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ラミアと朝食~補話~

 それは、銀色の海だった。鈍く輝く甲冑に身を包んだ騎士団が、こちらの出方をうかがうかのように、一歩、また一歩と近づいてくる。打倒マリア・カーマインを謳う者たちだ。

 低い岩山がわずかにあるばかりで、見晴らしのよい荒野だったのだが、余はいつの間にか、赤や青をした旗印の軍団に取り囲まれてしまっていた。

「ふむ、この数をいちいち相手にしておるのは、少々面倒だな」

 右手を開いて前に突き出し、振り下ろす。すると、正面に迫っていた赤い旗印の軍団が爆発し、騎士たちが木っ端微塵に吹き飛んだ。

 続いて、左手に迫る青い旗印の軍団を指差す。すると、地中からあふれた大量の濁流が、騎士たちを押し流していった。

「うーむ、この程度では焼け石に水か」

 しかし、追い払ったと思った騎士団には、後続が控えていた。散っていった仲間を意に介した様子もなく、無骨な鋼の塊が再び進軍を始める。

 ふいに、背後から怒号が聞こえた。甲冑の部品がこすれ合う耳障りな音も、大きさを増す。振り返ると、黄色の旗印をした軍団が、もう目と鼻の先に近づいていた。

「仕方がないな。たまには身体を動かすか」

 最近は城で公務ばかりしていたから、身体がなまっていたところだ。肘、肩、腕を伸ばすように軽くストレッチをして、先鋒(せんぽう)の騎士へ這い寄った。

 余の下半身は、赤い大蛇だ。これは比喩でもなんでもない。上半身が人間、下半身が大蛇となっているモンスター『ラミア』は、ここに実在するのだ。

「奥義、オロチの大顎(おおあご)!」

 ……とは名ばかりの、ただの引っかき攻撃だが。それでも、余の爪は甲冑の内側にまで届き、一人目の騎士は紙くずのように裂けた。血しぶきを上げながらくずおれていくが、それを見届けている余裕はなかった。

 今度は、巨大な剣を振りかぶった二人の騎士が同時に迫る。しかし、それが囮だということに、余はちゃんと気付いていた。

 本命は、余の背後で槍を構えている騎士。攻撃の隙を付いて、後ろから刺し殺そうとしているのだろうが、殺気が強すぎて意図がバレバレだ。だが、ここはあえて乗せられてみるのも一興かもしれん。

 余は気付かないフリをして、目の前の二人を殴った。二人は衝撃で吹き飛び、後方の味方と一緒になって倒れていく。

 背後にいる騎士が槍を突き出すのは、まさにこの瞬間だった。

「お見通しだ!」

 そう言うと、余は思い切り尻尾を振った。

 

   ◆


 ――バキッ。と、嫌な音がした。

「ん……うん?」

 まどろみの中、うっすらと目を開けると、そこは先ほどまでの荒野ではなかった。

 くすんだ白い壁と天井。ここは、やよい荘とかいうアパートの一室だ。時間は朝方だろう。閉ざされたカーテンの向こう側からは、弱々しい光が漏れてきている。

 軽く目をこすりながら身体を起こすと、尻尾のあたりにある違和感に気が付いた。そこには、壊れた黒い機械が転がっている。

 叫び声なのか、嗚咽なのかよくわからない声を出したのは、今日が始めてだった。

「なんてこと……」

 それは、この部屋に同居している少年、辰磨(たつま)が愛用しているスマートフォンだった。

 かろうじて原型は留めている。しかし、機械は壊れやすいものだと、前に辰磨から聞いた記憶がある。

 スマートフォンを拾ってよく確認すると、ガラス窓のような部分が割れていて、他にも数箇所、ヒビの入った部分があった。壊れた……いや、壊してしまった、ということだろう。

「これは、まずいことになった……」

 隣の布団では、辰磨が小さな寝息をたてている。先ほどの奇声で目を覚まさなかったのがせめてもの救いかもしれない。

「と、とにかく、なんとかせねば」

 しかし、何をどうしていいかわからない。一番頼りになるのは辰磨なのだが、今回ばかりは相談するわけにもいかない状況だ。辰磨に頼らず、何事もなかったかのようにスマートフォンを元通りにする方法はないかと考える。

辰磨以外で、世の中のことに詳しくて、なおかつ相談に乗ってくれそうなほど身近な人物は、このやよい荘に一人しかいない。

 余は壊れたスマートフォンを持って、こっそりと玄関から外へ出た。


   ◆


 一階にある一〇一号室の呼び鈴を鳴らすと、ピンクのパジャマにナイトキャップ姿の幼女が出迎えてくれた。見た目は子供だが、トモエはこれでも立派なアパートの管理人だ。

 その上、本性は実年齢四桁を超えるドラゴンだったりする。ある意味では、辰磨よりも世の中に精通していて、頼りになる奴なのだ。

 不機嫌さを丸出しにしてはいたが、トモエは一応部屋へと招いてくれた。二人でちゃぶ台をはさんで座布団に座り、今朝の出来事を説明する。

「なるほど。事情は大体……ふぁ……理解したです」

「なんとかならんか? このままでは、部屋に戻れんのだ」

 余がモノを壊したと知ったら、辰磨はきっと怒るに違いない。なんとかスマートフォンを元通りにしたいのだが、トモエは無慈悲にも首を振る。

「うーん、修理に出せばなんとかなるかもしれませんけど、今すぐには無理ですねぇ」

「そんな……トモエなら、モノを修理する魔法の一つや二つくらい知っておるだろう?」

「確かに知ってますけど、無理ですよ。こっちの世界じゃ、向こうの技とか術は使えないんですから」

 そうなのだ。そのせいで、余も魔界へ帰ることができなくなっている。

魔法とは、即ち認識。技術とは、即ち知識。認識も知識もない人間ばかりの世界では、魔界の道理は通じない。

 トモエから何度も言われたことなのだが、それでも例外を期待せざるをえない。

「それは、そうだが、なんかこう、裏技みたいなものがあったりせんか?」

「そんなのがあったら、とっくの昔に使ってます」

「むぅ……」

 壊れたスマートフォンを見ながら、小さくため息をつく。

 もう何度目になるかわからない思案するが、すぐに諦めた。適当なその場しのぎをしても、結局辰磨に怒られる。前に瞬間接着剤を使ってCDを修理したことがあったが、そのとき辰磨にものすごく怒られたのだ。

 意味もなく、壊れたスマートフォンを指先でいじっていると、トモエがふいに座布団から立ち上がった。

「これはもう、素直に謝って許してもらうしかないですね」

「謝る、か。なるべくなら、怒られずに済む方法のほうが……」

 言っている内容がなんだか情けなくて、最後のほうは声が尻すぼみになってしまう。こんな自分らしくないところは、辰磨には絶対に見せられない。

 余は、世間知らずで、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)で、わがままだ。自分でもちゃんと理解している。なぜなら、半ば意図してそんな態度を取っているからだ。

 余は、特別でありたいのだ。平凡な女として、辰磨の記憶からいつか霧のように消えていくくらいなら、煩わしいと思われても、迷惑だと思われても、ずっと奴の心の中にあり続けていたい。

 少し詩的な言い回しなのは、これが始めて出会った人間に言われた言葉の受け売りだからだ。当時の余には理解不能だったが、定められた別れの日がある今では、その気持ちがよくわかる。

 わがままと言えば、この考え方が、すでにわがままなのかもしれんが。

 余の姿は、トモエの目にも情けなく映ったらしい。大きなため息をつかれてしまった。

「もう……マリアさんは、ちょっとプライドが高すぎるですよ」

「なにを言うか。プライドの低い余など、ただの巨乳のお姉さんではないか」

「ただの、と言えるかはちょっと疑問ですけどね」

 トモエは余の下半身を見て言うが、何かおかしいところがあるのだろうか? 鱗の具合も蛇腹の具合も普段通りだ。これ以上ないくらいに、普通のラミアのものだ。

「でも、だったらどうするですか? 他に方法はないと思うですし、もしも謝って許してもらおうと考えるなら、私も協力するですよ」

「協力もなにも、謝るのは余だ。なにを協力することがあるのだ?」

「あるですよ」

 そう言って台所へ向かったトモエは、フライパンを持ってすぐさまちゃぶ台へ帰ってきた。なにをするつもりなのかと問う前に、立ち上がるよう指示された。

「謝ると言っても、そこに誠意がなければダメなのです。まだ時間も早いですし、ちょっと練習して、辰磨さんにおいしい朝ごはんでも作ってあげるといいです」

「朝ごはん? だが、余は料理など一度もしたことがないぞ?」

「だから今から練習するですよ。ついでに、私の特製レシピも特別に教えるです。これなら、きっと辰磨さんも許してくれるです」

 トモエはさっそくフライパンをコンロにかけて火をつけると、冷蔵庫から卵や豆腐をとりだしてきた。なんだかもう断れる雰囲気ではないので、余もとりあえず台所に立つ。

 試しに卵を一つ手に取り、眺めてみる。これがプリンになったりケーキになったりするから、料理はよくわからないのだ。

 手に取った卵は、トモエの目を盗んでありがたく飲み込んでおいた。

「しかし……本当に、こんなことで許してもらえるのか?」

台所下でなにか探しているらしいトモエに聞くと、嬉々とした声がかえってくる。

「もちろんです! お砂糖さんに任せれば、全部大丈夫なのですよ」

 余を見上げて微笑むトモエの手には、白砂糖の袋が握られていた。

 続いてどんぶりと計量カップを取り出したトモエは、白砂糖の封を切り、計量カップで一杯、二杯、三杯と砂糖をすくっては、どんぶりに移していく。その量は、料理素人(しろうと)の余見ても、明らかに多すぎるような気がした。

 トモエはこちらの世界に詳しい……はずだ。だから当然、料理についてもそれなり……だと思う。

 ここはトモエに任せるしかない。トモエにはトモエなりの考えがあるはずだ。世間知らずの余は、トモエを信じて従うしかなかった。

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