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♯13

 

 ライブに向けてのリハーサルは佳境に入っていた。

 僕らは自分達の成長のために、アドバイザー的ゲストをスタジオの中に招いた。

 昨日よりも今日、前回のライブよりも今回のライブ。

 日々、パワーアップしていかなければならない。

 夢を叶えるためには。


 

 アフロマンはしばらくじっと黙っていた。

 目を閉じ、リズムを取るようにパタパタと足を動かていた。

 僕はそんなアフロマンの様子を眺めていた。他の三人を見ると、彼らも同じようにアフロマンを見つめていた。

 

 「なるほど」

 

 大きくアフロが揺れた。

 

 「生はやっぱ違うな。音源に比べて良い部分もあれば、まずい部分もある」

 

 アフロマンは腰に手をあて、僕ら一人一人を見て言った。

 

 「じゃ、良い部分からな。っとな、バンドとしてのリズム感が良い。さっきの曲のブレイクの後の頭打ちのところ。あそこは最高だな。気持ち良いくらい合ってる。それとあそこもだな。ドラムが抜けて弦楽器だけになるところ。あそこも良いな。グルーブがそのまま続いててノリも良かった。これが良いところ」

 

 僕は頷いた。

 真剣な顔をして祐介も頷いていた。

 悟史も。

 そして、学は頷き続けていた。

 

 「んじゃ、次。悪い部分」

 

 額を指でコツコツと叩き、アフロマンはダメ出しを始めた。

 

 「ギターの音がかぶってる。二人ともコード鳴らしてるときとか特に目立つ。雰囲気系の曲なのにもったいねえなって。もっと抜いてもいいんじゃねえ? で、バンド全体的にもそういったところがある。音ががっと出過ぎてるところが結構ある。もうちょっとすっきりさせた方が聞く側にとっても嬉しいな。お前らの感じの曲だとその方が歌も立つし、印象も深くなりそうだけどな。足すことも確かに大切だ。でも引くことも覚えろよ。難しいけどな」

 

 なるほど。

 僕は首を縦に振り続けた。

 やっぱり、ためになる。

 

 ありがとうございます――

 僕らは礼を言った。

 

 「それじゃ、今日はこんくらいな。何気に今混んでんだよ、店」

 

 そう言って、アフロマンはスタジオを出て行った。

 

 

 「じゃあ、今聞いた話し考えながら、もう一回頭からやってみるか」

 祐介がそう言うと、学はハイハットを四つ打った。

 僕らは一つのサウンドを目指し音をぶつけあった。

 ライブを間近に控えていることはもちろん、夢を現実のものにするために僕らは懸命に音を鳴らした。


 僕らは燃えていた。


 情熱的に、熱く。



 水曜日。

 授業が終わると、僕は赤煉瓦倉庫へと向かった。

 自転車を停め、ベンチの方へ行こうとしたとき、後ろから自転車のベルの音が聞こえた。


 リリリリリリリリン!


 威嚇的な音だった…。


 振り返ると、予想通り…、世羅だった。


 「お待た、せっ」

 世羅は肩で息をしていた。

 「ホームルームが長引いちゃって。急いで来たの。はぁはぁ。こんなに思いっきりペダル漕いだの初めてかも」


 自転車を停めると、世羅はハンカチで額の汗を拭いた。

 それから左手を胸にあて何度か深呼吸をした。


 夢で世羅がよく破壊する自動販売機でジュースを買い、僕らはいつもの指定席に腰を下ろした。


 「じゃあ、まずはこれと」

 鞄の中からライブのチケットを取りだし世羅に渡した。


 「スティールプレゼンツ、スタイル。へええええ。なんかすごいね。真樹君達のためのライブって感じだね」


 「サウダージのマスターのお陰でね。でも、だからこそ頑張らないとね」


 「楽しみにしてるからね。最高の歌を期待してるからね。期待に応えてね」


 「そう言われると、プレッシャーなんだけど…」


 世羅は笑った。

 相変わらず素敵な笑顔だった。

 僕は困ったような顔を浮かべ、そのスペシャルなスマイルに見とれていた。


 「八百円だよね。ちょっと待ってね」

 世羅は鞄に手をかけた。


 「いいって! 今回は招待。プレゼント」


 「ダメだよ、悪いよ」


 パチン。

 鞄を開くと世羅は財布を取り出した。


 「い、ら、な、い」


 僕は世羅の手の上数センチのところに右手を置いた。


 「招待だって、招待」


 「もらえないよ。私は自分で見たいと思って行くんだから。だからいいの。それにCDだってもらってるんだし」


 「いらないって」


 「ダメだって!」


 応戦は続いた。

 僕らはどっちも退かなかった。


 「もうっ! 私は行きたくて行くんだって! それでも真樹君がダメって言うなら、私当日サウダージで買う」


 …む、むむむむ。

 そうきたか。


 「だから、真樹君からは受け取らない」


 世羅はチケットを僕の手の上に置いた。


 「…そんなに意地になんなくても」


 結局は僕が折れることになった。

 お金を受け取り、チケットをまた世羅の手に戻した。


 「最初からそうしてよね。ん?」


 こうでもしなければ、僕の気がすまない。


 「なんで、二枚あるの?」


 「世羅が頑固者だから世羅の分は受け取るよ。もう一枚は招待ってことで。誰か友達と一緒に来てよ」


 パシンっ。


 チケットはまた僕の手に戻って来た。

 それもなかなかの勢いで。


 「周りはみんな忙しいの。それにライブとかにも興味はないと思うし。だから、これは返す」


 またか…。

 お嬢様達はとにかく忙しい。

 忙しさ。それは彼女達のステイタスの一つなのかもしれない。

 何をしても忙しい、忙しい、忙しい。

 けれど、まあ、それはそういうことなのだから、仕方がない。

 僕はチケットを鞄にしまった。


 それから少し話しをして、僕らはベンチを後にした。

 自転車を漕ぐ世羅の後ろ姿に僕は小さな声で言った。


 「頑固者」


 「わからずや!」


 !?


 世羅は振り向き、大声で叫んだ。

 どうやら彼女も、同じような気持ちことを言いたかったようだ…。


 「頑固者」


 僕はもう一度呟いた。


 けれど、彼女の姿はもう見えなかった。


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