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「再生」(6)

 歌が聞こえた。


 ちいさな鼻歌が。


 曲名はわからない。でも、穏やかで優しいその調べ。


 だれが歌っているのだろう。鼻歌に起こされ、リンは目をあけた。


 最初に見えたのは、夜空に降りそそぐ無数の流れ星だ。


 木々のすきまから差し込む月明かり、岩をはねる川のせせらぎ、さびしげな風の音……


 深い森の中、リンはだれかに膝枕されていることに気づいた。


「ホシカ……」


 ゆっくり身を起こしたリンへ、ホシカはほほえんだ。笑顔はすこし疲れている。


「よう」


 聞きたいことが、リンには山ほどあった。だが、ホシカがどれだけ壮絶な運命を歩んだかを、リンはもう知ってしまっている。だからリンは、ひとことのみの質問にとどめた。


「終わった……の?」


 ホシカはこくりとうなずいた。


「ああ。悪かったな、いろいろ巻き込んじまって。怖かったろ?」


「ちょっとだけ、ね。でも私、信じてた。ぜったいにホシカが助けてくれるって。ホシカこそ、たったひとりでずっと戦ってたんだね」


 ホシカは静かに首を振った。


「ひとりじゃない。あんたがいた。もういなくなっちまった堅物のあいつも。ひとりじゃなかったからこそ、あたしはここまで来れたんだ」


 よけいな照明がないおかげで、星空はいっそうよく澄んで見える。


 葉ずれを鳴らす風に髪をなびかせ、ホシカは冷たい空気を嗅いだ。


「おかしなものは、ぜんぶいなくなった。もとに戻る。なにもかも」


 リンは立ち上がった。座ったままのホシカヘ、そっと片手をさしだす。


「いっしょに帰ろう、ホシカ……」


 じぶんの手が、ホシカを通り過ぎるのをリンは見た。


「え?」


 なんだ。なんの冗談だろう。


 ホシカは表情を変えない。だがその体は……ほぼ半透明になり、むこうの景色が透けている。じぶんの手を眺めながら、ホシカは告げた。


「ごめん。あたし、最後まで付き合えそうにない。こう、体がどっか別の世界に行っちゃってね」


「え? え? そんな……」


「いまのあたしは、幽霊といっしょ。だれかの見た夢の続きさ」


「うそ、いや、いやだ」


 必死にホシカをつかもうとするが、リンの手はことごとく通り抜けてしまう。


 目尻に涙をためながら、リンは叫んだ。


「なんでよ! なんでホシカだけが! あんまりだわ! そんなの!」


 呆然と涙を流しながら、リンはその場にへたり込んだ。


「ホシカがいなくなったら、私……」


「ごめんな、悲しい思いさせて。でもあんた、ほんとに強くなったよ。たぶん、あんた自身でも想像できないぐらいに。それを救いに、あたしもここまで戦えた」


 泣き崩れるかたわら、リンはほのかな温かみを感じた。


 ホシカはもうだれにも触れないし、だれからも触れられない。しかし、リンをそっと抱きしめたホシカの幻からは、たしかな体温が感じられた。


「過去というさなぎを脱ぎ捨てて、あんたは飛び立つ。いつかその翼で、空に浮かぶあたしをつかまえてくれ」


 リンの視線の先、小さな光は闇をさまよって消えた。


 ホシカの指から、体から、光のかけらは人の形を奪って静かに散ってゆく。それだけではない。あたりの草木の陰から、川の水面から、土から。数えきれない星の輝きは、おとぎ話の蛍のように夜空へのぼり始めている。


 きらめきを涙でぼやけさせながら、リンはうなずいた。


「わかった……私、がんばる! もうくじけない! だからホシカも! かならず帰ってきて! ずっと待ってるから! ずっと!」


 光の粒と化して消えながら、ホシカは笑った。


「ああ、約束だ。またどっかで会おう」


「私、強くなる! ホシカのぶんまで! ホシカみたいに!」


 森が闇につつまれる直前、最後にホシカの声は言い残した。


「マネしちゃダメだよ。あたしのぜんぶ、マネしちゃダメ」


 流れ星は降りやまなかった。

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