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「増殖」(2)

 数日後、ホシカは無事、美須賀大付属高校へ復帰した。


 復帰といっても本日はまず、停学が解けるにあたっての親と教師の面談だ。そこで停学中の生徒の反省模様が確認され、また例の地獄のような始末書の提出も行う。約十日遅れで一気に課題の山をこなすのは、さすがのホシカも血反吐を吐く思いだった。


 きょうホシカが登校したのは、むりやり両親に引っ張ってこられたのに近い。


 外ではどこで組織のハンターが目を光らせているかわからないし、ラフトンティスの通信もまだ回復していないという。どう考えても危険だ。が、事実を打ち明けたところで誰が信じるでもなく、ホシカはやむを得ず学校にいる。


 そしていまは昼休み。停学中の問題児が他の生徒と交流するなどもってのほかだが、学校も昼食の時間ばかりは縛りを緩める。午後一時ごろには諸手続きも終わり、ホシカはいったん家に帰されるはずだ。


 無人の校舎屋上には、制服を着たホシカと、もうひとりの生徒の姿があった。


 屋上端の手すりにもたれるのは、丸瀬 鈴〈まるせ りん〉。


 ホシカのとなり、リンは小さく鼻歌を歌っている。呑気で優しい曲調だった。


「なんの歌だ?」


 ホシカは聞いたが、リンはにこにこするだけで答えない。だらしない座り方のまま、ホシカはあくびをかみ殺した。


「あたしがいない間、変わったことはなかったか、リン」


「うん、大丈夫。停学になってまで私を救ってくれた人がいるんだもの。くよくよしてなんかいられない。戻ってきてくれて本当にうれしいよ、ホシカ」


「ちょっとだけ肝が座ったみたいだな。それに比べてあたしときたら……」


 皮肉げにホシカは笑った。空の彗星〝ハーバート〟をぼうっと見上げる。その横顔を見て、不思議そうに首をかしげたのはリンだ。


「ホシカ、なんだか顔が疲れてる」


「いろいろあってな。そりゃ老けもする」


「悩みなら、ひとりで抱えず話して! 相談に乗るよ!」


「そうだな、どう説明すりゃいいのやら」


 あごに手をあてて考えながら、ホシカは語った。


「見た目はいつもの自分のままなんだ。でも前とは全然違うらしい。それが不安で」


「むつかしいね? 神経質なひとはときどき、一ミリでも髪型が崩れると大きな不安と焦りを感じるらしいけど、ホシカも意外とそんなタイプ?」


「い~や、ぜんぜん。あれだ、髪とか鼻毛とかそういう小っさな問題じゃなく、こう、自分の中に自分とは違う、得体の知れない生き物が宿ってるって感じ? わかるか?」


 弁当箱と箸が、まとめてリンの手から落ちた。かわいた音をたてて、それらは床を転がる。コーヒーをストローで吸いながら、真顔でその光景を眺めるホシカの手を、リンは強くにぎった。


「うそでしょ?」


「いや、そう思いたいのは山々なんだが……」


「相手はだれ!? どこのだれなの!?」


「だれ、って……もう覚えてねえよ。ヴァ、なんだっけ」


「が、外人!? 身に覚えもないですって!? 停学中になにしてるの!? ホシカが誰彼かまわず遊びまわってるっていう悪いウワサ、私は信じてなかったのに! コーヒーなんか飲んでちゃ毒だよ!?」


「なんでだ。なら代わりに生中もってこい。だいたいな、ひとを遊び人扱いするのはいいが、あたしは停学中にひどい目に……」


 軽くホシカの横腹を小突いたのは、スカートのポケットに隠れる何者かだった。機密を漏らすな、という意味らしい。眉根をひそめて、ホシカはそちらに目をやった。


「わかったって。蹴るなよ、気持ち悪い」


「け、蹴ったぁぁぁ!!」


 悲鳴をあげて、なぜだろう。リンはホシカの腹に飛びついた。


「見た目はぜんぜん変わらない! むしろ私より引きしまってる! 体型が変わらない人の話は聞いたことあるけど、でもそんなものなの!? 何ヶ月めよ!? 私たちが出会うずっと前の出来事じゃない、それ!? あああ! 信じて待ってた人が! 私のあこがれのヒーローが、すでに! 母親だったなんて!」


 リンの頭を一撃して黙らせた拳を見つめ、ホシカはため息をついた。


「おっと危ねえ、反射的にブン殴るとこだったぜ。もうケンカして親に迷惑かけないって決めたんだ、あたしは」


「痛ったあぁぃ……」


 説明して誤解を解いたあと、ホシカはほほえんだ。


「なんだか馬鹿らしくって、ちょっとだけ元気がでたよ。悩みはなんとなく解決した……呪われ方がどうであれ、あたしはあんたと、たしかに空を見上げてる。変な話して悪かったな、リン」


「いえ、こちらこそごめんなさい……ホシカのことを疑うなんて」


 心底恥ずかしそうに顔を赤らめながら、リンは続けた。


「あの、ホシカ」


「あぁん?」


「こんどいっしょに遊ばない?」


「よしきた。玉遊びにするか? 男遊びにするか?」


「言ったそばから、また……違うの。じつは両親がこんど直接、ホシカにお礼を言いたいって」


「なんのお礼だよ。まえの体育館裏のことか? あれはただ、あたしが好きで草野球に飛び入り参加しただけだ」


「ぜひ、うちに遊びにきてほしいの」


「あ~、親御さんに言っといてくれ。気持ちだけ受け取っとくって。苦手なんだよ、そういう馴れ合い」


 けむたげに、ホシカは顔の前で手を振った。


 ホシカは無表情に雲の流れを眺め、リンは暗い顔で足元を見つめている。


 沈黙ののち、ホシカはつぶやいた。


「でもまあ、個人的にあんたと遊ぶってのなら構わない」


「え! ほんと!?」


 はねあがったリンの表情には、驚きが満ちていた。


「どこ行く!? 駅前のショッピングモールとかどう!?」


「ああ、そこでいいよ。金はないから見るだけな……やれやれ」


 激しい音をたてて、屋上の扉が開いたのはそのときだった。


 親か? 教師か?


 扉の方向を見て、リンは凍りついている。


 ホシカの顔も険しい。


 強い風の中にたたずむのは、制服姿の苛野藍薇だ。怒るでもなく笑うでもなく、ただ冷ややかな視線だけがふたりを射抜いている。


「リン、教室に戻ってろ」


「もしかしてホシカ、またあいつと……」


「心配すんな。あいつとはもう話がついてる。こんども話し合いの続きさ」


 アイラとともに去るホシカの背中を、リンは複雑な面持ちで見送った。

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