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「増殖」(3)

 体育館裏に響くチャイムの音は、いつもより遠く聞こえた。


 授業再開の合図を完全に無視して、ふたりは対峙している。


 ホシカとアイラ。


 胡乱げにホシカを見つめながら、アイラは問うた。


「こんなところでなにしてるの、あんた?」


「……それは、その、あれだ」


 気まずい表情で、ホシカはうつむいている。黙ったままのホシカヘ、抑揚のない声でアイラは追い打ちをかけた。


「どこか遠くに消えろ、って言ったでしょう? いまのあんたは、歩いたすべての場所に不幸を設置する呪いの具現。どこで組織の手先が目を光らせてるかわからない。すこしは自覚して」


「……危ないのはわかってる。あたしだって学校なんざに来たくはなかった。しかたないだろ、親には逆らえない」


「親? 親ですって? よくわかったわ、あんたがそこらの脛かじりどもと変わらないということ」


「なんだって?」


「わからない? つまりあんたが後悔して泣き叫ぶのは、その両親があいつらに、ひどい殺され方をしたあとってことよ」


「おい!」


 反射的に掴みかかろうとしたホシカだが、視界が回転するのが先だった。


 背中から地面に激突した時点で、自分がアイラに投げ飛ばされたことに気づく。衝撃で肺の空気が押し出され、息もできない。目にも留まらぬ早業だった。気づけばホシカの喉笛には、氷でできた鋭い刃が据えられている。


 ホシカに馬乗りになったまま、アイラはささやいた。


「はい、今のでまた死んだ。ここ数日で、合計なんどめ?」


 冷たい小太刀をホシカの首から離さず、アイラは続けた。


「こんなふうに自分の身もろくに守れない草食動物が、はい狩って下さいとばかりに無防備に歩きまわって、ハンターをおびき寄せてる……慎重に戦いの準備を整えてる私にとって、これほど目障りな存在ってあるかしら?」


 息を乱しながら、ホシカは悔しさに奥歯を噛みしめた。


 ここまで強いのか、魔法少女とは……


 そしてやはり、ここはもう、自分の知っている現実の世界とは違う。あの生贄の祭壇の炎を見たときから、自分は自分ではなくなってしまったのだ。


 倒れて地面の土を掻きながら、ホシカは聞いた。


「あんたはどうなんだ、アイラ」


「なに?」


「性懲りもなくここに留まってるのは、あんたも同じ……あたしとどう違う?」


「私はあんたほど非力じゃない、ホシカ」


 アイラの手の中で、小太刀は回転した。予備動作もなく振られたアイラの指先から、白い光があさっての方向へ飛ぶ。


 アイラの〝罠〟が発動したのは次の瞬間だった。


 空中のある一点を中心に生じた氷の槍が、なにもない場所めがけて雨あられと降り注いだではないか。投げ放たれた小太刀の呪力を感知し、設置式の氷の地雷が攻撃を行ったのだ。もしそこに人がいたかと思うと……


 氷の混じった風に髪を揺らしながら、アイラはつぶやいた。


「もちろん罠はこれだけじゃない。雨堂谷寧をおびき出すため、私はあえて身を隠さずにいる。あいつを倒さない限り、私は自由になれない。あの研究所で私の姿を見た者は、ひとり残さず始末する……このままだと伊捨星歌、あんたもそのターゲットのひとりということになるけど?」


「どうしろって言うんだよ……魔法少女は世界中、どこへ逃げても組織に監視されてるんだろ? ラフから聞いたぜ」


「そう、だから私は、早々に自分のラフトンティスを破壊した。おかげで監視の目がひとつ減ったわ。行く手を阻むものは、すべて乗り越えてみせる」


 静かに立ち上がると、アイラはホシカに背を向けた。


「逃げろと忠告したのは、あんたのためじゃない。私の足手まといなのはもちろん、巻き込まれる周囲の人間を考えてのこと。研究所で見た資料がもし真実なら、これからどんどん殺されるわよ……家族も、友達も、恋人も。知ってる? 魔法少女の真の力を引き出すトリガーの名前を?」


 アイラは告げた。


「〝絶望〟よ」


 はばたきの音とともに、カラスの鳴き声が不吉に反響した。

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