する光のおかげで
たいまつでは見えない距離まで目視することができる
そして自分が落ちた場所にはそれとはまた別の植物が生えており
落下の際にこれがクッションとなり助かったようだ。
「ん、この植物は…もしかしてっ」
メニューコマンドからアイテム『薬草図鑑』を取り出し
目当ての薬草のページを探す。
*アイテム『キュアハーブ』を獲得しました。
結果は見事にビンゴ、後はこれを街に持ち帰り
薬屋の親父に薬を作ってもらえばクエストクリアである。
「よし、じゃあ帰りますか」
しかしここで一つ問題が発生する。
落ちてきた場所は土砂で埋もれて来た道を戻ることができないのだ。
ダンジョン脱出アイテムも持ち合わせていないし
ダンジョン内では他のテレポート系アイテムは使えない仕様となっているため
脱出の手段はほとんど断たれたわけだ。
できれば死に戻り以外の脱出法が無いか考えを巡らす。
「ワープポータル…」
いつか優菜がしていた話を思い出す。
ダンジョンの最深部にはボスがいて、それを倒す事で報酬の宝箱と
ダンジョン入口まで転送するワープポータルも出現すること。
つまり最深部のボスを倒しダンジョンをクリアすれば脱出できるというわけだ。
「こうなりゃ、とことんやるっきゃないか」
そう決め込むとメインコマンドからアイテム
『固くなったパン』を取り出しそれを頬張る。
正直、固いパンは食べづらいが空腹値が限界まで達して
餓死してしまうことだけは避けたい。
粗末な食事を終えるとボスの部屋を目指して走り出す。
細い通路を抜けると広間に出る、広間の中央に人影のような物が見える。
青いごつごつとした肌、長い耳、金色の瞳、隆々とした四肢
そして右手に握る棍棒。
それの頭上には『剣を守るボスゴブリン』と表示されていた。
「グギギ……ニンゲン……ツルギハ……ワタサンゾ……」
「剣だかなんだか知らないが俺は今からおまえを倒して
こんな辛気臭いとこからおさらばするんだ、邪魔はさせねえよっ!?」
長い睨み合いが暫く続き、先に動き出したのはショーだった。
「先手必勝っ!『ショット』!!」
近くの手ごろな石を拾い、テクニックが立ち上がったらそれを投げつける。
石はボスゴブリンの頭に見事命中する。
逆上したボスゴブリンは棍棒を振りかぶり、ショーに襲い掛かる。
「『ガード』!」
ガードは接近系テクニックの一つ。
防御の体制を取り、受けるダメージを軽減する。
ボスゴブリンの攻撃を受け止めると次の反撃に備えるべくテクニックを立ち上げる。
「『ブレイク』!」
ブレイクは接近系テクニックの一つ。
持ってる武器を利用して、敵に強烈な一撃を叩き込む。
が、ボスゴブリンはそれを避け、ショーに向けて強烈な一撃を叩き込まれる。
まともに攻撃を受けて3~4メートルくらい吹っ飛ばされ、壁にぶつかる。
ブレイクは強力なテクニックだが反面、隙も大きい。
「か、カウンターか……ただのバカなゴブリンじゃなさそうだな……」
「オロカナニンゲンメ……クタバレ……」
壁に背もたれているショーにボスゴブリンの無慈悲な追撃が襲い掛かる
が、その一撃はショーに当たることはなかった。
「今のテクニック、パクらせて貰うぜ『ブレイク』ッ!」
この時、彼はボスゴブリンの追撃を即座に避けて隙が出来たところにブレイクを放ったのだ。
カウンターとブレイクの合わせ技、名称を付けるなら
カウンターブレイクとでも呼ぶべきか。
そして、ブレイクによる剣の一撃を受けたボスゴブリンは倒れ、……消滅した。
ボスゴブリンの消滅と共にそこから剣が現れる。
豪華な装飾が施されたその剣は浮遊しており、ショーの頭の中に語りかけてくる。
「よくぞ我を解放してくれた、褒美に我の力を授けよう」
剣はそう語りかけると彼の顔の前で刃先をくるくると回すと
頭痛のような痛みに襲われた。
*称号『魔剣の契約者』を獲得しました。
─
気が付くとダンジョンの入口前に立っていた。
色々あったがなんとかダンジョンをクリアできたらしい。
しかし、さっきのあの変な剣は何だったのだろうか。
メニューコマンドからアイテム所持欄を開くもそれは確認できなかった。
「ちょっと期待させておいてこれかよ……。
あっ!そういや報酬の宝箱も開け損ねてたし、ついてねーなあ……トホホ」
─
ジョヴァの街 薬屋
「ほらよっ!薬はできたぜ、早くお母さんに持っていきな」
「ありがとうございますっ、あとこれ……少ないですが」
少女はお金が入った袋を差し出そうとするが髭の店主がそれを突っぱねる
「お代?いいよいいよ
あの青服の兄ちゃんが貴重な薬草を大量に持ってきてくれたんだ。
当分在庫には困らないし、それに薬があるのに店の信用の為に売れなかった
自分への罪滅ぼしだ。何も言わずに貰っていってくれ」
「ありがとうございますっ……だけどあの人、結局なんだったんだろう
薬草を持ってきたかと思うと急にどこかに消えちゃうし、不思議な人でした。」
「さあな、ただあいつは自分をショーって名乗ってやがったな
自分から面倒事に突っ込んでいくような奴だ、これから先苦労するだろうな」
「ショーさん……か」
ちなみにショーという人物がNPCの間でも有名に成りだすのは
もう少し後のお話である。
以上、ソロでダンジョンを攻略する回でした。