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♯26

 

 朝一番のバスに乗り飛行場へと向かおうと考えていた。

 

 世羅からは「午前中の飛行機」とだけしか聞いていなかったからこうするほかになかった。

 

 相手の気持ちを知ってから行動するなんてずるくて格好がつかないことだけれど、それでもこの思いをこのまま胸の中に置いておくわけにはいかなかった。どうしても自分の口から伝えたかった。

 

 けれど、世羅が旅立つその日、僕は家のベッドの上にいた。

 あの夜、世羅の手紙を読んで放心状態になった僕は、重い足取りで雪の中を彷徨うように帰宅した。

 それが原因だったんだと思う。

 

 朝の五時にマイ・アイアン・ラングで起床したときから僕はもうダメだった。

 体は重く、喉はカラカラで、体を起こすと目の前が揺れた。

 それでもなんとかして向かおうと、壁にもたれながら階段を降りた。そして、あともう数段というところで激しい眩暈が起き、バランスを崩した僕はスライディングをするように滑り落ちた。

 そしてその物音で起きた母親によって、僕は部屋の中へと押し戻された。

 

 三十九度八分。

 

 なかなか危ない高熱だった。

 

 病院一直線コースだったけれど、「寝れば治る」と言い張り、僕はその通り寝て回復を待った。

 ぼぉっとして朦朧とした意識の中、いつもの夢を見られるんじゃないかと思っていたけれど、夢は見なかった。

 

 何もかもがもう終わってしまったことのように思えた。

 出会いも、恋も、あの夢の中の出来事も。

 

 


 「真樹がねえ。あのボーイがねえ。ボーイボーイボーイがねえ。実はボーイじゃなかったなんてね……。なんか悔しいね」

 

 「だよな。あんな可愛い子とな。なんだよって感じだよな」

 

 「………」

 

 「俺らに内緒でなにやってたんだろうね。なんか怪しい大人の香りがするよね。秘密にしてたくらいだからね」

 

 「イライラしてくるな、なんか」

 

 予想通りだった。予想通り僕は…、攻撃された。

 

 「真樹っ!」

 

 「…なに?」

 

 「殴っても良い?」

 

 「嫌だ…」

 

 「真樹!」

 

 「……うん?」

 

 「呪っちゃっても良い?」

 

 「…嫌だ」

 

 「世羅ちゃんとコイツ、赤レンガのところの店でドーナツ食ってたぞ。すげー顔近づけて、超ラブラブしながら」

 

 !?

 

 悟史と学の後ろでアフロマンが囁いた。

 


 ……。

 


 ………。

 


 そして、アフロマンは何事もなかったように、またカウンターの中へと戻って行った。

 

 「もう押さえられねえ…。俺…、俺!」

 

 ゴスっ!

 

 「いってぇぇぇっ! なにすんだよっ!」

 

 強烈なヘッドバッドだった。

 

 「俺も」

 

 

 ゴスっ!

 


 「…ってぇぇえええ!」

 

 頭の中が真っ白になるくらいの…連続攻撃だった。

 

 

 それからもリズム隊の攻撃は続いた。

 僕はされるがままに、捻られ、つねられ、羽交い締めにされた。

 

 好きにしてくれ…。

 

 なんでもしてくれ…。

 

 もうどうにでもしてくれ…。

 

 

 空っぽの心の中、僕はそう呟いていた。


 



 冬休みも終わりを迎えようとしていた夜、待ち焦がれていたいつもの夢を見た。

 カモメも漁船も自動販売機もマンホールもいつもと変わらずそこにあった。

 けれど、マンホールの蓋が開くことも、土産物屋のガラスが割れることも、自動販売機が壊れることもなかった。

 

 のんびりとして退屈な夢だった。

 

 「世羅……」

 

 

 世羅、世羅、世羅、世羅、世羅……。

 

 

 小さく呟いたその言葉は、大きく響きこだました。

 

 その自分の声に驚き、辺りを見回したけれど、やっぱりどこにも世羅の姿はなかった。

 

 「俺も、好きだったんだ」

 

 僕は伝えられなかった思いを口にした。

 

 「ずっと伝えたかったんだ。でも、言葉に出来なくて…。あの夜、世羅にこの気持ちを伝えられなかったことがこんなに辛い気持ちを残すなんて」

 

 

 なんて、なんて、なんて、なんて……。

 

 

 「世羅、好きだよ。世羅のことが好きだよ」

 

 

 好きだよ、好きだよ、だよ、だよ、だよ、だよ……。

 


 「…はああぁぁぁ」

 

 

 はあぁぁ、はぁぁぁ、はぁぁ、ぁぁ、ぁぁ…。

 


 僕はベンチの背もたれに体を大きく預け空を眺めた。

 きっと、もうここで世羅に会うことは出来ない…。

 理由なんてどこにもないけれど、そんな気がした。

 そして、そんな予感に僕はどうしようもない気持ちになった。

 どうすれば、なにをすれば、どうして、なんで、もう…。

 


 「世羅!」

 

 僕は大声で叫んだ。

 

 そして、そこで景色がねじれた。

 

 


 枕元で携帯が鳴っていた。

 手を伸ばし開くと、見たことのない電話番号が表示されていた。

 そのまま無視しておこうかと思ったけれど、僕は通話ボタンを押した。

 


 「………」

 

 「…………」

 

 「…もしもし?」

 

 「びっくりするでしょ。人の名前大声で呼んだりして」

 


 …?

 

 「もしもし?」

 

 「世羅っ! 世羅っ、世羅っ、世羅っ、って、エコーかかってたよ」

 

 

 うん!?

 

 

 「…あれ?」

 

 「起きたばかりだから、寝ぼけてるかな?」

 

 「せ、…ら?」

 

 「うん。おはよう、真樹君」

 

 「えぇぇぇっ!? 世羅!?」

 

 僕はベッドから飛び起きた。

 

 「…って、なんで、電話…」

 

 「昨日ね、買ったの携帯。人生初の携帯電話」

 

 「じゃなくて、俺の番号、どうして…?」

 

 「もしかすると、あいつ連絡先も伝えてないんじゃ? 真樹をよろしく、世羅ちゃん。良い奴だから、あいつ。スティールギターより」

 

 「うん? スティールギター? 祐介?」

 

 「あの日もらったMDのラベルに小さく書いてたの。電話番号と一緒に」

 

 祐介……。

 

 「そうなんだ。あいつ…、そんなこと…。って! 世羅、夢の中にいなかったけど、なんで?」

 

 「いたよ、ずっと」

 

 「ずっと?」

 

 「うん。ドラム缶の中に」

 


 ドラム缶の中……。

 


 「出て行こうか、ずっと、迷ってたんだ…。そうしたら、真樹君がなんか…」

 

 なんか……。

 

 ……。

 

 ………。

 

 「…なんか言ってた、俺」

 

 「うん…」

 

 「なんて…?」

 

 「なんてって、なんで私が…」

 

 …そっか、うん。

 

 世羅が言うことじゃない…、確かに。

 

 「あっ、真樹君。私、もう学校に行かなきゃならないの。こっちは冬休み短いからもう始まってるの。だから、また後で。それじゃ……」

 

 「あっ! 世羅、ちょっと待って」

 

 「ん?」

 

 

 僕は深呼吸を一つした。

 


 そして言った。

 



 「世羅。…好きだよ」

 



 ……。

 

 ………。

 

 

 せらぁぁ~~。なにしてるの、学校間に合わなくなるよ

 

 電話の向こうから声が聞こえた。

 

 「…もう少し早く聞きたかったよ」

 

 「ごめん……」

 

 「もう一回だけ、聞きたい…。今、言ってくれたこと」

 


 せらあぁぁぁ~~~。

 

 

 「好きだよ、世羅。世羅のことが好きだよ」

 

 「真樹君」

 

 「うん?」

 

 「私も好きだよ」

 


 今行くって~~~!

 


 「また今日の夜かけるね」


 そして電話は切れた。

 

 


 僕はベッドから抜け出し、ギターを手に取った。

 チューナーを繋ぎ、一弦一弦丁寧にチューニングをした。

 そして思いっきりかき鳴らした。

   

 

 真樹君


 

 バチンと音を立てて二弦が切れた。

 

 

 私も好きだよ


 

 それでも僕は腕を振り続けた。

 大きくて眩しくて熱い夢のために。

 

 


 そして、


 



 この恋の始まりに。



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