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「増殖」(1)

 伊捨家の玄関口……


 幽霊かゾンビでも見た顔でたたずむ両親へ、ホシカはスーパーの袋を差し出した。費用を立て替えてくれたのはアイラだ。気まずい面持ちで、ホシカはつぶやいた。


「ただいま……買ってきたよ、柔軟剤」


「おお、おかえり! 早かったな!」


 そう笑顔で出迎えるなり、父、求則〈もとのり〉の平手打ちはいきなりホシカを襲った。いくらホシカが札付きの不良娘とはいえ、事情のひとつぐらいは聞いほしい。


 ただ、痛む頬にホシカが、現実への帰還と家族の暖かさを実感したのも事実だ。戻った我が家に、もし誰もいなかったらどうしよう……その他さまざまな不安は、一撃で思い過ごしの向こうに消えた。


 入れ違いに、ぎゅっとホシカを抱きしめたのは母の佳奈〈かな〉だ。ややきつい、そして柔らかい圧迫に押し出され、ホシカの目尻に涙が浮いた。耳に流れる母の声は震えている。


「よかった……よく帰ってきてくれたわ、ホシカ。大丈夫? ケガはない?」


「なんともないよ、お袋。たったいま男に殴られた以外は……ごめんな、心配かけて」


「いいのよ。お母さんもう絶対、ホシカを家に閉じ込めたりしない。買い物はいっしょに行くわ。だから、お願いだから、柔軟剤を十日間もかかるところに買いに行かないで」


「と、十日?」


 そう。


 伊捨家からホシカが失踪して、長い時間がたっていた。両親は警察に捜索願いを出しており、勉強を苦にした家出の線で捜査は進んでいたという。このあとホシカは、自宅までやってきた警察の事情聴取に長々と耐えることになった。


 ではホシカは一体、今回の事実をどう説明するのか?


 自宅への帰り道、ホシカはラフトンティスと何度となく打ち合わせをした。


 数分前……


「なあラフ。やっぱアイラの言うとおり、南米にでも高飛びしたほうがいいのか?」


「それはお任せします、ホシカ。はっきり申し上げますと、逃亡は無駄です。組織の情報網に引っかからない場所など、この惑星のどこにもありません。深度二万メートルの海底も、赤務市の自宅も、いまのホシカにとってはさほど危険度は変わりません」


「家に帰るよ、あほらしい。でも、家の前で待ち伏せとかはないだろうな?」


「ないほうが不自然ですね。じゅうぶんに警戒して下さい。組織と私の通信が断絶している今、ホシカの半径五キロ圏内はすべての者が等しく危険です」


「人を爆弾扱いしやがって」


「〝扱い〟ではなく〝爆弾そのもの〟です。尾行、待ち伏せ等の危険は、可能な範囲で私が事前に知らせます。なのでホシカはご両親等を危険に巻き込まぬよう、くれぐれも慎重な行動を心がけて下さい」


「あたしの行方不明は、たぶん警察に届けられてる。もし事情聴取とかされたら、なんて答えりゃいい?」


「ありのまま正直に、起こったことをお答え頂いても大丈夫です」


「へえ、そいつはおもしろい。研究所までの道ははっきり覚えてるぜ? 大勢の警官が押しかける騒ぎになれば、組織とやらも困るんじゃ?」


「その警察機関を水面下から操っているのが、組織です。ホシカの事情聴取におとずれるのが、組織の息のかかった警官であることも間違いありません。形式上の捜査だけで、今回の一件はすべてうやむやになります。あらかじめその警官とも情報交換はしておきますが、美樽山支部の壊滅で混乱しているのはあちらも同じでしょうね」


「そっか……パねえな、悪の組織。ところでラフ、ひとつ気になってたんだが」


「はい、なんでしょう?」


「どこまでついてくるんだ、あんた?」


「ラフトンティスという安全装置〈リミッター〉が、ホシカにもう不要と判断されるまでです。ホシカの魔法少女としての状況を逐一記録し、安全に組織の保護下に連れ戻す義務が、私にはあります」


「連れ戻す、って……てめえ、いい加減にしろよ!? あやうく解剖されて棚に飾られるところだったんだぞ、あたしゃ!? 頼むからもう放っといてくれ!」


「なにもあの美樽山の研究所にずっと拘束するわけではありません。いまは未解明な部分も多いですが、ホシカ、あなたはもう優秀で立派な呪力の使い手です。ここまでの成功例を、組織がむざむざ駄目にしたことはありません。家で家族とも話せるし、ふつうに学校にも通える。きちんと組織の指示に従えば、それなりの報酬もあります」


「ほらきた! だれが悪の組織なんざに手を貸すか! あたしは戦いなんて御免だ! ふつうの暮らしに戻る!」


「というわけでして、組織が復旧するまでのしばらくの間、私はホシカに同行してその身の安全を保護します。雨堂谷寧と苛野藍薇の動きがいっさい掴めないという点も不安要素ですし……ああ、私の居場所に関してはご心配なく。ほどよいサイズのポケットか、物陰であればどこでも大丈夫。自分で身を隠し、まわりに一切迷惑はかけません」


「あたしはもう騙されないぞ。おかしなマネしたら許さないからな、絶対に」


 そんなこんなで、ホシカは自宅のインターフォンを押したのだった。

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