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♯23

 

 スタジオの扉を開くと、掃除機を片手に鼻歌を歌いノリノリでアフロを揺らすアフロマンが目の前にいた。

 「おぉっ!? 随分早かったんじゃねえの? 愛の力だな」

 

 「そんなんじゃないですけど…」

 

 僕は背中に背負っていたギターを下ろした。

 

 「それじゃ、すいませんけど、時間まで預かってください」

 

 「おう。磨いといてやろうか。俺の高速磨きを喰らえばどんなギターも鏡になっちまうぞ」

 

 「…いや、大丈夫です」

 

 「なんだよ、それ」

 

 アフロマンはギターケースを開いた。

 そしてネックを掴み、ギターを持ち上げた。

 

 「あららららぁ。もうすでにピカピカじゃねえかよ。オレンジか。匂いが残ってるな。それに指紋一つねえってことは…、ここに来る前に磨いてきたな、これ」

 

 アフロマンの言ったとおりだった。

 ケースに仕舞う前にオレンジオイルでギターを磨いていた。

 

 「だろ?」

 アフロマンはギターをケースに戻し、得意げな顔を浮かべ言った。

 

 「…はい。おっしゃる通りで」

 

 「愛だな、愛。愛の力。ラブパワーだな。任せろ。お前がここに戻って来たときには、完璧にセッティングしといてやるからよ」

 

 「よろしくお願いします……」

 

 指先でハートを作り怪しい笑みを浮かべるアフロマンに頭を下げ、僕はスタジオを後にした。


 


 赤煉瓦倉庫街の一本手前の大通りでバスを降り、僕はいつもの待ち合わせ場所へと歩いた。

 朝から相変わらずの冬晴れだったけれど、吐く息は白く、時折頬を打つ風は冷たかった。

 世羅とここで会えるのも今日が最後。そう思うと、なぜか鳥肌が立った。

 目の前に広がる異国情緒溢れる景色がやけに絵的に見えて、雪を踏む音が悲しく耳に響いた。

 

 世羅と過ごした時間を振り返ると、口元が小さく震えた。

 

 こんなときに、なんだよ……。

 

 土産物屋の前で足を止め、僕はぎゅっときつく目を閉じた。

 世羅のためにも今日は一日笑顔でいないと。

 感傷に浸って、一人ブルーになってなんかいられない。

 

 よしっ! 

 今日のために、好きな女の子のために頑張らないと!

 

 拳を強く握り、僕はぱっと目を開いた。

 

 

 …?

 

 

 ………?

 


 !?

 

 

 目の前のショーウインドウの向こう側で世羅が首を傾げていた。

 そして目を細め、怪しい視線を投げかけてきた。

 

 僕はその視線に耐えられずそろりと視線を足下に落とした。

 

 「一人でなにしてんのよ。…危ない人みたいだったよ、真樹君」


 店から出てくると、世羅は僕に言った。

 

 「…いや、ちょっと考えごとっていうか」

 

 なんでこんなところを見られてしまうんだろう。

 タイミングが悪すぎる…。

 

 「ちょっと早く着いたからお店に入ってそこで真樹君が来るのを見てて、あっ、来たって思ったら、突然手をグーにして、苦しそうに目を閉じて。なにしてるのかと思ったよ」

 

 「だから、…ちょっと考えごとを」

 

 「気を付けたほうが良いと思うよ、そういう考えごとは」

 

 「うん…。気をつけるように、…するよ」

 

 世羅は大きな瞬きと一緒に頷いた。

 

 「そうだ。真樹君、今寒くて死にそう?」

 

 「寒いけど、死ぬほどではないかな」

 

 「じゃあ、ベンチで少し話ししない? 寒くなったらどこか暖かいところに逃げよう」

 

 「いいよ」

 


 僕らは裏手に回った。

 僕はベンチに薄く積もった雪を払い「どうぞ」と手を広げた。

 

 「ありがとう。……あっ! ちょっと待ってて」

 

 「うん?」

 

 世羅はコートの裾を揺らし走った。

 そして、自動販売機でホットココアを二つ買って戻って来た。

 

 「はい。これがあれば少しは大丈夫でしょ?」

 

 「ありがとう」

 

 僕は目の前に差し出されたココアを受け取り両手の間で転がした。

 

 「ここでこうやって話しをするのも、今日でしばらくお別れだね」世羅は缶を頬にあて言った。

 

 「そうだね」

 

 「楽しかったなあ。真樹君と話しをするの。ここが私の高校時代の思い出の場所になるんだね」

 世羅は前髪を手で押さえ微笑んだ。

 

 「俺にとってもそうだけどね」

 

 「でも、真樹君は他にもたくさん思いであるでしょ? バンドもそうだし、学校でのこともそうだし」

 

 「でも…、特別だよ。ここでのことは」

 

 「本当に? 嘘じゃなくて?」

 

 僕は何度も揺れるように小さく頷いた。

 

 「そうだったら嬉しいな。私一人だけの思い出じゃなんか寂しいでしょ」

 

 

 そう、これはここでの日々は君と僕二人の思い出だよ。

 二人だけの大切な記憶だよ。

 


 生まれ変わってもそんな言葉は言えそうにないので、僕はまた、今度は一度素早く頷いた。

 それから世羅はしばらくの間黙って目の前の景色を見つめていた。

 僕は体を動かすフリをしながらそんな世羅の様子をちらりと覗いていた。

 改めて思うまでもなく、やっぱりキュートな、そしてチャーミングなプロファイルだった。

 

 「よし、インプット完了! これでずっとこの景色を忘れない」そう言って、世羅は指先でぐりぐりと額を押した。

 

 「そうだ。大丈夫だと思うけど、一応念のために」

 

 「えいっ!」

 その声と同時に飛び込んで来た細い指に額を弾かれた。

 

 「いってえ。…なにするんだよ、いきなり」

 

 「忘れちゃわないように、真樹君の記憶にもインしたの」

 

 「俺はいつでもここに来れるから、忘れたりなんかしないけど……」

 

 「違うよ。いつまでも忘れないようにってこと」

 

 世羅は首を傾げ片目をつぶった。

 大丈夫だ。

 忘れない、ずっと。

 このドキドキは忘れられるような安物のトキメキじゃない。

 

 

 「大丈夫、ずっと忘れないよ」僕は視線を少し落として言った。

 

 「そう? それなら、オーケー」

 そう言うと世羅は、プルリングを起こしココアの缶を持ち上げた。

 世羅が期待しているであろう合図に応えるべく、僕も蓋を開け缶を掲げた。

 

 「この景色に、ね。乾杯」

 

 「かんぱ――。世羅!」

 

 僕は缶を胸の前に戻した。

 

 「あっ! 遅れてごめん。誕生日おめでとう」

 

 「何を突然言うかと思ったら。うん、ありがとう。覚えててくれて嬉しいよ」

 世羅は笑って言った。

 

 「と、それじゃ、改めて、世羅の誕生日に乾杯」

 

 「ありがとう」

 

 

 カンっ。

 

 

 ゆらゆらと立ち上る湯気に口をつけココアを一口分だけ飲み、僕は缶を足下に置いた。

 そしてそのときを待ち待機していたCDをバックの中から取り出した。

 

 「俺から、誕生日プレゼント」

 

 「えっ! うん!?」

 

 「俺に出来ることっていったらこのくらいしか思いつけなくて」

 

 「ん? なに?」

 

 「世羅のためにって作ったんだ」

 

 世羅は受け取ったCDを見て、「…うそ」と呟いた。

 

 「気に入ってもらえるかどうかはわかんないけどね」

 

 「絶対気に入るから大丈夫だよ。このジャケット、ここだよね?」

 

 「うん。世羅との思い出の場所っていったらここでしょ。夏だったら完璧だったんだけどね」

 

 「インマイドリーム?」

 

 「そう。俺の夢の中」

 

 「ふふふっ。良いタイトルね。あっ、冗談とかじゃなくてね、本当に」

 

 「でしょ?」

 

 「うん。開けてもいい?」

 

 「あっ、それはまだちょっと待って。今は開けないで」

 

 「そうなの?」

 そう言って、世羅はケースを開いた。

 

 「あっ! まだダメだって!」

 

 「冗談よ、冗談」

 

 笑いながら、世羅はケースを閉じた。

 

 「…恥ずかしいからさ」

 

 「照れないでよ。照れるのは私の方でしょ? こんなに素敵なプレゼントをもらったんだから」

 CDを胸にあて世羅はゆっくりと目を閉じた。

 

 「ありがとう、真樹君。ずーっっっと大切にするから」

 

 「そう言ってもらえると…、嬉しいよ、すごく」

 

 「ありがとう」世羅は目を開き、もう一度そう言った。

 

 


 ……。

 

 ………!!。

 


 世羅と目が合った途端、固定されたように視線が世羅の目から離れなくなった。

 魔法にかけられたような気分だった。

 周りの景色はぼやけ、音は遠ざかり、そして時はスローに流れた。

 これは…、このタイミングは……?

 言うしかない、行くしかない、そんなレアなチャンスなのでは。

 唾を飲み、そして僕は口を開いた。

 


 「世羅……」

 

 世羅は少しだけ目を大きく開いた。

 

 


 「世羅に会って……」

 



 タッタッタッタッタッタ――――

 


 !?

 


 「パパ~~~!」

 

 ……パパ?

 

 小さな男の子が元気よく、僕らの前を駆けて行った。

 そしてその後を追うようにお父さんがこれまた元気よく走って……、フライングレシーブ!?

 雪飛沫を舞い上げるダイナミックなナイス転倒だった。

 お父さんの転倒に気付いた男の子が「ババぁぁ~~っ!」と泣きそうな声で近づくと、お父さんは何事もなかったようにさっと立ち上がり、男の子の手を引いて歩いて行った。

 

 「…大丈夫だったのかな。かなりすごい転び方だったけど」

 

 「気合い…だね。相当なダメージだったと思うよ」

 

 「だよね…」

 

 「…うん」

 

 素晴らしい登場だった。これとないバッドタイミングでの…。

 愛の言葉はすっかりと胸の奥へと引っ込んでしまった。

 

 

 「それじゃ、そろそろ行かない? ココアも冷たくなっちゃし」

 

 「うん。そうだね」

 

 そして僕らは思い出のベンチを後にした。

 世羅は最後に「またね」とベンチに手を振った。

 僕も世羅に倣って同じく手を振った。

 


 また、二人で座れるそのときまで。




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