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「再生」(5)

 狂ったようなネイの笑いは、ふいに静まった。


 ホシカの落ちていった場所から、呪力の奔流がほとばしったのだ。空間のゆがみを足場に滞空したまま、ネイは呪力の視界をなんども拡大した。


「そんな……ホシカちゃんのどこに、そんな呪力が残ってるというの?」


 なんだろう。


 ひとことで表現すると、ホシカのそれは変身を超えた〝変形〟だった。呪力によってありえないボリュームに増えた全身の装甲が、ブースターが、ホシカの表面でみるみるその配置を組み替えてゆくではないか。すばやく、複雑に、整然と。


 気づいたときには、それは、すさまじい速度でネイの横を通り過ぎていた。


「!?」


 ほんの一瞬だが、ネイはたしかに見た。


 優美な翼を。風を切る機首を。輝く機体を。


 それはもはや、非力な不良学生でも、ふつうの魔法少女でもない。


 あきらかな〝戦闘機〟……安全装置の外れたホシカは、ここで完全に飛行に特化した。


 人間サイズの戦闘機は、膨大な加速の炎をひいて彗星へ向かっている。


「お、おいてかないで!」


 幻のごとくネイの姿はかき消えた。短い空間転移を瞬時に繰り返し、やっとの思いで戦闘機に追いつく。体ごと前転して放たれるのは〝角度の猟犬〈ハウンド・オブ・ティンダロス〉〟の大鎌だ。


 空間切断の刃は、いともあっさり外れた。立て続けに襲う大鎌の光を、戦闘機は加速してかわす、かわす、かわす。変形したホシカのスピードはすでに、空間を自在に渡り歩く〝角度の猟犬〈ハウンド・オブ・ティンダロス〉〟の力をもってしても到底追いつけるものではない。


 激しくきりもみ回転しながら上昇するホシカと、瞬間移動を連続するネイ。ふたつの呪われた輝きは、螺旋模様を描いて交錯しつつ星空を突き進んだ。


「その呪力!」


 消えては現れながら、叫んだのはネイだった。


「すこしだけ〝希望〟が混じってるわ! 理解できない! 気にいらない! これだけお膳立てしたのに! なにをどうすれば、あなたにほんとうの絶望を教えられるの!?」


 かんだかい音を残して、ネイの大鎌はとまった。


 かざされたホシカの右腕が、以前より長大に伸びた翼刃で防いだのだ。夜空に滞空したまま、ホシカの変形は逆再生するかのごとく解けた。進化した各パーツが機能美をもって配置されたその姿は〝翼ある貴婦人〈ヴァイアクヘイ〉〟のまさしく最終形態にふさわしい。ぶつかった刃と刃は、たけだけしい震えを残して鍔迫り合っている。


 とびちる火花を瞳にうつし、ホシカはささやいた。


「おまえに出会ったあの日、あたしのなにかはひっくり返った。次から次へと、救いのないなにかが暗闇にこぼれ落ちていく。もう流す涙も、泣く声も残っちゃいない。そんなふうに思ったとき、最後の最後に……ずっと底のほうに残ってたんだ。ちょっとやそっとじゃ見えない、ほんの小さな光みたいなものが」


「なんてすてきな宝石箱!」


 大鎌を全力で押し込みながら、ネイは凶暴な笑みを浮かべた。


「すっからかんになるまで揺さぶってあげるわ! 逆さにして、何度でも何度でも!」


「白黒つけようぜ……狂犬と猟犬の追いかけっこに!」


 鋭い火の粉を散らして、ふたりはその位置を変えた。


 砲丸投げのごとく振り入れられる大鎌、交差して放たれる拳の翼刃。


 戛然……


 盛大な血しぶきは、ホシカの首筋からほとばしった。


 不敵な笑みを浮かべたのは、ネイのほうだ。


 胸から背中まで貫通した翼刃を引き抜かれ、ネイは空中でかたむいた。血のすじを残して、あっというまに下へ落ちてゆく。その表情はとっくに固まっているが、最後の最後まで笑顔のままだった。


「…………」


 出血する首をおさえるのも束の間、ホシカはすかさず変形した。


 彗星〝ハーバート〟へ一直線に飛行するのは、血を流す戦闘機だ。彗星の目前に最短時間で肉薄したときには、勢いそのままにホシカは人の姿へ戻っている。


 まっすぐ彗星を見据えるホシカの瞳には、五芒星が残り一角。いなくなった生意気なぬいぐるみが、餞別代わりに残していったわずかな呪力だ。呪われた大切な記憶……


 全身の推力を一点にのせて、ホシカは右腕をふりかぶった。


 打ち返すつもりだ。


 その馬鹿のなまえは、伊捨星歌〈いすて ほしか〉。


 ちょっぴり儚げにつぶやいた声は、歳相応の少女のそれだ。


「約束したんだけどな、もうケンカしないって」


 衝突する流れ星と流れ星。


 閃光の中、なにかのひび割れる音を、ホシカは瞳の奥に聞いた。

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